《game.6》尋問
泉は狩人のスキル【捕縛】を使い、ギャル少女と男を後ろ手に両腕を縄で縛ってから、さらに小春の魔術師のスキル【魔術拘束】を両腕にかけ、二重の拘束を施してから二人の傷を回復させた。
回復には、小春の魔術師のスキル【回復・小】を使用した。司祭だけが持つ【回復・大】ならば、かなり大きな怪我でも瞬時に治すことができるようだが、攻撃的属性が強い魔術師には回復系魔法はこれだけしかない。
しかし、男の脇腹の傷は出血こそ派手だったものの、内蔵は傷ついておらず、ギャル少女に至っては骨折までもいかない打ち身だったので、【回復・小】でも十分な回復効果が得られた。
「──────じゃあ、情報を聞かせてもらおうかしら」
泉と小春が見下ろす先には、仏頂面のギャル少女と意気消沈した様子の男が、後ろ手に縛られた状態で地面に座らされている。
「まず、そうね。あなたの名前は?」
泉が唇に指を当てながらギャル少女に質問すると、ギャル少女は顔を背けながら吐き捨てるように言った。
「─────ふん、今さら名乗ってどうなるっつーの!どうせ全部しゃべり終わったらアンタらに殺されるっつーのにさッ!」
「お、おい、バカ!相手を刺激するな!」
隣の男が慌てて制止するが、ギャル少女は鼻息荒く続けた。
「おい!どーせ殺すなら、ひと思いにやれっし!
ウチらはその覚悟、とっくにできてっし!!!」
覚悟はお前だけだ、バカ!と、傍らの男は内心焦りながら思ったが、上目遣いで見上げても、泉は特に怒った素振りはない。
「それはあなたの情報の内容次第よ」
「どういうことよ?」
「言葉通りの意味よ。話が無益ならあなたの望み通り、すぐにこのHell Moneyから楽にしてあげる。でもそれが私たちにとって有益なら─────処遇を考えないでもないってこと」
「はっ、偉っっそうに!」
「バカ野郎!もう、強がって突っかかるのはやめとけって!こっちの知ってる情報を話すだけだろ?オレたちは今や、どうせリタイア寸前の身だ。最後くらい潔くしたっていいだろうがよ?」
「むーーーーぅっ!」
ギャル少女は口を尖らせたが、その目に敵意の光は少なく、やがて「なら、おっさんの好きにしなよ!」と強がって顔を背けた。
男はホッと胸を撫で下ろし、ギャル少女が口を閉じた分まで泉たちに語り始めた。
「オレの名は朔田元、こっちのギャルは藤浪結菜だ。ちなみにオレは高校教師で、結菜は現役女子高生だよ」
「藤浪、結菜……?」
小春はその名に心当たりがあるのか、記憶を探るような素振りをして、何かに思い当たったのか興奮気味に泉に言う。
「泉ちゃん!藤浪さんって、ほら!中二の時に同じクラスだった、あの藤浪さんじゃない?!下の名前も結菜だったと思うし!」
「────確かにいたわね、藤浪って子。だけど、こんな容姿の派手な子だったっけ?」
「もう三年も前よ?高校に入ったら、女の子は色々変わるものじゃない?」
小春は当然のように言うが、当時の泉の記憶では“藤浪結菜”は顔立ちこそ整っていたが大きな眼鏡をかけ、クラスでは地味めのグループに属していたような気がする。明るく髪を染め、つけまつ毛を立て、アイラインで目を大きく見せているギャルメイクの少女が、記憶にある中学時代の藤浪結菜と同一人物には見えなかった。
「あ、あの藤浪さん。あなたが覚えているかはわからないけど、私たち同じ中学の同級生で、私は園原小春、そっちは朝比奈泉ちゃんよ?────覚えてない、かな?」
「─────んぅぅぅ?」
不貞腐れていた藤浪結菜は目を細めるようにして、あらためて小春と泉の顔を見比べ、そして唸った。
「あーーーー?何か、いたような気がする……ほとんど絡みなかったからうろ覚えだけど。でも朝比奈の方は有名人だったから、何となく覚えてるっし」
妹のことで始まった、家族への中傷のことかと、泉の目尻が上がりそうになったが、藤浪結菜は別のことを口にした。
「朝比奈って、確か陸上の短距離か何かで、地区記録を大幅に更新してたっしょ?将来はオリンピック級だとか何とか、体育のセンセーが興奮して言ってた気がするわ。リクジョー、まだやってんの?」
────陸上の話か。
泉はそっと息を吐いて気を落ち着け、返答した。
「生憎、高校に入ってからは部活はしてないの。それはともかく、覚えてもらってるとは光栄ね」
「朝比奈の方はね。でも悪いけど、園原はあんまり記憶にないよ」
「あーー、うん。私、大人しくて印象薄かったから……仕方ないよ」
はにかむように小春は言うが、印象の薄さとしては藤浪結菜も中学の時は同じようなもので、二人ともいい勝負だと泉は思った。それを口にしなかったのは、違うことに気づいたからだ。
朔田と名乗った男の方に、視線を向ける。
「朔田、先生────。もしかして、一年の現国担当の?」
朔田が驚いたように顔を上げる。
「なぜそれを?────その制服、ひょっとして君は高校の生徒なのか?」
泉は目を細めただけで直接返答しなかったが、それは朔田の言葉を認めたのと同じだった。
厳密には、学年が違うので泉は朔田から直接授業を受けていないのだが、彼が自分の高校の教師であることは間違いないと泉は確信していた。(逆に言えば、朔田から見れば自分の受け持ちではない他学年の泉を、個人としては認識していないことになる)
藤浪結菜が、急に笑いだした。
「え、何それ、ウケるぅぅ!Hell Moneyって赤の他人が集まって殺し合いをしてるかと思ったら、案外、中にいるのは知り合いばっかしじゃん!コレ、主催者が意図してやってるワケぇ?」
「ま、その可能性はあるが……しかし、たまたま偶然、知り合いが固まってこのタイミングで出会った─────って可能性も否定はできんぞ?」
結菜に反論する朔田の言葉に、泉は頭の奥で何か─────違和感というには小さすぎる“引っかかり”を感じたが、朔田が言った以上のことは思いつかなかったので、深く考えるのを止めた。
「戦況分析に関係ない仮定の話や、お互いの身の上話はいらないわ。私があなたたちから欲しい情報は、あたなたちがいつHell Moneyに来て、今まで誰と出会い、そして今の情勢がどうなってるか、よ」
「─────わかった、知ってることは話そう」
とっくに諦めがついたのか、隣でケラケラと笑う結菜を尻目に、朔田は年長者らしい落ち着きで語りだした。
朔田の話を総合すると、朔田と結菜がHell Moneyの世界に降り立ったのは泉より二、三時間程度早かったようで、朔田の方が最初に逃げた狩人の────八重樫千鶴と名乗った長い黒髪の女性に共闘を勧誘され、そのすぐ後に出会った結菜を、これまた八重樫千鶴が言葉巧みに引き入れて三人となった。
Hell Moneyの世界に入ったばかりの二人にとって、八重樫千鶴の言葉は自分たちが進むべき道標のように感じられた。時に甘く、時に脅すような口調でありながら「大丈夫、私たち三人が協力すればきっと最後まで生き残れるわ、この中の誰かが必ずHell Moneyの勝者になれると私は信じます」と聖女のような笑顔の八重樫千鶴に言われると、その時は本当にそうなれるような気がしていた。
その後、八重樫千鶴の提案により、狩人・魔術師・盗賊のチームとなった三人は八重樫の【鷹の目】を用いた奇襲戦を採用することで、まず最初に遭遇した一人───四十代ぐらいの女性───を遠距離からの狙撃であっさりと屠った。
これに気をよくした一向は、今度は用心深く森に入る二人の少女(泉と小春)を【鷹の目】で発見し、彼女らが森に入ったのを見届けてから、結菜の盗賊のスキル【罠解除】で全ての罠や警報器を無効化してから、再び奇襲を敢行した─────という流れだったらしい。
「なるほどね」
泉は朔田の話を頭でしっかり咀嚼しながら、頷いた。
朔田の話から判断すると、Hell Money参加者のうち、自分と小春、最初に出会った高坂のグループの三人、戦士の大男、そして朔田、結菜、八重樫の三人と、彼らが倒したという女性をカウントして合計10名の存在が判明したことになる。
もし高坂の言葉を信じるならば、自分たちの他にも共闘のグループが多数いるとして、その全体の勢力図が気になるところだ。
「私たち以外の、他の参加者についての情報は?」
泉の問いに朔田はしばらく考え込んだが、やがて頭を振った。
「すまんな。この期に及んで嘘をついても仕方ないのではっきり言うが、オレたちが出会った参加者は八重樫千鶴と途中で倒した女性、そして君たちだけだ。だから他の参加者についての情報は、ない」
「─────そう」
そこまで期待していたわけではないが、少なからず落胆した気持ちを表情には出さず、泉は呟いた。
しかし、収穫がゼロなわけではない。参加者全体の、半分ほどの動向がある程度わかっただけでも価値はあるだろう。
そう思っていると、藤浪結菜が座ったまま急に身を乗り出して言った。
「結菜さぁ、実は一人だけ他の参加者を知ってるっつったら─────どうよ?」
「え?」
泉と小春、そして結菜と並んで地面に座る朔田も驚きの顔を向ける。
「なんで、お前が?一体どこでそんな情報を?」
一緒に行動していたはずの朔田が訊くと、結菜は得意気に言う。
「へっへー♪
女子にはねぇー、男には内緒の秘密があんのよ?」
「勿体ぶってないで、さっさっと話してもらえない?グズグズしていて、さっきのあなたたちのような奇襲を受けるのは、もう御免だから」
泉がひと睨みすると、結菜は肩をすくめた。
「はいはい、朝比奈っちは気が短いヒトみたいだからねー、話しますよ、さっさっと話せばいいんしょー?」
結菜の軽口に、泉がさらに冷たい視線を向けると「あー、怖い怖い!」とおどけながらも話し出した。
それは彼ら三人が行動中に、結菜が“トイレ”を理由に一時的に男のメンバーである朔田と離れ、八重樫千鶴の見張りで用を足した時のことだった。
メイクの崩れなどを気にして結菜が中途半端に時間を食い、見張りとして待ってくれていた八重樫千鶴に背後から声をかけようとした時─────彼女が真っ青な顔をして小刻みに震えているのに結菜は気づいた。
親指を噛みながら「あのガキ、あのガキ……!」と青白い顔で何度も呟く八重樫千鶴に、結菜は恐る恐る声をかけた。
「八重樫っち、どーしたんよ?─────ってか、あの“ガキ”って誰のこと?ひょっとして、それって結菜のことで、結菜が戻るのが遅かったから怒ってんの?」
突然の背後からの結菜の声に、八重樫は驚いた表情をしたが、誤解を解くために反射的に弁明した。
「ち、違うのよ結菜ちゃん!“ガキ”と言ったのはあなたのことではなくて────これは朔田さんには伏せておいて欲しいのだけど、私がさっき“ガキ”と呼んだのは────私がHell Moneyに来てすぐ組んだチームを一瞬で壊滅させた、恐ろしい化物のことよ」
「ふーーーん。そんなパねぇのがここにはいるんだ?でも、なんでおっさんに内緒なのさ?」
「余計な情報で全員を混乱させたくないの。それに────特に優秀な結菜ちゃんが、私にとって特別な存在だからよ。私と結菜ちゃんなら、必ず最後まで生き残れるって確信してるから」
「そ、そんなモンかな?えへへ」
持ち上げられたことにまんざらでもなく、結菜は八重樫の弁明を素直にそのまま受け入れてしまった。あっさりと裏切られた今となっては、それが苦し紛れの言い訳だったのではないかと思えるのだが─────
「それで?その化物についての情報はあるの?」
結菜の話を聞き終えた泉が、さらに問う。
「八重樫っちも一目散に逃げたからよくわからないって言ってたけど、化物のスキルを目の当たりして、一つだけ確証があるって」
「それは?」
朔田が先を促す。
「その化物は間違いなく騎士の職種だって。そんで、ウチらよりも若い少年に見えたって」
「騎士の、少年………」
反芻するように呟いた泉の背後から、一陣の風が吹いた。
サァーーーー。
風は森全体の木々をしなるように揺らし、何かの予兆めいた予感を残して静かに去っていく。
「─────上等じゃない」
騎士だろうが誰だろうが、どんな相手にも自分は負けるわけにはいかないのだ。そんな強い意志を宿した瞳を輝かせ、泉は拳を握りしめていた。




