《game.5》奇襲
決して、泉に油断があったわけではない。しかし、『罠』と『警報器』を設置したことで、どこかそれに頼る気持ちがなかったかと言えば嘘になる。
だが、まだ手遅れではない。
ここは相方頼みだとは言え、間に合うはず!
─────頼むわよ、小春ッ!
迫り来る炎をまとった火矢を凝視しながら、泉は小春を信じて次の行動に移った。
「【物理障壁】、【魔法障壁】!」
間一髪、まさにギリギリのタイミングだった。
小春の手の職紋が光り、二人の前に魔術師のスキルで造られた透明な障壁が二枚展開され、ほぼ同時に激しい音をたててそこに火矢が突っ込んできた!
カカカカカカカン!!!
「きゃっ?!」
障壁と火矢の激しい衝突音に驚いて、小春が腰を抜かしそうになるが、何とか魔術師の杖を手にした姿勢で耐える。そこへ容赦なく、泉の指示が飛んだ。
「小春、魔法で援護して!
私が前線に出るからッ!」
弓を手にした泉はすでに森の中に向かって走りだしており、小春は慌てて叫ぶ。
「い、泉ちゃん、無謀だよ?!《狩人》の職種で前に出るなんて────!」
小春が悲鳴に近い声をあげる。
それも当然で、Hell Money参加者が選べる職種の中には、小春が先に闘ったあの大男の戦士や、他にも騎士といった近接戦闘のスペシャリストたちもいる。狩人は距離を置いて戦うのが定石の職種、と説明にはあったので、小春には泉の行動が無謀に見えたのだろう。
だが、小春の声を意に介さず、泉は森を駆けながら手にした弓で矢をつがえ、木と木の間を縫うようにそれを連続で放った。
確かに、今立ち向かおうとしている相手が近接戦闘に有利な戦士か騎士なら、泉にとって分が悪いだろう。
しかし、泉はこの短時間ですでに敵の戦力を見抜いていた。
【鷹の目】で見た情報と罠を解除した手際、魔法を帯びた火矢の攻撃で、襲撃者が盗賊・魔術師・そして、自分と同じ狩人だということを。
Hell Moneyにおいて相手が『近接戦闘職ではない=近接戦闘において危険がない』という図式では、もちろんない。
自分と同じ狩人はもちろん、魔術師・盗賊・司祭にも、戦闘用のスキルは数多くある。
それを説明で知っていて尚、一切迷うことなく前線に出た泉は、自分でも驚くほど冷静でありながら、同時に心は溶岩のように熱く猛ってもいた。
この今の感情を、何と呼べばいいのだろう?
猛り、
逸り、
烈しく、
それは大きな熱を孕んで。
そして同時に、
狂おしいほどに、
愛しいような、不思議な高揚感。
─────あぁ、そうか。
泉ははっきり自覚した。
『妹のため』と言いつつも、一方では抑えきれない自分の根源的、本質的な魂の衝動。
先に倒した戦士の大男のことを、とやかく言えないな、と泉は思わずにはいられない。
─────それでも、私は!
私はッ!
私はこうして魂を燃やすことで、今を生きてるんだッ!
活力に満ちあふれた瞳を輝かせ、泉は敵意に満ちた森を往く。
先に泉が放った二本の矢は、小春と同じように杖を持った標的の男が、
「【物理障壁】」
と口にすると、虚空に出現した透明な壁にすべて跳ね返されてしまった。
「やるぅ、おっさん!その調子でヨロシクっしーー♪」
そのすぐ近くにいた、二本の短剣を両手に構えたギャルのような派手な化粧の少女が、口笛を吹いて歓声をあげる。装備からして、この少女が盗賊であることは明白だった。
「誰がおっさんだ、この!」
男の容姿は、まだ二十台後半から三十代前半くらいに見えるが、少女からすれば立派な『おっさん』の範疇なのだろう。
男は失礼きわまりない言葉に反論しようとしたが、敵側の狩人の女子高生が次の矢をつがえて立て続けに放つのが視界に映ったので、無駄な反論をやめて防御に徹することにした。
「【物理障壁】!」
またもや、自分の前方の空間に障壁が展開される。
こうして自分があの狩人ともう一人の魔術師の攻撃を凌いでおけば、後は味方側の狩人と盗賊が隙を突いて二人とも倒してくれる────そういう算段をしていたのだが。
「なにィッ?!!」
その計算が、いきなり狂った。
敵の狩人は先程と同じように二本の矢を放ってきたのだが、今度は矢が違っていた。
一本目は通常のもの、それは当然のように障壁が弾いたのだが、二本目は違う。
それは【貫通矢】という、矢尻が螺旋の構造をした貫通特化の特殊矢で、その貫通対象は魔法で創られた物理障壁も例外ではない。
泉の放った貫通矢は、まるで薄いガラスでも割るようにあっさりと【物理障壁】を突き破り、その勢いのまま男の脇腹を抉って地面にめり込んだ。
「ご、ふッ!」
血を吐きながら、魔術師の男が前のめりに膝をつく。
「─────おっさん?!」
双短剣を持つ盗賊の少女の注意が、一瞬逸れた。だが、泉にとってはその一瞬で十分だった。
「─────」
泉は無言で武器を弓から狩人特有の近接用装備────革のベルトとともに腰に装備されていた《剣鉈》と呼ばれる大振りなナイフに近い形状の武器に切り替え、後ろ手に鞘から刀身を抜いて、ギャル少女の脛を鋭く打ち据えた。
「ぎゃッ!!!」
脛を打たれた少女が、大きな悲鳴を上げる。
泉はあえて、鉈の刃の付いていない峰で脛を打ったのだが、熊の撃退用にも使われる剣鉈の威力は大きく、ギャル少女は痛みに耐えかねて地面に転がった。
「ひぎぃッ!痛いっしーーーーッ!!!」
ギャル少女が武装の短剣を手放して転がったのを確認してから、次は自分と同じ狩人と対峙しようと泉は【鷹の目】で周囲に目を走らせたが、すでに第三の狩人の気配は近くにはなく、どうやらすでにこの場から姿を消した後だったようだ。
「────見切りの判断が早いのね。
さて、と」
小春が息を切らして自分に追いついてきたのを見計らって、泉は告げた。
「小春、本当はこの場にもう一人いたんだけど、そいつはもう逃げてしまったみたい。────で、この二人なんだけど。“どう”する?」
鉈を鞘に戻し、今度は弓を出現させた泉は、矢をつがえて地面に倒れる二人に標準を合わせながら、小春に訊く。
「え、えっ?!どうするって……まさか、泉ちゃん────この人たちを殺すっていうの?!」
小春の反応に、泉は呆れたように返した。
「アンタ、何を今さら……。私たちが今参加してるのは、勝者がたった一人のサバイバルゲームなのよ?しかもこの人たちは、問答無用で明確な殺意を持って私たちを攻撃してきた。つまり、自分たちが逆に殺されてもおかしくないってことじゃない?というか、この二人を生かしておくメリットがあるなら、ぜひ教えて欲しいわ。あ、一応言っとくけど、人道上の理由ってのは却下よ?どうせここでの死は、擬似的なものでしかないんだから」
泉の冷徹な判断に少なからず衝撃を受けつつも、小春はその正しさも認めないわけにはいかなかった。
「それはそうなんだけど─────でも、もう動けない人たちを攻撃するなんて……」
問答無用で命のやり取りになった大男の場合と違い、小春は元々優しい性格なので、動けない相手に止めを刺すという行為はさすがに躊躇われるのであった。
しかし、そんな小春の戸惑いを泉は歯牙にもかけなかった。
「はい、それは立派な人道的理由ね。却下、特に理由がないなら即座に排除を──────」
「ま、待とうよ、泉ちゃん!えーと、えーと──────そうだ、話を!今、命を助ける代わりに、彼女たちから情報をもらうってのはどう?」
「─────情報?」
矢をつがえようとした手を止め、泉は少し考えてから力を緩めた。
「情報、ね─────まぁいいわ。それが有益か無駄になるかはわからないけど、少しだけ猶予をあげようか」
のたうち回るギャル少女と、膝をつくような形で倒れている男を見下ろして、泉は息を吐きながら弓を消したのだった。




