《game.4》再会
あれは、確かに園原小春だ──────。
肩ほどの長さだった髪は随分と伸びて少し印象が変わっているが、くりんとしたつぶらな瞳には、中学時代の面影が確かにある。
共に笑い、共に泣き、中学で彼女と過ごした時間。Hell Moneyへの参加を決意した瞬間から封じ込めようと決意したはずの人らしい感情が不意に甦り─────泉は思わずギュッと固く目を閉じた。
そんな泉の様子を余所に、大男と少女の闘争は佳境に入っていた。
斧と槍を巧みに操り、『戦士』の圧倒的な攻撃スキルを惜しげもなく使う大男の前に、少女は防戦一方。しかもその防御が破られるのも、時間の問題に見える。
大男の攻撃と攻撃のわずかな隙間、その一瞬の隙をついて、何とか少女は魔法で反撃を試みた。
「【風魔法】!」
少女の手にした杖が光ると、大男の周りの大気が渦巻きはじめ、やがて風の刃となって大男に襲いかかる。
「フンッ、くだらん!」
大男は事も無げに吐き捨てると、腕を顔の前で交差させながら突進して、あっさり風の刃を突っ切ってしまう。その身体には、風の刃による切り傷が幾つもついていたが、大男は気にする様子もなかった。
「!」
「お前さんのチンケな魔法は、いい加減に見飽きたぞォ?!
というワケだ、そろそろ観念してもらおうかァッ!!!」
魔法の使用も無制限ではない。魔術師はゲームで言うところの『魔力』が尽きると、自動回復するまでの間は一時的に魔法が使えなくなる、と説明では解説されていたことは当然、少女も大男も知っている。
少女を魔力切れと見て、勝利を確信した大男が至近距離で必殺の斧を振るおうとした時、彼はそこで初めて周囲の異変に気づいた。
この赤茶けた空間の遥か頭上、そこに黒雲がたちこめて、稲光を幾つも燻らせているいることに。
「─────しまっ……!コイツ、まだ魔力をォォォッ?!!」
「【雷魔法】!」
大男の言葉に、少女のかけ声が重なる。
そして、光速で天から雷が大男に向けて放たれ、大きな光の束が直撃する!
光に遅れてやってきた落雷の轟音が響く中、呻き声をあげる間もなく大男は全身から焦げた臭いと煙を吹き出させ、グラリと倒れた。
地面には大男の体を中心に焼け跡のような黒い染みができており、それを確認した少女は勝利の安堵からか、力が抜けてしゃがみこむように地面に腰を落とした。
「や、やった─────?わたしが………こんな強い人に、勝てたの?」
自分でも信じられないという表情で、荒い息をつく。
しかし、やがて喜びがこみ上げてきて、その感情を俯くようにして隠した。
だが。
そんな勝利の余韻に浸る少女の、彼女が目線を切った目の前では───────
まったく物音を立てずにムクリと起き上がった大男の姿があり、その顔は悪鬼のごとく歪んでいた。
少女は、まだ気づかない。
そこへ、煤汚れた大男が、斧を振りかぶる。
無言で斧を持つ腕に力を込めようとしたが、大男はそれを果たせなかった。
「─────が、ァァ………!」
ドスン、と音を立てて大男が前のめりに倒れる。
「─────ひゃっ?!」
さすがにその衝撃に驚いて、少女がしゃがんだままの姿勢で慌てて後退りした。
【雷魔法】の直撃を受けて、まさかまだ息があったことには驚いたが、少女がもっと驚いたのは倒れた大男の背中に3本の矢が突き立っていたことである。
これは─────?
「─────まったく。小春ってば、肝心な時に詰めが甘いのは相変わらずみたいね─────。でも、アンタにしては上出来の戦いだったじゃない?」
見慣れない洋弓を手にした制服姿の少女が近づいてきて、自分の名前を呼んでいる。
小春と呼ばれた少女は、恐る恐る顔を上げてみた。
そこには髪をポニーテールに結い上げた、目力の強さが印象的な少女が穏やかな微笑を浮かべて自分を見下ろしている。
それが誰なのか、彼女にはすぐにわかった。
「泉ちゃん!どうして、貴女がここに──────?!」
「─────積もる話は後よ。その大男みたいになりたくなかったら、他の参加者がやってくる前に急いでここを離れる必要があるわ。私たち一応、ここでは敵同士って関係だけど、私に付いてくる気がある?」
突然の再会に驚き、しばらく目を白黒させていた少女だが、旧友である泉への返答は明確だった。
「うん、わかった!」
その無邪気で屈託のない表情に複雑な気分になりながら、泉は表情を隠すように身を翻した。
「ずっと向こうに、森が見えるの。多分あそこなら、狩人である私の職種とスキルを最大限に生かせると思うし、ゆっくり話をするには丁度いい場所だと思うわ─────どう?」
小春が嬉しそうに頷きながら立ち上がるのを見届けて、泉は『あえて』弓を手にしたまま歩き出した。旧友同士とはいえ、決してここで馴れ合う気ははないわよ────という無言の意思表示のつもりだったが、ニコニコとした顔で自分の後に付いてくる小春にその意図が伝わっているかは怪しい。
ふと、思い出したように振り返ると、泉が止めを刺した大男の体はいつの間にか消滅しているのが確認できた。
説明が正しければ、このHell Mmoney内で絶命した人間は、現実世界に強制送還になるという。
ゲームの勝利者になれなかった罰は、人によって違うと説明にはあったが、あの大男はどんな罰を受けるのだろうか?そして私が敗けた場合は、どうなるのだろう─────?
─────いけない、ネガティブな思考はやめよう。
泉は頭を振った。
今はゲームに生き残ることと、自分の後ろに付いてくる、旧友の小春とのことに集中しよう。
時折【鷹の目】を使い、油断なく周囲を警戒して歩きながら、泉は今すべきことに意識を集中させた。
─────それから約30分後。
無事に森に辿り着いた二人は、泉が【鷹の目】で満遍なく森の中を索敵し、他の参加者による待ち伏せや危険がないことを確認してから《狩人》のスキル【罠】を使って、人間用の罠と外敵の侵入を自分たちに音で知らせる簡易警報器をいくつか仕掛けた。
「ひえー、狩人って便利な職種なんだねー!」
罠を仕掛ける時の、テキパキとした熟練の職人のような泉の手さばきを見て、小春が目を丸くしている。
もともと泉は手先が器用な方だったが、スキルを使うことでそれが何倍にも増幅されていることを実感していた。
作業が一通り終わると、二人は森の中にあった枯れた倒木を椅子代わりにして、ようやく腰をすえる。
「さて、と。これでようやく、ゆっくり話ができそうね」
「うん、そうだね」
小春が同意する。
「じゃ、今までのお互いの事情を擦り合わせてから、これからのことを手早く話そうか?でも、ここは敵地も同然、今この瞬間にも何があるかわからない。私も《弓》を出しておくから、小春も魔術師の《杖》を出しておいて」
「─────うん」
小春は伏し目がちに頷き、素直に泉の言葉に従って杖を出す。
ここは街中の、安全かつ小洒落た喫茶店などではない。悠長にお茶を嗜みながら時間を忘れて旧交を暖め合う、というわけにはいかないのは二人にもわかっている。
─────園原小春は、泉の中学時代の同級生であり、旧知の少女だ。
父親は地元で有名な会社経営者で、裕福な家庭だったと泉は記憶している。勉強はそこそこ上位の方だったはずだが、おっとりした文科系の気質で、あまり激しく動き回るイメージは、泉の記憶にはなかった。
そんな小春と中学では気が合う関係ではあったが、高校が別れたことで疎遠になり─────その後、空白の二年を経て今に至るわけだが、どうして彼女がこんな危険なゲームに参加しているのか、泉には見当がつかなかった。
小春は小さな声で語った。
「────高校に入ってすぐの頃だったかな?お父さんがね、仕事で事業に失敗しちゃって。会社がうまくいかなくなってから、家族も気持ちがバラバラになっていって、今では一家離散に近い状態なの。私も、このまま呑気に高校に通っててもいいのかなぁ、って考えてた時にこのアプリに出会って。たぶん泉ちゃんも通ってきたと思う説明が終わって一通り自分のできることを試したり確認をしてたら、あの大男に気づかれちゃって、有無を言わさない感じですぐ戦闘になって………後は泉ちゃんも知っての通り。私はそんな感じだけど、泉ちゃんの方は?」
上目遣いで、今度は小春が泉をうながす。
「待って、その前に。確かに小春のお父さん、いろいろ大変だったみたいだけど────だからって小春、自分がこんな危険なゲームにチャレンジしてお金を手に入れなきゃってほど、追い詰められてたの?」
決して人のことはとやかくは言えないと思ったが、泉はつい、口を挟んでしまった。そして、それをすぐに後悔することになる。
ハッと気づくと、小春は感情の抜け落ちた、能面のような顔になっていた。
「お金で─────そう、お金があるっていうだけで、家族が元に戻るなら。それを手にするチャンスがあるなら、私は何を犠牲にしてでもお金を手に入れるよ?」
感情を無くそうとして、それでも完全には果たせず、泣くのを必死に我慢するような小春の表情。
泉はギュッと唇を噛んで、己の浅はかさを呪った。
そうなのだ。
説明を理解した上で、何の決意も覚悟もなくこんな狂気の沙汰に参加できるはずもない。それは自分も同じはずだったのに、目の前の華奢な旧友だけは別だと、勝手に思い込もうとしていた。
「ごめん」
それだけ言って、彼女の覚悟を侮辱した非礼を詫びる。
小春はブンブンと首を横に振って「いいの、泉ちゃんだけにはわかってほしかっただけだから」
泉はただ頷くことで、彼女の想いを共有したことを無言で伝えた。
そして、今度は自分の話の番である。
このゲームにおいては敵同士であるが、旧友の小春をわざわざここまでお膳立てして連れてきたのである。彼女には自分の事情をあらかた話すつもりだったが、いざ実際に事情を口にしようとすると、勝ち気な泉でも一瞬躊躇うように顔をしかめ─────それでも絞り出すように口を開いた。
「─────次は、私が話す番だね。
小春、わたしに妹がいるのは覚えてる?生まれつき心臓が悪くて、ずっと入院と退院を繰り返してた、三つ下の心のこと」
「覚えてるよ、もちろん。心ちゃん、アメリカで心臓の手術を受けたんだよね?」
泉は頷き、話を続けた。
彼女の家族─────朝比奈家は、実は一部では有名な存在であった。
泉の妹は生まれた時から先天的な心臓の疾患を抱えており、完治するには心臓病先進国のアメリカで最先端の移植手術を受けるしかない、と泉の両親は主治医から宣告を受けていた。
しかし、朝比奈家はごく普通のサラリーマン家庭であったので、億に近い手術と渡米費を独自に賄うことは非常に難しい現実があった。そこで両親はNPO団体を通じて募金を呼びかけた結果、一年も経たずに費用を集めることに成功し、心を連れて渡米することができたのである。
彼女の家族が有名になったのは、募金を呼びかけるために両親が会見を開いてメディアに顔を出し、広く世間に娘のことを訴えかけたからである。世間は不幸な少女と両親に同情してくれ、皆の善意で娘は渡米して無事に手術を受けることができた。
ここまでは美談である。
しかし、その一年後。心は容態が不安定になり、検査の結果、アメリカで再手術が必要だと判明した。
仕方なく、再び会見を開いて募金を求めて頭を下げた両親に対し、世間の風は急激に冷たくなっていた。これは、会見を取材をしたテレビ局が、素っ気ない雰囲気で短いニュースにしたのも一因かもしれない。
『またか─────』『おいおい、他人からどれだけ金を集めるつもりなんだ?』『自分で借金しろよ』『寄生虫みたいなヤツらめ』
二度目の会見の後、ネットやSNSではそんな論調があふれた。
最初の時は皆、気持ちよく心の手術の無事を祈ってくれたはずなのに、二度目では潮目が完全に変わり、朝比奈家は一気に吊し上げの存在に成り果てた。
結果、募金はほとんど集まらず、それどころかネット民から実家を特定され、中傷や嫌がらせを受け続けた朝比奈家は、ついに引越を余儀なくされた。
両親は心労でかなり疲弊していたが、長女の泉は違った。
世間に対する怒りも当然あるが、その顔には飢えた狼のような烈しさが漂うになった。
泉にとって、このHell Moneyへの参加は全て妹の心のためである。妹の心臓が良くなるためなら、泉は何でも、どんなことでも犠牲にする覚悟でこのゲームに参加したのだ。
「──────と、いうわけよ。小春の家も大変だろうけど、私にも絶対に退けない理由があるの─────って、何でアンタが泣いてるの?!」
事情を語り終えた泉の前で、いつの間にか小春が顔をクシャクシャにして泣いていた。
「だってぇ!心ちゃんも泉ちゃんもご両親も、可哀想すぎるんだ、もん!」
その無邪気で無防備な様に、泉は頭を抱えたくなった。
小春の気持ちはありがたいと思うが、今は参加者同士の生き残りをかけたサバイバルゲームの最中だ。すべきことは、必要な情報の共有であって、傷をなめ合うことではない。
「─────安心して。両親もようやく落ち着いてきたし、心も最近は主治医が首を傾げるくらい、体の調子がいい日もあるの。もちろん病気が治ったわけじゃないんだけどね─────さ、お互いの身の上話はこれでお仕舞い。小春とちゃんと話しておきたいのは、これからのお互いの方針と約束事よ」
「ぐす。え、と────方針と約束事?」
要領を得ない小春に、泉がテキパキと告げる。
「そう。もうさすがに気づいてると思うけど、本来敵同士である私が小春とこうして仲良くおしゃべりしてるのは、とりあえず最後の二人になるまでは協力しあおうっていう同盟関係を結びたいから。それを受ける気は、小春にある?」
小春は目をぱちくりとさせて、キョトンとした。
「え、えっ、同盟?そんな堅苦しいこと言わないでも、私は泉ちゃんとなら──────」
「それじゃあダメよ、小春」
小春に最後まで言わさず、泉はピシャリと言った。
「元お友達同士だからなんて、そんな温い寝言は、おそらくHell Moneyでは通じない。そんな曖昧な友情を信じて私は小春に寝首をかかれたくないし、小春だって逆も嫌でしょう?だから─────お互い、自分の目的のために─────叶えたい願望のために、最後の手前まではしっかり協力しあうのよ。友情ではなく、お互いの利害のためにね」
泣き止んだ小春は、真剣な眼差しで泉の言葉を聞いていた。泉が言葉を切った後も、彼女を見つめ続けている。
そして───────
「わかったよ。私たち、ここでは敵同士、なんだね」
ポツリと呟く小春。
「わかってくれた?」
平静に返そうとした泉に、小春が続ける。
「うん……、“そういうこと”にしておくわ。優しい泉ちゃんらしい、線引きだよね?」
「────────!」
「あ、いいのいいの!これでも一応、ちゃんとわかってるつもり……だから」
「……っ」
何かを言いかけて、泉は途中でそれを無理やり飲み込んだ。
小春も黙ったので沈黙が訪れ、何となく泉は気まずそうに近くに落ちていた小枝を腰を落としたまま拾い、それをパキリと折った。
やがて気持ちを切り替えるように頭を何度か振って、泉は話題を変えた。
「─────じゃあ、後は状況確認と作戦会議ね。お互いの持ってるHell Moneyの情報を手早く照らし合わせようか─────」
そこまで言った時だった。
泉は突然、しゃべるのをやめ、鋭い目付きで周囲を見渡した。
「え、なになに?泉ちゃん、どうしたの?」
困惑する小春を尻目に、泉は【鷹の目】を使って薄暗い森の中をぐるりと視認し、早口で小春に告げる。
「小春!アンタの魔術師のスキルに、確か【物理障壁】と【魔法障壁】があったよね?!」
「う、うん!」
「それ、今すぐ同時展開できるッ?!」
「えっ、え?!い、今?」
「そう!今すぐに、よ!!!早くしてッ!!!」
泉がそこまで言った時だった。
風を切る音とともに、森の中から複数の炎に包まれた矢が二人に向かって飛んできた───────!




