《game.3》共闘の申し出
「─────あなた、自分が何を言っているかわかってるの?」
油断なく眼鏡の男の挙動を見張りながら、泉は険しい表情で言葉を投げる。
「どういう意味だい?」
およそ敵意の欠片も感じさせない人の良さそうな顔で、男が聞き返してくる。
泉は呆れたように言った。
「どういう意味も何も─────あなた、このゲームを理解して参加してるの?説明は受けたんでしょう?」
「説明はもちろん受けたさ。その上で、君に話し合いを提案しているのだが、何かおかしいだろうか?」
両手を挙げたまま真顔で聞き返してくる男の反応に、泉はその真意を探ろうと凝視する。
─────この男の狙いは何なの?
説明を受けたなら、このゲームが他者を蹴落として生き残る、参加者同士の戦争だということは容易に理解ができているはず。
泉には眼鏡の男の目的なのかわからない以上、警戒レベルを最大限に上げて対峙する必要があり、事と次第によっては、この男といきなり戦闘になることも覚悟している。むしろこのHell Moneyではお互い敵同士なのだから、そちらの流れの方が自然と言うべきか。
しかし男の方は、至極落ち着いた様子で言う。
「君が本質的な敵である僕を不審に思い、警戒するのは当然だろう。僕が逆に君の立場でもそうだと思う────だが、今から言う僕の話を冷静に聞いて、判断してもらいたいことがあるんだ」
「どういうこと?」
泉は不信感を隠さず、表情と声で男に投げかける。
「おそらく君も、今回の参加者が総勢20人だと聞かされているよね?」
「それが?」
肯定の意味合いを含ませて、泉は問い返す。
「君はこのHell Moneyを、僕らを含めたその20人全員がバラバラの─────バトル・ロワイアル方式で最後の一人になるまで戦い合うゲームだと思っていないか?」
「─────違うっていうの?」
「いいや、間違ってはいない。僕もそう思っていた。だが、今この場では奇妙なことが起こっているんだ」
「奇妙なこと?」
「かいつまんで話そうか。君はおそらく時系列的に、参加者の中で一番最後に説明が終わった部類の人間のはずなんだ。なぜそれがわかるかというと、僕は君より半日以上早く参加していて、すでに君と自分を除いた19人の動向をある程度把握している。で、何が奇妙かと言えば─────このゲームの他の参加者たちは、半分以上がチームを組んで共闘をしているんだ。頑固に単独にこだわった連中は、ほとんど共闘者たちに狩られてしまったのが現実だ」
「───────」
沈黙した泉の様子を察して、男は続ける。
「驚いたかい?僕も最初は驚いたよ、まさか敵同士で組んで戦争をするなんてね。だが、これはルール違反ではないし、最終的に自分たちのチームが生き残るまでの間とはいえ、お互いの信頼さえあれば、これほど有効かつ合理的な戦略はないだろう。僕はすぐにその事実に気づいたんだ。君も、そう思わないか?」
「───────」
泉は答えないが、男は構わず続けた。
「実は、僕もチームを組んで共闘している身でね。仲間が他に二人いる。で、ここからが本題だ。君も僕らと共闘しないか?もちろん、我々以外の参加者を狩りつくしてチームメンバーだけが残ったら、この共闘関係は解消して敵同士に戻るわけだが、各自がそこに至るまでの過程は、単独で戦うよりもずっと安全で楽になるのは明白だ」
「────────」
「先に断っておくが、決して無理強いはしない。君がこの提案を蹴るならそれも個人の自由ということで、この場は大人しく退かせてもらうよ」
「────────」
泉は男から視線を外さないまま、押し黙って考える。
男の提案の意味、そしてそれに乗った時のメリット・デメリット、リスク、保証、そもそも彼自身の信頼性──────
ゲームに参加してすぐのこの段階で、今後の自らの命運を賭けた重大な選択を、この眼鏡の男からいきなり迫られていることに泉は気づかざるをえない。
泉は考えながらも、笑みを浮かべながら選択を迫る眼鏡の男を─────いや、というよりは、泉の目線のピントは彼ではなく、彼の背後に広がる薄暗い林の方に合っていた。
「考え中のところ悪いが、そろそろ疲れてきたので手を降ろしてもいいかな?」
両手を挙げている格好に疲れたのか、男が苦笑いして言った。
「どうぞ」
泉が答えると男はやや安堵したような顔で、ゆっくり手を降ろす。
その絶妙なタイミングで、間髪入れずに泉は続けた。
「あなたの申し出だけど、今は断らせてもらうわ」
「─────理由を聞いても?」
男が目を細めた。
「簡単よ、私は自分自身で見知ったことを基準に物事を判断したいだけ。あなたが言ったことを全部嘘とまで断定する気はないけども、強制じゃないなら今は自分で直接状況を確認したいの─────今は、ね」
「それは、保留ととらせてもらってもいいのかな?」
「解釈はどうぞお好きに。とにかく、私は私の道を行かせてもらうわ」
「─────それは看過できないな、ともし僕が言ったら?」
男が身にまとう空気の質を変える。
今まで博愛主義と呼んでもよさそうな優しげな顔が、一瞬で戦う人間の鋭い目つきに変貌していた。
しかし、泉も動じない。
「その時は、『この嘘つきヤロー!!!』とあなたを罵って戦うだけのことね。あなたの後ろのお仲間が何かする前に、必ずあなたにだけは何としても一矢報いてやるわ」
「なるほど──────」
いくばかの間の後に、男は感心したような声を漏らした。
彼は一度肩をすくめると、右手をサッと挙げ、背後に向けて言った。
「二人とも、彼女との戦闘は『なし』だ。構えを解いて待機しててくれ!
─────どうして、仲間の存在がわかった?」
後半は泉に向けて訊いたが、彼女は取り合わなかった。
「企業秘密」
泉は煙に巻くようにあしらったが、あくまで冷静に心の中で呟いた。
─────賢そうな人だから、今のだけでわたしの職種の見当はついたでしょうに。
男はそれ以上は追及してこず、代わりに違うことを言った。
「できれば、君の名前を聞いてもいいかな?今はともかく、いずれお互いが共闘する余地と選択肢はまだ残っているわけだし─────。もちろん、先にこちらが名乗ろう。僕は高坂敦彦だ」
「私は朝比奈泉。
─────じゃ、縁があれば、また」
素っ気なく名乗ってから、泉は踵を返して歩き出した。
「朝比奈さん、次に会える時を楽しみにしてるよ」
背中から高坂の声が追いかけてくるが、泉は足を止めない。
この魔術結界という異空間に初めて来たばかりの泉に、特に明確な目的地があるわけではない。しかし、高坂と名乗った男の気が変わらないうちに、この場を早く離れなければ─────と彼女の勘というか、本能が告げていた。
心の焦りが動作に出ないよう、泉は意識して“ゆっくり、颯爽と歩いて見えるように”、高坂が現れた林と反対方向へ、道とはいえないような草と赤い土に覆われた大地を歩き進んで、彼等から徐々に離れていく。
高坂側の思惑はわからないが、泉にとってはHell Moneyのスタート直後に、いきなり多人数に攻撃されて『ゲーム終了』にならなかったのは明らかに僥倖だった。
表面的にはあっさり危機を乗り切れたように見えるが、彼女が自分の職種のスキルをしっかり使い、それを効果的に虚勢に使ったからこその結果である。
「この『眼』、思ってた以上によく視えるわね」
ポツリと呟いた泉の瞳の中の瞳孔が、まるで猛禽類のそれのように一瞬だけ細くなると、同時に右手の職紋が淡い光を帯びた。その光が収まると、瞳はまた元の人間のものに戻る。
これは【鷹の目】と名付けられた、狩人の職種だけが持つ固有のスキルである。
つまり、あの案内人との説明で、泉が職種選択の際に選んだのは─────『狩人』だったのだ。
狩人を選択した理由は彼女なりに幾つかあるが、決め手の一つがこの【鷹の目】のスキルだ。
他の職種にも戦闘時に役立つであろうと思われる職能は数多くあったが、【鷹の目】には自分の視力と視野を数十倍に引き上げる効果があり、それは狩人だけが持つスキルなのである。
高坂と向かい合っていた時、泉の【鷹の目】に高坂の背後の林の暗がりから二人の人物が自分に向けて、何かを構えている姿がはっきりと映っていたのだ。高坂に「一矢報いてやる」と言い放った気迫は決して嘘ではないが、魔術結界内に来たばかりでまだ自分のスキルの性能をまったく確かめてもいない泉にとっては、高坂が隠していた二人の存在を仄めかすことで何とか向こうの譲歩を引き出すことができた、交渉とも呼べないような博打的行動であった。
しかし、説明で得た知識はあるとはいえ、自分のスキルをまったく確認できないまま、他の参加者と再び遭遇することがいかに危険であるかは、泉もよく理解していた。
ある程度、高坂たちのグループから十分に距離がとれた所まで移動した上で、泉は足を止め、【鷹の目】で周囲を見渡した。
ここは高坂と出くわした地点とは違い、人の背丈ほどの大きな岩が至るところで生えているようなゴツゴツした『岩石地帯』とでも呼ぶべき風景で、隠れようと思えば身を隠すことなどは簡単にできそうな場所だ。
拠点にするには見晴らしが良すぎるだろうが、人目を忍んでスキルを確認するには都合がいい場所だと思えた。
泉は足を止め、
「【弓&矢】」
と、自分の保有する『固有武具』の名を口にしてみた。
すると、何もなかった空間から突如として洋弓が現れ、自然な形で泉の左手に収まった。
不思議な感覚だった。今までの泉の人生で弓などを手にしたことはなかったが、洋弓はなぜか長年使い込んでいる道具のように手に馴染み、扱い方もごく自然に頭に入っている。これがスキルの恩恵なのだろう。
弓が現れたのと同時に、狩人の固有装備も泉の体に自動装着され、弓を引くための革手袋、腕に弦が当たらないための黒色のアームガード、そして腰にはベルトが巻かれて近接戦闘用の《剣鉈》が、鞘に収まった状態で吊られていた。
ちなみに、この弓に対して矢筒はない。
なぜならば──────
泉が左手で弓身を固定し、右手で弦をひく動作をすると、その手にはいつの間にか一本の矢が収まっていた。
この弓は便利なことに『矢筒から矢を取り出してつがえる』という動作が必要なく、自動固定設定なのである。説明通りなら、矢の種類も任意で選ぶことができ、今は通常のものとなっていた。
泉は弦に当ててつがえた矢を、試しに近くの岩に向けて射ってみる。
ビュン!と鋭く空気を裂いて、矢は大きな岩に突き立った。
威力は十分どころか、人の急所に当たればおそらく致命傷になりうるだろう。
その事実にも顔色を変えず、泉は立て続けに第二、第三の矢を連続して同じ箇所に試射し、それらは機械のように正確に最初の矢の後端部分に命中して、根元まで岩に食い込ませた。
泉は満足せず、さらに思いつく限りのパターンでしばらく矢を射ち続けた。
その結果、情報としてではなく、経験としてわかったことがいくつかある。
矢はつがえる動作をすることで自動発生し、射った後何かに命中して一定時間が経つと消滅する。矢には複数のタイプがあってそれを任意で選択できるが、【毒】や【痺れ】のような効果付きのものを使うと、しばらくの間連射ができなくなる(ただし、通常の矢は連射可能のようだ)。
弓身も泉の意思で出したり消したりできるので、わざわざ弓を抱えて移動する、という必要もなさそうだ。
想像していたよりも弓の優秀な使い勝手に満足した泉が、狩人の他のスキルを試そうかと思案した直後、近距離で何か大きな破裂音がした。
ドォンッ!!!
泉の耳に轟音が響く。
「!」
反射的に身を屈めながら、泉は用心深く、音のした方に向かう。
そちら側は大きな岩山が遮蔽物となっていたようで、岩の陰から覗き込むように【鷹の目】を使って泉は岩陰の向こうの様子を伺った。
【鷹の目】を介して視界に映ったのは、2人の人間の激しい闘争だった。
間違いなく両者とも、泉と同じくHell Moneyの参加者同士であろう。
両者のうち、激しい攻勢に出ているのは坊主頭の大男で、その両手には巨大な斧と槍がそれぞれ握られている。
大男と相対しているのは小柄な少女で、手には槍─────ではなく、先端に光る宝飾のついた杖のようなものを握りしめていた。
「ハッハァーーーッ!!!
どうしたい、魔術師のお嬢ちゃん?まさか、もう息が上がったのかァ?お楽しみは、まだまだこれからだぜィ!!!」
大男が叫びながら、斧を横殴りにブルン!と振るう。
すると、その斬擊が目に見えない空気の刃となって、距離が離れているはずの少女に向け、唸りを上げて迫った。
「──────ッ!!!
【物理障壁】!」
慌てた様子で少女が杖をかざすと、斬擊は見えない壁にぶつかって、ギィン!と派手な音と衝撃を撒き散らした。
「まだまだァ!!! オラァッ!!!」
大男は間髪入れず、突進で少女との距離を一気に詰めて、槍を鋭く突きだす。
槍の軌道は正確で、驚きの表情を浮かべる少女の体を勢いよく串刺しにした──────
ように見えたのは一瞬、槍が貫いたのは少女の形をした幻影で、大男の槍には何の手応えもない。
「─────ぬっ、幻かァ?!」
大男が首を振って見渡すと、少女はやや後方に離れた位置で、荒い息をゼェゼェと吐いていた。
「小癪な真似を!だが、お前さん、なかなかイイぜェ?」
ニヤリと大男が嗤う。
その狂気じみた凄絶な表情に押されたのか、少女はじりっと後退りした。
─────なるほど。
【鷹の目】から得た視覚情報で、泉はこの戦況を自分なりに分析してみる。
戦っているのは30代から40代くらいの大男と、まだ10代と思われる自分と同年代らしい小柄な少女で、使っているスキルと装備から想像すると、それぞれ『戦士』と『魔術師』の職種を選択した者たちらしい。
この戦い、泉の見立てでは大男の方に分がある。
職種の相性もあるだろうが、明らかに大男は『戦い慣れている』感があり、やたら生き生きと躍動しているのが泉にも見てとれる。この大男は、日常では味わえない闘争を、そして命と命のやりとりを─────ずっと渇望して生きてきたタイプの人種なのかもしれない。
それに対する少女は、おそらく普段は闘争などとは無縁な生活をしているのだろう。怯え・戸惑いの感情がはっきりと顔に出ており、職種の相性以前に、戦いそのものが向いていないのが明らかだ。
しかし─────
両者の戦いの形勢に関わらず、泉にはこの闘争に介入する気は、まったくなかった。このHell Moneyに参加した時点で、彼女は安っぽい人道主義とは決別したつもりでいる。あの少女がいかに可哀想に見えても、本人がそれなりの覚悟と意志を持ってこのゲームに参加している以上、どのような結果になろうとも、それは自業自得というものだ。
とはいえ、泉とて人間であり、自分と同世代ぐらいの少女が必死に戦う姿に何の感情も抱いていない、というわけではなかった。あんな屈強そうな大男と正面から命がけで戦っていることに敬意は払っている。
「─────ごめんね。悪いけど私には少女を救うよりも、もっと大きな目的があるの」
泉は自分に言い聞かせるようにそう呟き、【鷹の目】で何気なく少女の顔を真正面から視た。
─────ドクンッ。
その刹那、鼓動を乱した泉の心臓が、大きく跳ねた。
確かに、怯えはある。
戸惑いの色も濃い。
しかし、その瞳は戦う戦士のそれで、何があっても生き抜く、という強い意志が宿っていた。
そして何より、真正面から少女を視たことで、泉にははっきりとわかってしまったことがある。いや、むしろ、なぜ今までこんな大事なことに気づかなかったのか。
異様な魔術異空間、非日常の生残りゲームに参加している高揚感、または焦りなどの感情。その全てが、自分の目を曇らせていたのではないかと、泉は本気で自分の迂闊さを呪った。
なぜなら。
その少女は──────
自分とは旧友だったから。
「嘘でしょ─────?」




