《game.1》都市伝説
「Hell Money」という名のゲームアプリの存在が、巷で都市伝説になりつつあるという。
製作者不明、ダウンロード方法不明、プレー画面はおろか、内容の詳細も不明。本当に実在するかどうかも怪しい正体不明のアプリがなぜ都市伝説になったかというと、このアプリをクリアすることで大金が手に入る、という噂がネットに出回ったからである。
普通、ゲームアプリというのはプレイヤーに『課金』させることはあっても、その逆に現金を配るなどということは、まずありえない話だ。仮にアプリを制作したのが企業ならそれは『営利活動』に相反する行為であり、ネットではITで財を成した大富豪の道楽では?などという勝手な憶測も流れたりしたが、いずれにせよ真贋のほどは不明。
噂が噂を呼び、ネットの住人たちはこぞって『Hell Money』の秘密や詳細を探ろうと躍起になったが、実際にプレーしたという人間が現れても、内容をでっち上げ、面白おかしく嘘の情報を書き込んだ偽物がほとんどであった。
ネット掲示板には専用の板が常設され、真実に迫ろうと多くの人が集まった。そして、本当にアプリをプレーしたらしき人間の微かな情報によると、そのアプリはスクリーンショット不可、プレー内容の秘密厳守、そして条件を満たせば本当に多額の現金が手に入る─────といったことだけがわずかながらも判明していく。
アプリをダウンロードできるというURLもいくつか出回ったが、そのすべては接続不可で、結局誰も辿り着くことはできなかった。
ただ、アプリのプレー経験者を名乗る掲示板ユーザーが洩らした、ある興味深いコメントがある。
『あのアプリは、興味本意の人間には決してダウンロードできない。まるでアプリそのものに意志があるかのように、本当に必要な人間の端末の中に、スルリと入り込んでくるんだ。
でも。
もし、そのアプリを目にすることがあっても、決してプレーをしてはいけない。プレーしたら最後、勝っても負けても君は不幸な結末を迎えることになるだろう。
プレー経験者として忠告する、Hell Moneyには、決して手を出すな』
この発言に対して幾つかの質問が寄せられたが、該当ユーザーからの返答はなく、いつしか他の発言の中に埋もれていった──────
そして時は流れ、20XX年某月某日。
とある地方都市在住の女子高生、朝比奈泉は、学校から帰宅後、制服姿で鞄から取り出したスマホの画面に、今まで見たことがないアプリが勝手に起動していることに気づいた。
最初はスマホの誤作動かと思った。稀に、スマホをスリープさせずにパンツのポケットなどに入れっぱなしにしていると、ボタンが体に当たって勝手にアプリが動いていたり、文字が入力されたりするケースがあるが、鞄の中でもそれと同じ現象が起こったのでは?と泉は思った。
しかし、ダウンロードした覚えもないアプリが、ある日勝手に起動する、などということがあり得るだろうか?
そう不思議に思い、泉はアプリの画面をまじまじと見つめた。
それはタイトルの画面のようだが、タイトルの文字自体は英語のようで、さらに重厚な西洋装飾風の書体で作られているために、泉は読み取るのに少しだけ苦労した。
「何て書いてあるの、これ……?
え、と。H?、e、、ll、M、o、n、e……、y。
Hell Money─────?!」
泉は自分が読み取ったタイトルを理解した途端、あまりの驚きに腰を浮かしそうになった。
画面を見たのは初めてだが、彼女はそのアプリの存在をすでにネットの噂で知っていた。
画面を凝視しながら、ゾクゾクッと体が身震いする。
まさか、こんな時に。
いや───────
逆に、“こんな時だからこそ”。
ついに。
探し求めていた、このアプリに巡り会えた─────!
タイトル画面の下方では『Start』の文字アイコンが、まるで見る者を引き込むように、妖しく明滅を繰り返している。
泉は興奮していたが、冷静さを失ってはいなかった。
まだ、このアプリが本物と確定したわけではない。それらしく作られた偽物、もしくは悪質な詐欺アプリ、という可能性も十分にありえる。
しかし、まずは──────これを試してみなければ、何もわからないし、何も始まらない。
「─────やってやろうじゃない!」
泉は覚悟を決め、『Start』の文字を勢いよく親指でタップした。
すると、画面が黒色に変わり、白い文字がゆっくりと浮かび上がる。
『ようこそ《Hell✞Money》へ。
この儀式に参加し勝利した暁には
その功績を称えその者自身と等価の財を贈ることを
※*%#>@の名において約束する。
もし参加を希望する者は以下の規約をよく読んでから
もう一度真の《Start》ボタンを押すこと。
ではすべての参加者の健闘を祈る』
序文らしき文章を読んで、泉はゴクリと生唾を飲んだ。
これが、Hell Money ──────
現時点で、このアプリをプレーすることによるデメリットは特に書かれていない。
しかし、相手は正体不明のアプリだ。
『規約』とやらをよく読んでからでないと安心はできない。
そう思いながら泉は『利用規約』と書かれた小さなボタンをタップしてみた。
「な、なにコレ────?!」
思わず、声を上げてしまった。
先ほどの序文は日本語であったのに、画面をびっしりと覆う文字は泉が見たことのない外国語で書かれていた。
見知ったアルファベットがまったくないので、これは英語ではない。おそらく、イタリア語でもフランス語でもないし、もちろん漢字の類いでもない。
泉にはその文字らしき物の羅列は単なる記号にしか見えず『こんなもの、普通の人に読めるわけがないじゃない!』と憤った。
─────でも、ちょっと待って。
憤慨しつつも、よくよく考えてみると今のスマホには他言語翻訳や検索などの便利な機能がある。この見たことのない文字も、ネットで検索をかけて正体を探れば、日本語に翻訳できるのではないか、と思い当たった。
泉は自分の機転に得意になりそうになったが、同時に規約の画面の小さな変化を発見していた。
それは規約とは別枠に
『□規約に同意して参加します』
という日本語の最終同意確認文の存在と、その隣で2桁の数字がカウントダウンされている現象である。
91,90,89,88,87……
数字は1秒ごとに減っているようで、あと2分足らずで“0”になることを示している。
なんて、ふざけたアプリなの─────!!!
泉はアプリ側の意図を察した。
参加を促す同意確認部分だけは白々しく日本語にして、肝心の『規約』とやらは読ませる気がないらしく、しかも閲覧と決断までの時間制限付きとは。
このまま規約を何も読まずに参加を決定することは、世間で高額商品やサービスを契約する際に、契約書をまったく読まずにサインする行為と同義となることは、まだ高校生の泉にも何となく理解ができた。
どうする、どうしたらいいの──────?!
75,74,73,72,71……
迷っている間にも数字はどんどん減っていき、残された時間は多くない。手をこまねいていては、あっという間にこの数字は0になるだろう。
泉は思考を瞬時にフル回転をさせ、一つの決断を下した。
「─────よし!」
スマホに手を伸ばし、猛スピードで、ある操作をはじめる。
そして──────
それから優に10分以上は経過してから──────
彼女の『Hell✞Money』が静かに動き出した。
少女は決断し、その決断に沿って行動した。
その結果。
泉は『□規約に同意して参加します』というボタンのさらに下をスクロールして現れた、
『□規約はこれから直接説明を受けてゲームに参加する』
というボタンを、静かにタップする。
すると、スマホを見つめていた泉の視界が遠のくように暗転し、そこで彼女の意識は途切れた。




