第5話 撤退
低空まで高度を落としたヘリコプター。そこから降りてきたのは空見。かつて新世代を、そして3人を裏切り国民解放戦線へと寝返った旧友。だが彼女が今は敵であるはずの3人を助けに入った。それもこんな理解不能な、しかし恐ろしくいいタイミングで。
「あ、相手は刀を持ったたかが1人だ。かかれ」
今や十数人となった部隊の構成員の一部は拳銃を抜いて空見を撃とうとする。もし彼女が普通の人間であればそれで撃たれて無力化されるだけ。だが彼女は普通の人間ではない。この緊迫した状況下では「光の速さ」とも感じてしまうほどの速さで間合いを詰め、振り払った刀が男の手首を切り落とす。手首を斬られた男は血を吹き出させながら声を上げて倒れこむ。
「分かってるでしょ。あなたたちが作った『新世代』は、そんなもので無力化できないって」
「くっ。数で抑え込め。数の力で――」
リーダーと思わしき者の号令に全員が銃を構える。いくら速さに定評のある侍・空見であれど、数の銃撃で押し込まれてはひとたまりもない。そもそも新世代は新生物戦を前提とした部隊だけに銃撃戦を行うことを想定していないのである。ところがこの空見の圧倒的な強さの前にあれだけ大きな音を出す存在が忘れられていた。
低空飛行に移行したヘリコプター。そこから3人を回収するための縄梯子が降下されるのとタイミングを同じくし、逆方向のドアから銃撃による空見の支援が開始される。いわゆるドアガンによって空見を撃とうとした男たちは一掃され、流れ弾が車両を射抜いて燃え上がる。
『そろそろ引き際です。撤退準備急を』
ヘリコプターの操縦と高い位置からの偵察を兼務していた老齢のパイロット。彼は時間が過ぎれば更なる援軍は免れないと、まだ余裕のあるうちに撤退を提案。無線にてその報告を受けた空見は横目にて新谷・稲嶺、そして状況を理解していない猪原がヘリコプターに乗り込むのを確認。さらにまだ残っている敵を、ヘリコプター上のガンナーと共に牽制。
準備万端と見るや空見の搭乗を待たずしてヘリコプターは再上昇を開始。逃がすまいとヘリコプターへの銃撃が実施されようとするが、ガンナーによる迎撃、加えて先に乗り込んだ新谷による銃撃も開始される。
「それじゃあ……よいしょ」
空見は後ろに振り向きつつ敵に対して黒いボール状の何かを投げると、背中を向けたまま縄梯子に飛びついた。
敵は逃がすまいと銃を向けたがそこで何かに気付いた。暗い夜に投げられた黒いボール。それもさりげなくやられたことで今まで気づかなかった。そして空見が危険を冒してまで背中を向けたままである理由は。
「まず――」
敵のリーダーは気付いたが遅い。その黒ボールは音と光を発し始めた。それによって敵たちは視覚と聴覚を奪われ、同士討ちを防ぐために銃の引き金も引けない。逃げ始めたヘリコプターを追いかけることもできず、援軍もまだであるため新谷らを逃がしてしまう。この空見が打った逃げの切り札。ひとつ問題があるとすれば……
『空見さん。無事でしょうか? ……空見さん?』
パイロットからの無線に反応がない空見。
「あぁ~これ、聴覚やられてますね」
稲嶺がドアから顔を出して、縄梯子を登る空見へと目をやる。そして、
「無事ではあるんですね。それならばよかったです。皆さんも無事ですか?」
「「?」」
最後の最後まで支援を行っていたガンナーと新谷も、パイロットの問いかけに首をかしげていることくらいだろうか。




