第8話 空見の力
渾身の一撃を猪原によって止められた空見は飛び跳ねるように後ろに下がりつつ、隣にあった猪原らの車のタイヤに刀を突き刺す。追撃を阻止するためにパンクさせた、と言ったところか。もっとも今すぐ逃げない限りは他の班も後から到着することからして無意味なことではあるが。
空見は驚いた表情をする猪原に対し、服の内ポケットから何かを取り出して投げつける。手榴弾などの武器であると困るため反射的に防御姿勢に入るが、それは武器ではなく見知った者であった。
「こ、これは……」
猪原はさらに彼女へと目を向ける。
そこには左腕の袖をまくって見せつける空見。そこには彼女ならば付けているはずのものが無かった。そしてそれは今、猪原の足元にある。
「制限解放器」
新世代の力の根源となりうる機械であり、今まさに猪原や新谷、稲嶺らが付けている腕時計のようなものがそれである。それを付けて一定の訓練を積むことで、人間離れした運動神経や回復力と言ったものが手に入る一方で、一度手にしたものがそれを外すことで体内の筋力や物質などのバランスが崩壊。様々な体調不良に苦しむことになるというデメリットが存在する。実際に稲嶺が一時的に入院していた時期があるが、新生物との交戦時に制限解放器が破損したこと、それが原因によるものである。しかし……
「空見。なんともないのか?」
猪原の目の前にいる空見はまったく体調を崩している様子を見せない。そうなると体内バランスを保ちつつ、緩やかな制御の元に解放器を外したと考えるべきである。その場合はもちろん新世代ゆえの力を失っているはずなのだが。
『(手がしびれてる。これは空見の攻撃……)』
猪原の手にわずかな違和感が残る。少なくとも女子中学生~高校生相当の一般少女が出せる攻撃力じゃない。これは紛れもなく新世代のパワーである。だがそのパワーの裏付けたる制限解放器は今はない。ではこの力の根源はいったい。
様々な疑問がある中で空見が口を開こうとする。しかしそれを遮るかのように銃声が響き渡り、空見の左腕から鮮血が飛び散る。
「くっ」
「空見さん……降伏してください」
自らのライフルは空見に斬られた。稲嶺の拳銃は弾かれパトカーの下へ。それならばと近くに倒れていた警察官の拳銃を手に取り、空見に向けて発砲した新谷。彼女の銃弾は確実に昔の仲間を射抜いた。
「それは……できないかな。私はもう、新世代の人間じゃない。もう、国民解放戦線の一員だか
ら」
「テロリストの一員ですか。でしたら仕方ありません」
彼女は拳銃を構え、彼女の顔面へ向ける。
「新谷。相手は空見だぞ。撃つな」
「ねぇ。本当に撃つ気?」
もう腕を撃たれておいて今更だが、それを止める猪原と、問いかける空見。しかし新谷はその目を逸らさない。
「言ったはずです。もし空見さんが国に弓引き一般人に危害をもたらす。そんな時がくれば私の銃口は空見さんに向くと。できればそんなことはしたくなかったですが」
「国に弓引き、か。それは間違いないかもね」
「ならば」
「でも、本当に一般人に危害をもたらす者に銃口を向けるなら、本当に向ける先は私じゃない……いや、私たちではないかな」
「それはどういう?」
その一言に何かの違和感を覚えた彼女は集中力を切らして銃をわずかに降ろしてしまう。
その時だった。空見の奇襲によって大混乱しているうちに国民解放戦線はあらかた撤退を完了したのだろう。そんな中で猛スピードでパトカーの間を通り抜けてバイクが突っ込んでくる。
「ごめんね。時間がないみたい。最後にもう一つお土産」
空見はそう口にしながら再度ポケットに手を入れて何かを猪原や新谷の方へと投げてくる。先ほど投げたものは危険性が無い壊れた制限解放器であった。それだけに油断したのだろう。
「まずっ、猪原さん目を――」
新谷がそう口にした瞬間、まばゆい光と音が発せられる。
「スタン……グレネード」
空見らしくない武器であるが、まぎれもなく効果的なタイミングでの使用である。視覚と聴覚が失われ、そしてそれらが戻った時にはもう空見はその場へはいなかった。残ったのは使用後のスタングレネードと、壊れた制限解放器のみである。




