第1話 空見の行方
「空見?」
猪原は同じ班のメンバーを引き連れて空見の部屋へ。今日については緊急任務等なかったから問題はなかったが、有事に備える彼ら彼女らにとっては無断で休むことなど論外である。それを彼女はもちろん知っているであろうから、何かあったと考えるのもひとつの可能性である。それこそ病気で倒れており、誰にも気付いてもらえず謹慎期間の数日が経過した……などである。
しかし猪原がチャイムを鳴らしてもノックをしても返事はない。
「どうする?」
稲嶺は腰にあるものを確認。最悪の事態を想定している彼は、得物を使って扉を破壊。突入を図ることも想定しているようである。しかし新谷はもっと穏やかな方法を用いる。
「管理室に行ってスペアのキーを借りてきています。本当は管理人さんと一緒でないといけないみたいですが……つくづく管理が杜撰ですね」
キーホルダーの穴に指を入れてカギを回す新谷。流れるような動きでドアのカギを解錠すると、稲嶺に視線を合わせる。
「一応、備えるってことね」
本当はドアを壊すために手にしていたのであろう、彼のサブウェポンたる拳銃を稲嶺が手にする。
「何があるか分かりませんから。では」
ゆっくりドアを開ける新谷。稲嶺がすぐさま拳銃を手にした腕をねじ込み、その後ろから猪原が部屋の中を覗き込む。
「空見。入るぞ」
猪原が問うも返事はない。
「いない……みたい?」
靴を脱いで部屋に入る稲嶺。彼の言うように返事がないこともそうだが、電気が消されている。既に日が落ちていることからしているなら電気はついているはずである。が、謹慎期間の昼間に倒れてそのままと考えれば不自然な事ではない。
ゆっくり慎重に電気を付ける新谷。
「私はお風呂場とトイレを。お二方は部屋の中を確認願います」
「分かった」「了解」
曲がりなりにも空見は女である。そちらの方は同じ女性たる新谷に任せて猪原・稲嶺の2人は大部屋へと向かう。しかしあの猪武者な性格に似合わぬきれいな部屋には、誰もいなかった。
「ベランダとか……」
猪原はカーテンを開けてベランダを見てみるも、こちらも誰もいない。特段おかしな点と言えばカギが開けっ放しといったところか。単純にカギの締め忘れと思えばおかしなことはないかもしれないが。
「お風呂場もトイレもいません。そちらには?」
「いや。こっちも」
戻ってきた新谷の問いかけに稲嶺が答え、ベランダに出た猪原も頷く。
新谷はそれを聞いて悔しそうに歯を食いしばる。
「もしそうなら……どうして……どうして……私たちに相談してくれなかったんでしょうか。いえ、相談してくれてはいたのでしょうね……」
彼女はひとつの可能性を思い浮かべていた。彼女の募らせていたのであろう、自分の所属する組織上層部に対する不信感。それがこの謹慎期間中になんらかの理由により爆発してしまった可能性である。考えてみれば彼女自身、謹慎前にそれを新谷に漏らしていたところはある。だがわずかその1回のチャンスを逃したがためにこのことが起きてしまった。願わくば、彼女がこの場にいないことが『彼女の意思』ではなく『事件』であってほしい。そう思うほどである。
「新谷。どうする?」
稲嶺の問いに新谷は視線を落としながら答えた。
「仕方ありません……このことを報告します。詳細は不明として空見さんの失踪を」
隊から脱走。そうは言い切らなかった。
彼女は信じていたのであろう。どれほど不信感を募らせていても、仲間を裏切るような人ではないということを。




