第8話 金庫とは壊すもの
「これは……まさしく研究所みたいね」
「そうだね。ここは図書室?」
空見のつぶやきを聞き逃さずも部屋の中を覗く猪原。そこにはほぼほぼ空になった本棚と、床一杯の本で埋め尽くされた部屋だった。適当な本を拾ってみるが、生物学のいわゆる論文のようなもの。彼にはいったい何が書かれているか分からない。
「こっちは物理学。あっちには医学書? 本当に研究所みたい。少なくも素人が読むようなものではないよね」
もちろん空見自身も大学に通ったことがあるわけではないため、研究者が読むような本を知っているわけではない。だが少なくとも小中学生が英語と数式で書かれているような、仮に日本語としてもルビすらない漢字と少しのひらがなで埋め尽くされた本を読むとは思えない。
「こっちにあるのは……ベッド。医務室?」
「みたいですね」
籠谷・平安が別の部屋を覗き込む。そこにはベッドが数台、そして倒れた薬品棚に割れた試験器具。学校の理科室と保健室を合わせたような雰囲気である。だがしかしそのベッドにかけられた破れたシーツ。そこに雨風に晒されたような汚れに加えて、赤黒いどこか見たことあるようなシミもあるのが気になるところ。その見慣れたものではないと思いたいところである。
「これは……金庫かな?」
そしてそこにやってきたのは図書室を見ていた空見。目ざとくベッドの下にあったその箱に気付いて引っ張り出す。
「う~ん。カギがかかってるみたい?」
「空見。それでなんとか開けられない? この隙間に差し込んで、テコでグイっと」
と、後をついてきた猪原が空見の腰に差したものを指さす。
「やめて。私の愛する村正を折るような真似をしないで」
「でもカギがどこにあるか分からないし。かといって壊すにしては頑丈そうだし」
そして悩むメンバー。そこでふと背後から声がかけられる。
「開けるのでどいてください」
可愛らしい女の子の声。これは平安の声である。振り返る猪原。そこでは、
「平安。まさかカギでも見つけ……た⁉」
「せぇ~の」
「「「ちょっと⁉」」」
平安、大剣を担いで攻撃態勢。咄嗟に両サイドに別れる面々。そしてその間に振り下ろされる大剣。その様子たるや、傍から見ればモーゼが海を割った瞬間を思い出す人が多いのではないかと考えられるほどの光景である。
「開きました」
「と、言うか壊したというか」
床板ごと破壊された金庫。中にあったもの次第ではその中のものもただでは済まないだろう。だが、
「何もなさそうですね」
床に刺さった大剣を引き抜きながらその「金庫だったもの」に目をやる平安。猪原が恐る恐る残骸を分けてみるも何も入っていなかったようである。
「金庫に入れるくらいだから機密文書とかありそうだけど……」
「廃棄したんじゃない?」
「空見さんの指摘が納得のいくところですね。この建物を棄却したというくとであれば、重要情報は処分もしくは移動しているのが考えられるところです。もしそれすらする暇がなかったとすれば、まだこの建物のどこかにある可能性もありますが」
もっとも医務室なのか研究室なのかよくわからない場所の金庫に重要文書を保存しておくと考え難い一面もある。もし平安の指摘する可能性について後者であるならば、カギの掛けられる部屋などにまとめて保存しておくのが一般的であろう。
「あのさぁ、平安」
「はい?」
「涼しい顔で言ってるけど危なかったぞ」
そしてベッドの影からゆっくり顔を見せる籠谷。
「さっきの一撃で金庫の破片が飛び散って……」
「それは……すみません」
「マジでやめろって。破片が顔をかすめてこっちに飛んだ時は死ぬかと……」
と、籠谷は破片の飛んだ自分の背後に目をやる。そこには金庫の破片とベッド横のサイドテーブル……の下に紙きれ。
「なんだろ。これ」
その紙を手に取る籠谷と、それを覗き込む面々。そこには彼ら彼女らの見慣れた文字、そしてよく知っている存在が書かれていた。
「し、『新生物研究結果報告書』だって⁉」




