第10話 守る義理
猪原の客を囮にするという作戦は功を奏した。タコが客を捉え捕食している合間に、回り込む空見が中枢の破壊を実行。それを援護するべく稲嶺が次々と足の切断。さらに猪原が空見・稲嶺を援護するべく、2人への攻撃をほぼ1人で受け止め続けた。今まで戦ったことのないタイプだっただけに空見の中枢破壊にどの程度の時間がかかるかは不明だったが、意外にも5分程度で彼女がラッキーにも破壊成功。タコは力なく崩れ落ちた。
その光景にカメラを構えてはしゃぐものはいない。なぜならそれを行っていた一団の内、2人は既にタコの中。1人は上半身がタコの中、下半身は砂浜に放り出されている。残るメンバーはあまりの惨状に気を失っていたり、恋人なのであろう女は今なお泣き続けていたり。
「これでよかったのかな?」
良心の呵責を感じる空見は、自称・村正を鞘に戻しながら隣の猪原に目をやる。
「構わんだろうよ。生死の一線を漂う戦場なのに、プロの指示に従わずにワイワイやってるやつらまで守っていたらこっちの命がいくつあっても足りん」
客を囮にした上に死者3名を出す結末。それでも彼の発言には一定の正当性はあるように思えるが、話の経緯をほとんど理解している新谷にしてみてみれば、論理性よりも感情論が先行しているように思える。海から逃げ遅れた家族を救出し、砂浜から逃げなかった彼らを見殺しにしたのは、果たして100%今の彼の主張に裏付けされた行動なのだろうか。
『……みなさん。ひとまず本部には新生物討伐の報告を行いました。先行のヘリが来ていることから見ても、後始末の死体回収部隊もそのうち来るでしょう』
「これからどうするのかな? もうこれから海水浴は無理じゃない?」
久しぶりの任務となる稲嶺はこれからどうすればいいのか分からず、無線を通じてオペレーターの新谷へと連絡を取る。
『そうですね。確かにこれから一般開放を継続するのは難しいでしょう。回収部隊の到着を待って撤収しましょう。ひとまず新生物は絶命しているはずですが、生態の面でハッキリしていないことも非常に多いです。急に動き出しても困るでしょう』
「は~い」
稲嶺が返事して通信が切れると、新谷もひと段落ついたようで、海の家の屋根から飛び降りる。女子が飛び降りるような高さの場所ではないはずだが、難なく着地してしまうあたり、やはり彼女も普通の人間ではないである。
彼女は足場の取られやすい砂浜であるが、慣れたように駆けて来る。そして駐車場にある車へ向かおうとしていた猪原と合流すると、彼の顔を見上げるように問いかける。
「猪原さん。冷静ですか?」
「冷静じゃないように見える?」
「見えます」
「そっか。戦闘の後だしな」
「そうですか」
新谷は猪原の答えを流してしまうが、やはり彼の言動を普通の彼と違うものを感じたのだろう。だからこそ他人に聞かれないように無線を通じない、直接の会話を行ったが、その疑念は結局拭えなかったようである。
そんな彼女の心配も他所に、猪原は知り合ったばかりの友人の顔を思い出す。
「仁科さんは逃げ切れたかな……」
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「まさかあんなことになるとはな」
「まったくですねぇ~」
同じ大学の仲間3人と海に来ていた仁科。運転席と助手席で新生物の出現について感想を言い合う同僚。彼らの会話に加わることなく、仁科は猪原らと共にいた砂浜の方に目線を向ける。もはや森林に阻まれてその姿を見ることはできないどころか、海すらも見えないくらいだ。それでも確かに彼らと一緒にいたことを実感しつつ、仁科は自分のカバンをしっかり抱いて掴む。このカバンを――いや、カバンを捨ててでも中身は手放さない、と。




