第8話 使命
いくら足が着くほどとはいえ水の中は動きにくいものである。少し引いて砂浜まで誘引してそこで戦闘を再開。しかしいくら水の中よりは動きやすいと言っても、足の取られやすい砂浜である。
「あぁ、もぅ」
敵に飛びかかろうとしたのであろう空見であるが、足が取られて飛距離が伸びず。彼女の払った刃はわずかに敵に届かない。
「こういう時は飛び道具が便利なんだけど、線じゃなくて点で捉える武器は威力がね……」
彼女と共に久しぶりの前線を張る稲嶺。こちらも白兵戦に苦慮しながら、腰に差した拳銃に手を触れて、しっかりそこにあることを確認する。
「空見。こいつの中枢は切れそうか?」
猪原は彼女の近くに立ちながら問う。
「そうねぇ。普段の相手なら死角の背中にでも乗っちゃえばやりたい放題。時間さえかければなんだけど、足が8本あるのが面倒よね」
「なんとか足を切れないか? いくら新生物の回復速度が尋常じゃないって言っても、根元からばっさりやればそう簡単には回復しまい」
「簡単に言うわね。8本の足をかいくぐって、太い根元に有効斬撃与えて、そのまま他7本にやられる前に安全地帯まで離脱ってどんだけ難しいか分かってる? しかもこの足場で」
「分かってるつもり。まぁ、空見ならもしくはって思っただけ」
「まぁ、やるだけはやってみるけど」
頼られれば悪い気はしない彼女である。
「新谷。客の避難は済んだか?」
ついでに敵から視線を外せない猪原は、無線を通じて新谷に現状の報告を求める。守る対象が多い場合は戦いにくいものである。
『その……まだです。と言いますか……』
どうも歯切れの悪い対応。
『8、9割逃げたのですが、少しだけ残ってます。この戦闘を撮影しているようで』
「チッ。平和ボケした馬鹿どもが」
一瞬だけ振り向いて見れば、砂浜から階段を上り、駐車場から携帯端末で動画撮影中の客はまだいい方。先ほど出合った鬱陶しい若者の男女と思わしき集団は、未だ砂浜で悠々撮影中。さながらスポーツ観戦をしているかのような余裕である。
「ほらほらしっかり~」
「いいところ見せてくれよ~」
さらに野次を飛ばしてくる余裕っぷりである。
だがその野次に触発されたのは猪原達ではなく敵であった。その8本の足で飛び上がるようにして彼らの近くまで向かう。
「させないっ」
そこへ飛び出す稲嶺。振り払われた触手に対して軍刀で対抗。しかし重量のある一撃に彼の細い軍刀は中心部分から折られ、彼自身も弾き飛ばされる。
「っくぅ、やっぱり猪原くんの鉄棒みたいにはいかないね」
彼はすぐに刀身の砕けた軍刀を捨てて予備の軍刀を腰から抜く。やはり斬ることにかけては空見・稲嶺らの刀が優位だが、叩くことや受けることについては猪原の鉄棒が優位。相手の中枢を切る必要がある分では刀の方が重要性は高いとはいえ、重量のある敵攻撃を受けきれる防御力も侮れないものである。
「あっぶねぇ。しっかりしろよ」
「あいつら……」
稲嶺は危険を承知で彼らを守った。運良くケガはしなかったが、その重量攻撃を刀が受けきれずに、彼自身が体で受けきっている。平和ボケしたくだらないノリのために、最前線で命を張る仲間が危険に晒されるのは耐えきれない。
そんな中で猪原はどうしてもそれを耐えようと自らの使命を頭の中で復唱する。
『(落ち着け。自分の使命は新生物を倒すこと。新生物を倒すことなんだ。だから……)』
と、猪原が気付いた。
『(使命は……新生物を倒すこと?)』
その瞬間、彼の理性を支えていたものは完全に崩れ去った。




