第7話 ピンクというより赤
空襲警報にも似たサイレンが響き渡り、砂浜にいた客たちが一斉に避難を開始する。だがあまりにも場所が悪かった。砂浜はただでさえ足が取られやすいことに加え、出入り口に大勢の人間が殺到するのだからそれだけ人が詰まる。それだけではない。問題なのが今現在、海にいる客たちである。彼らは場合によっては新生物の接近から逃げられない可能性もある。
「新谷。ライフルの射程は?」
『命中率を考えなければ2キロ程度は届きます。ただ本当に命中率は考えなければですが』
猪原の問いに答える新谷。その言葉は本当に悩ましい。新谷自身、元から銃の腕は上手い方ではない。あくまでも彼女の立ち位置は後方支援であり、戦場にでることがあるとすれば、遠距離狙撃でもって敵の注意を引くくらいなのだ。その遠距離狙撃というのもせいぜい500から長くても1000メートル。今の敵の位置は彼女には遠すぎる。
『こちら空見。どうすればいい?』
『私が可能な限り敵に向かって発砲、誘引します。みなさんは沿岸で待ち構えてください』
猪原が振り返ると、いつの間にやらいつもの銃を背中に担いだ彼女は海の家の屋根へよじ登っていた。高所というほど高くはないが、視界が確保しやすいあの位置から攻撃を行うつもりなのだろう。
「仁科さん。あなたも」
「は、はい。御武運をお祈りいたします」
「はい。そちらもどうかご無事で」
ちょっとだけ仲良くなった人にもここで別れを告げる。願わくば、次にまた会う機会があると信じて。
少しだけ感慨深く思っていると、すぐに新谷からの通信。
『速い。会敵まで推測残り1分』
その言葉に合わせて海の家の屋上から銃声が響く。
誘因目的の攻撃が始まった。間違っても客に当てないようにするためか、ほとんどの攻撃は敵の上側に抜けていく。
『猪原、稲嶺。少し聞いてもいい?』
「なんだこんな時に」『はい?』
「こちらは美少女2人。相手はうねうね動く触手持ちのタコ……どう思う?」
『はぁ……』
無線を通じて稲嶺のため息が聞こえる。猪原もややため息を吐きつつ、
「捕まったら大変だな。もれなくモグモグされるぞ。ピンク色な展開じゃなくて赤黒い展開だな」
『エロい発想じゃなくてよろしい。逆にモグモグしてやろうよ。今夜はタコ焼きパーティで』
『食べきれるかな?』「よっしゃ」
『みなさん、余裕ありますね』
猪原・空見らはともかくとして、稲嶺は久しぶりの戦場のはずなのに余裕ありげである。だがその余裕もすぐになくなる。
『みなさん。突入開始してください。最悪の事態です』
「「「了解」」」
タコが客に追いついたのである。その長い手を伸ばし、海からなんとか砂浜にたどり着いたばかりの成人男性を捕まえる。その人の子供と妻なのであろう人は悲鳴を上げているが、男性は「早く逃げろ」と堂々とした態度。だがそのタコが自らの口に自分を運ぼうとしているのに気づいて、その家族への注意は恐怖心へと変わる。
「いいねぇ。家族を守るは男の甲斐性。さすればそんな男を守るのが女の甲斐性なのよね」
空見は大きく飛び跳ねると、男性を掴む手を一刀両断。ほとんど先の方だが、それでも解放するには十分だ。
空見は水しぶきを上げながら波打ち際へと着水。その近くに落ちた男性は、彼女らにわき目もふらず家族の元へ。
すぐに子供を抱きかかえた男性とその妻は、助けてくれた空見に小さく一礼。子供も手を振ろうとした直後。
「あっ」
「危ない」
「お姉ちゃんっ」
3人家族の声。というのも獲物を奪われた怒りからか、敵が空見を押しつぶそうと触手を振り下ろしていたのである。それでも空見は余裕の表情。
「大丈夫。ウチにはそんな女を守る、甲斐性のある男がいるから」
そこへ介入したのは猪原。いつもの鉄の棒でその攻撃を防ぐ。
「ほんと、防御だけは一人前ね」
「守ってやるから早く仕留めてくれ」
「は~い。でも? 今回は私だけじゃないからちょっとだけ安心を」
そこへ軍刀を手に突入してきたのは稲嶺。今回は白兵戦担当が2人。いつもよりは気が楽ではある。
「お待たせしました。軽いリハビリがてら、いい相手かも?」
「私と張り合える人がいなくて暇だったんだよね。稲嶺、どっちが敵を仕留めるか勝負」
「どっちでもいいから早く終わらせてくれ」
『ほんと、陽気な人たちです……』




