第6話 新世代の苦悩
「ト、トイレに行きたくなってきた」
「たくさん飲んでましたからね」
仁科は猪原が手にしているペットボトルに視線を落とす。それ自体はまだ半分しか飲んでいないのだが、既に飲み終わっているものはゴミ箱に捨てている。ゆえにもう既にそこそこの量を飲んでいるのである。
というわけで人の山をかき分けてトイレへ。別にそこまで切羽詰まっているわけではないが、いつ何が起こるか分からない現場であるだけに、行ける時に行っておくのが常套手段なのである。
「いやぁ、空いててよかった」
「本当です」
そんな急ぐわけではないが済ませておきたい用を終わらせた後のことである。
近くの建物から声が聞こえてくる。別に行楽地であるのだから騒がしいのは当然であるが、建物の影と言うのが気になる。猪原は仁科に一言伝えてからその場所へ。ふと建物の影を覗き込むと、そこには女子2名を連れた男子4名、計6名に詰め寄られている女子の姿。というかその女子は見知った顔。
「新谷?」
「お知り合いですか?」
「まぁ……」
猪原は少しだけ話を聞いてみるが、内容から察するにいわゆるナンパの類であると推測される。猪原自身も別に人の恋路を邪魔する気などなく、なんなら彼女自身も任務中であることから誘いに乗るとは思っていない。だが、
「お前、下手にでてりゃ生意気に」
男が手を上げるとなると話は別である。詰め寄っていた男の1人が彼女を突き飛ばした結果、彼女は壁に叩きつけられる。
「新谷っ」
彼の声を聞いてそちらを向く6人。彼を見た瞬間、彼氏持ちかという考えもよぎったが、猪原が背負う鉄の棒を見て気付く。こうした場においてそんなものを持つ者などだいたい限られているのである。
「なんだ。新世代かよ」
「よかった、そんなヤツだと分かって。こいつ戦災孤児か」
その一言に周りの男女は笑い声をあげ、新谷をほったらかしにしたままでその場から去っていく。
「おいおい、放っておいていいのかよ」
「平気、平気。俺たち納税者だぜ。なんのためにあいつらに金出してやってんだよ」
「そうそう。それに、守るべき俺たちに手を出すことなんてしねぇよ」
「いいこと言う。かっこいい」
女も男たちをもてはやし、さも新谷を突き飛ばしたのが武勇伝かと言いたげに盛り上がり消えていく。
「い、いいんですか。言いたいこと言わせて」
「……いいんだよ」
そっけなく言い放つ猪原だが、今までの丁寧言葉を無くしたその返事には悔しさと怒りが満ちている。新世代はそのほぼすべてが新生物との戦いで親を亡くした戦災孤児である。それゆえに環境に恵まれておらず、教育も受けさせられず、無学や貧困に喘いでいた。そんな中で彼ら彼女らの受け皿と共に、新生物の対抗策として国が作ったのが新世代である。
それはつまり、新世代の者たちは孤児であるということ。ひいては貧困や無学の代名詞とされ馬鹿にされる立場ともなっている。もちろん自衛隊・警察と並ぶ治安維持の要ともして崇拝・信頼する者もいるが、そうでないものも少なくはないのである。
「新谷。大丈夫か」
「はい……これくらいは」
「ちょっと腕切ってるな」
猪原は彼女を起こす際、彼女の肘から出血していることに気付く。
「大丈夫ですか? これをお使いください」
仁科はカバンの中からビニール袋に入ったタオルを出すと、彼女の腕に押し付ける。
「ありがとうございます。でもこれくらいならすぐ治ります」
彼女は小さく笑みを浮かべる。
「仁科さん。僕ら、新世代は傷の治りが早いんです。もちろん大きな出血を伴う場合は本格的な入院となりますけど、それでも一般の方よりもすぐ退院できます」
「多分もう……」
タオルを避けてみると、まだ少しだけ湿気てはいるが、だいぶ血が固まり始めている様子。
「ありがとうございます。タオル、洗って返します」
「いやいや。このくらい。いつも守ってもらっているお礼だと思ってください。些細ですけどね」
洗って返すと申し出る新谷に対して、仁科はタオルを自らのカバンの中にしまってしまう。
「ほんと、仁科さんみたいな人がいてくれて助かります。僕ら敵が多くて」
「ははは、笑えませんね」
先ほどのいざこざを遠目とはいえ見ていた仁科は半笑い。
と、その時である。
『緊急うぅぅぅぅぅぅ』
大きな声が建物の影に響く。
「な、な、なんですか。次は」
「空見だな。この声は。耳元で叫ぶなよもう」
イヤホンから漏れた音が第三者の仁科に聞こえたのだから、イヤホンをした猪原・新谷からすれば、それはもうよほど大きな音である。おびえる仁科に対し猪原は一旦驚きながらも、通信用のマイクの電源を入れる。だがその通信にいち早く答えるのはオペレーター・新谷。
「こちら中央管制・新谷。何かございましたか?」
『新生物の接近を視認。場所は未だ海上も、会敵まで時間はないと見る』
「マジかよ」
空見からの報告は新谷に任せて建物の影から飛び出した猪原は海上へと目をやる。
「空見さん。敵はどんな相手ですか」
『えっと……あれは……』
空見は目を細めて敵の確認。それとタイミングを同じくして猪原も敵を捉える。そして気付く。
『タコ?』「タコ?」




