第5話 争いの海
首から下げた所員証を見るに研究者なのは間違いない。だが次々と質問してくる態度はさながら新聞記者である。似た雰囲気を感じるのはどちらもその行動の根拠が知的好奇心であるからだろうか。それでも答えたくない質問にはしっかり一線を引いてくるあたりに好感が持てるからだろうか。少しずつ壁がなくなっていく。
「そういえば」
今までずっと研究者の男から質問に答えていた猪原だが、ふと思い出したように自分から話を振る。
「まだ名前聞いてなかった」
「言われてみれば自己紹介がまだでしたね。私は日本原子力工学大学の研究者で、ヨハネス仁科と申します」
「日本人?」
「父が日本人、母がドイツ人です。私自身は日本生まれの日本育ちですね」
先ほどからさりげなく見えていた所員証を見せながら彼は言う。
「ところであなたのお名前も聞かせていただいても?」
「あっ、自分の自己紹介もまだだった」
「そうですね。お互いの名前も知らず、これだけ盛り上がれるのも面白いものです」
彼は微笑みながら答える。
「自分は新世代関東管区第9課所属、猪原聡也です」
「猪原さんですね。改めて思いますが本当にお若い。おいくつですか?」
「今年でたしか18ですかね。ですが若さで言えばあなたもでは?」
「自分は今年で25です」
7歳差は子供にとっては大きいものだが、このくらいの年となると大きく違うように思えない。もちろん誤差というほどでもないが、年が大きく離れているというほどでもないだろう。
「18で立派に国民を守るため戦っているとは頭が下がります」
「いや、25で戦いを終わらせるため日々研究を行っているあなたこそ」
立場は違う。仕事も違う。だがアプローチの仕方が違うだけで、お互いに目指すべき場所は同じ。同じ若い世代であるがゆえにその点についても話が弾む。
「でも実際、あいつらはどこから来るんでしょうか。沿岸での遭遇率が高いことで海からという説が濃厚ですけど……それにいったいどうして急に」
名前を聞いて以降は質問の主導権が猪原に移り、彼が研究者の仁科に問う。
「それは私にも。もっとも中央の方はもっと真相に近づいているのかもしれません。あくまで私は、若手の一研究者でしかありませんから」
「やっぱり真実を突き止めるのは難しいので?」
「えぇ。もっと大規模に海洋調査ができればいいのですが……」
仁科は難しそうな表情で海を眺める。そうすると猪原もそれができない理由を察する。研究自体は仁科の領分だが、それができない理由は猪原の専門分野となる。
現行の調査では新生物の発生源は海であると推定されている。それだけに大規模な海洋調査にはリスクを伴う。もちろん護衛を付けることもできるのだが、やはり陸戦と海戦では大きく異なる。新世代の面々はほぼほぼ陸戦経験しかないため、かなり護衛も難しいのである。今回の任務はあくまでも沿岸警備と言う陸戦だからなんとかなるが、本当に船舶上での海戦となると勝手がまた変わってくるのだ。
お互いに一般人が海水浴を楽しむ海を眺めながら、悩ましく見つめる。
「海戦には陸戦と違うメリットもあるんだけど……」
「と、言いますと?」
「陸戦だと、近辺に与える被害が大きいという理由で自衛隊の主要装備が使えません。もっとも背に腹は代えられない状況もあるため、周りの被害覚悟で使うこともありますが。ですが海は基本的に被害を与えるものがないからこそ自衛隊装備が運用できる……はず」
「私には軍事の事は分かりかねますが、現実問題として海を制することはできていません。つまりそれにも問題があるということでは?」
猪原の見立ては正しい。しかし仁科の指摘も最もである。それが最善手であるのなら、今ごろ人類はこのように苦労していないだろう。
「自分も海のことは詳しくなくてね」
ただそのあたりの詳しいことは、あくまでも正規軍人ではない猪原、一研究者に過ぎない仁科には分からない領域である。
「なんにせよ、新生物は海から来ている説が有力です。だからこそ海に出られればきっと……」
「協力はしますよ。正規のルートで頼まれればですけど」
猪原は適当に返事をしつつ、手にしていたペットボトル入りのスポーツ飲料を一気に飲み干した。




