第9話 最大の敵は恐怖心
「チッ。仕方ない。まず向こうを助けよう」
おそらく空見は大丈夫であろうとの予想の元、籠谷と平安は猪原の方へと救援に向かう。接近中の新たな敵に対して警戒心が足りないと言えばそうなのだが、目先の相手をなんとかしない限りは新たな敵に対してもどうしようもない。
「猪原、引くんだっ」
籠谷の声に猪原はその場から飛ぶように引く。するとその場所に大剣が振り下ろされ、鳥の頭を叩き潰す。その重量ゆえに平安の小さな体は振り回され、2発目、3発目はすぐに繰り出せる状態じゃない。しかしその強烈な一撃は明らかに通常の刀の何倍もの破壊力を持っているのではなかろうか。
「ひぃぃ、すげぇ音」
その一撃は頭蓋骨を砕くほどだった模様。頭は陥没しており、その形が変わっているほどだ。しかし多少、動きが変わっているのみでまだ活動可能なあたり、新生物はやはり今までの生き物とは違うと感じさせる。
「やっぱり中枢を切らないとダメか。2人とも、頼んだ」
「あぁ、任せるぞ。籠谷」
「お任せを」
ライオンを空見に任せ、新谷は装填に集中させ、新たな敵の到着の合間に今の敵を仕留めにかかる。
「ここかっ」
空見のように背中に飛び乗った籠谷。手に持った刀を敵の背に突き刺し、中枢だと思われる脊髄の切断を試みる。しかしある程度の共通点があるとはいえ、中枢の場所は種類によって異なるとされている。つまりだいたいの目星こそつくものの、確信はなく手当たり次第切りに行かなくてはならない。
「まだか?」
「いまやってる」
何度も何度も胴体を突き刺すがなかなか中枢が見つからない。新たな敵の接近に危機感を覚える猪原が籠谷に問うも、快い回答は得られない。
「くっ、仕方ない。籠谷。自分は新目標を叩きに行く」
「OK。自分もこいつをやったら行く」
「猪原さん。私も同行します……最後にっ」
平安は鳥を相手に最後の一撃。肩に背負った大剣を、体全体を使って振り下ろす。その狙った先は今までの頭ではなく翼。翼は鳥の生命線であるため決して脆弱なわけではないのだが、いかんせん彼女の武器は大剣である。その重量を用いた一撃に、翼が見てからに異常な方向へとひん曲がる。
「さすがにこれだけやれば飛べないはず。では私も行ってきます」
「平安怖ぇ」
連撃もできないことに加え、攻撃の前後に大きな隙ができる大剣使い。1対1となれば隙を突かれて死に繋がりかねない武器であるが、多対1となるとそこを他のメンバーでカバーできるだけに威力は絶大である。
「で、新たな敵は?」
「イ、イモリみたいです」
装填を済ませた新谷が答えるが、
「ヤモリじゃない?」
「トカゲかと」
猪原、平安共に異なる答え。生き物相手に戦っている3人であるが、生き物の知識は貧弱なのである。ちなみに正解はヤモリである。猪原、大正解。ただし相変わらずデカい。こうしてみるとつくづくヤモリというより恐竜である。
「やだなぁ。ほんと」
敵の頭の位置は猪原の頭の位置より高い。パッと見3メートル~4メートルといったところか。何回経験してもこの上から見下ろされる、もとい自分から見上げる視線となるこの大きさには威圧感を覚える。ただ猪原ですらそうなのだから、新谷の覚える威圧感は何倍にもなるのだろう。あからさまに彼女の呼吸が荒く早くなっていく。
「大丈夫か?」
猪原は新谷の横に並んで問う。彼女は頷いてこそいるもののその手は震えている。ライフルを支える筋力がないわけではない。やはり敵を前にすると恐怖心が蘇ってしまうのだろう。その感情を知ってか知らずか彼は口を開く。
「新谷は牽制に集中してほしい。近接戦は僕と平安が引き受ける」
「できる限り引き受けます」
さすがにずっと肩に担ぐのは疲れたのか、平安が剣を降ろしながら合いの手。
その近接型の2人の言葉に安堵したのか。大きく深呼吸をした新谷は少しだけ落ち着きを取り戻す。それでもなお死への恐怖心は残るのだが、気が軽くなったのは言うまでもない。
「分かりました。牽制に集中します。直接の戦闘は……お任せします」
「お任せあれ」
「はい。お任せを」
彼女の一言に2人は敵に向かい駆けだす。武器の重さの関係上、切り込み隊長となるのは猪原。その後ろから平安が続く形となる。鳥とライオン、巨大な2匹の敵を倒すため奮闘している2人の日本刀使いの働きに報いるため、そして自らのために目の前の敵を3人で協力して切り倒さんとする。