第4話(サイドB)
陛下視点です。
そうして今夜、マレリーニャ嬢を前にナファフィステアはどう反応するかと注意深く様子をうかがっていた。宰相や他の者達もさりげなくだが彼女を見ていた。
だが、彼女は別段変った様子は見せなかった。直前に紹介された今回の功労者達と同じ対応だったのだ。
マレリーニャ嬢の言葉から、彼女は何も感じなかったのだろうか。マレリーニャ嬢は年若かったが、それなりに色気を含んだ表情をして見せた。
近くにいた功労者の騎士数名にも会話が聞こえたのだろう。彼等の表情から、マレリーニャ嬢の表情と言葉を正確に把握したようだった。
しかし、ナファフィステアは他の誰かを紹介された時と少しも変わらず、すました笑顔を浮かべマレリーニャ嬢とホルザーロス卿へ礼儀正しく挨拶を返した。
マレリーニャ嬢よりも、むしろホルザーロス卿へ反応を示した。ホルザーロス卿と向き合った時、彼女がほんの僅かだが後ろへと下がったのだ。
少女好きの男である。その何かが彼女を怯えさせたのかもしれなかった。この男の視線にナファフィステアを晒すべきではないと判断し、早々に彼女を退出させた。
素直に従う彼女の後ろ姿が、気を落としたようではあった。
少しは不満を口にすればよいものを。彼女は新しく妃が入ることを当然のように思っているようだ。
歴代の王は、多い時で十人を越える妃を持つ。それでも子供は二人三人でしかなく、妃の人数が多いことが王族の血脈を増やすのにどれ程役に立っているのかは不明だ。どの国も王族を残すことに苦慮しているのが現状である。
ナファフィステアはこの国にきてから、この国の歴史を学び驚いていたという。彼女の国では、妃の数が多ければ多いほど血族が産まれ増えすぎて大変なことになるらしい。かなり違った種族のようだ。
そういう歴史を学んだせいなのか、女性に手を出すのが仕事っていうのも大変だよね、というわかったような口ぶりの発言に腹が立ったことがある。
彼女の部屋で夜を過ごしていることを、仕事だとでも思っているのか。
彼女は能天気な性格であるせいか少々繊細さに欠けており無神経な発言をすることがある。我ながらこの女のどこがいいのかと時々思うほどだ。だが、絶対に手放すつもりはないのだから、よほど気に入ってはいるのだろう。
能天気で平和そうに見えるのだが、その彼女について女官が語った言葉が頭から離れない。
彼女についている女官は幾人もおり、欲の少ない方だと多くの者が言う。ただ一人、彼女のすぐそばについている侍女だけは別の言い方をした。
ナファフィステア妃は執着する物がないようだ、と。
美味しいものを差し出せば喜んで食べるけれど、わざわざあれを食べたいとは言わない。
美しい髪飾りを身に付け喜んではいても、それを女官が出して見せなければあることすら知らない。自分の物だと思っていないのではないか。ここを自分の部屋だと思っていないのではないか。
ナファフィステアが自分の物だと認識しているのは、以前陛下に貰った宝飾品とドレスだけのようだ、とその侍女は語った。
その宝飾品は隠してはあるが、いつでも持ち出せるようにしてあるのだという。
いつでも持ち出せる、それは、いつでも出ていけるようにということだ。
もしやナファフィステアはここから逃げるつもりではないのか。閉じ込められていると思っているのではないのか。
その考えは、己の中に沈んだままだ。
彼女が時折望むのは、街へ出たいということ。だが危険だからと許可したことは殆どない。他には何も欲しがらない。
彼女に、欲しいものはないかと問うたことがある。それをどう捕えたのかはわからないが、彼女は答えた。腕の上に抱きあげて欲しいと。
仕方なく抱きあげれば喜んでいた。だが、不満だった。欲しいものを望むものを与えることができないとでも思っているのか。
与えれば受け取る。だが、それは彼女にとって適切に分類された。宝飾品などの小さく高価なものは隠している袋へ追加され、ドレスはクローゼットに収納され、彼女の好きな珍しいお菓子は食され消える。
彼女は宝飾品を持ち運び簡単な財産だと思っている。だから、彼女がここから逃げる時には隠している宝飾品の袋を持って出るのだろう。逃がすつもりはない。
彼女のそばに付けている妃警護騎士達は、彼女を守ると同時に彼女を逃さないためでもあるのだから。
常につきまとう彼女が逃げるのではないかという疑念。
能天気に笑う彼女の顔を見れば、その疑念は小さくなる。だが、決して消えることはない。
何故、彼女はここを自分の場所だと思わないのだろう。直接接した期間はまだ短いが、彼女はこの王宮で二年以上もの年月を過ごしている。この国の言葉も覚え、毎日楽しそうに過ごしている。
妃業の働きに見合う金を受け取り、それを貯めて将来歳をとった時に使うという長期的計画を口にしてもいた。
尋ねれば、不満はないという。
それなのに何が足りないのだろう。
ここ以外に行きたい場所があるとでもいうのか。
不安を消すように、夜はナファフィステアの部屋を訪れる。彼女が本気で抗うことはない。安寧を求めるがゆえに、何度でも呼ばせ求めさせることがある。
そんな翌日はいつも不貞腐れる。小さな彼女がふくれっ面でじたばたと足を踏みならす様は子猫が遊んでくれと訴えているようにしか見えないのだが、彼女にその自覚はないらしい。
困ったことに、そういう風に素直に感情をぶつけてくる彼女が特に気に入っており、行為はエスカレートし過ぎることが多い。
彼女が壊れないよう気をつけてはいるのだが、女官達からの苦情は後を絶たない。
そうして今夜も彼女の部屋へ足を運ぶのだった。




