第5話(陛下は趣味が悪い)
祝賀会から戻り、寝室で侍女リリアに手伝ってもらいながらドレスを脱いだ。
ぼんやりしていた私を心配したのか、侍女リリアが声をかけてきた。
「お疲れのご様子ですね。眠りやすくなる飲み物をお持ちいたしましょうか?」
ふと顔をあげると、リリアは顔を曇らせていた。
私は首をふったものの、思いなおして寝つきやすいものを頼んだ。何度も思い返して不快になるより、すっぱり眠った方がいい。
温かい茶をすすりながらぼうっとしている間に、扉の閉まる音がしてそちらを見た。少し前に出ていったリリアが用事でもあって戻ったのかと思ってたけど。
そこにいたのは陛下だった。
祝賀会をこんなに早く抜けたら駄目じゃない。でも、陛下がいない方が楽しめるのかもしれない。皆、羽目を外せないだろうから。
近付いてきた陛下から香るほのかな花の匂い。何かが頭に閃いた。
が、陛下に押し倒されてしまう。
「待って、待って。今、ちょっと」
「なんだ?」
「今、ちょっと考え事をしてるとこなのよっ。今ちょうど思いついたとこで」
「後にせよ」
「後って、寝たら忘れちゃうじゃないっ」
「忘れるくらいならたいしたことではない」
えーっ。
さっき閃いたのにっ、邪魔しないで! 元彼のくせに。いや、元彼、じゃなくて、えっと。
いやいや、それどころじゃない。
必死でさっきの記憶を呼び戻そうとするけど戻ってこない。
せっかく何かピンときたのに。
陛下は上の空の私をその気にさせようとせっせと働きかけてくる。くっそう、さすが元彼、慣れてて手際が良すぎる。
だから、そうじゃなくてね。
じたばたと抵抗したけど、結局、陛下に負け、私は何も考えられなくなってしまったのだった。
翌朝、何というか、頭がすっきりクリアだった。
陛下のせいで身体は非常にだるい。
抵抗しようとしたのがまずかったのだと思う。私が抵抗している様子は、侍女リリアが見ても抵抗に見えないんだそう。
子供が、構って構ってと拗ねてるようにしか見えないんだって。どんなのよ、それ。
全ては非力さと私の体格の小ささに原因があるようだけど、とっさにはそういう反応をしてしまう。つい。
抵抗せず無反応な方が、絶対陛下には効果的とは思っても、後の祭りだった。
そんなこんなで抵抗した時は陛下がしつこくなるので、翌日は重い身体で過ごすことになってしまう。
何度も繰り返しているのに、我ながら懲りないのだった。
その身体がだるいのはしようがないとしても、頭はすっきり快調、絶好調。
なぜかというと、昨晩以上のことを思いついたから。
しかし、断じて昨晩のしつこかった陛下のおかげとか思いたくない。
絶対違う! ……はずよ。
さて、今朝思いついたことは。
マレリーニャ嬢が王女だというカルダン・ガウ国のこと。その国は、私を勝手に陛下の元へ貢物として差し出した国だった。
そんなことをうっかり忘れるなよなんて突っ込みは無視。
この世界にやってきた私を拾ったのはカルダン・ガウ国の人達だった。この国の王宮へ向かう道中で私を見つけたと思われる。
私はこの世界で気付いたら彼等に世話をされ馬車で旅をしていたのだ。食事や綺麗な服は与えられたけど、彼等は私の言葉や訴えにはまるで耳をかさなかったし、逃げられないように武器をもった兵士が私を見張っていた。馬車の扉は外からカギがかけられて。
彼等と一緒にいたのは、王宮までの二週間ほど。それに二年も前のことだから、あまり覚えてはいないけど、私の世話をしていた女性達は独特の香りをつけていた。
陛下から匂った花の香りはその香りだったのだ。
祝賀会でそれに私が気付かなかったのは、鈍かったからだろう。あの後、陛下とマレリーニャ嬢はダンスをしてべたべたしまくったんだと思う。陛下の服に香りが残るくらいだから。
ちょっと、むっ。
でも、まあ、いい。陛下は仮想元彼だし。
でも、確かに、私を世話していた女性達の顔もマレリーニャ嬢に似た美人ばかりだったように思う。この世界に来たばかりの私には外人顔が判別つかず。たぶん、なんだけど。
ここの世界は金髪で色素薄くて整った顔立ちの人ばかり。金髪も微妙に違うらしいけど、微妙すぎてわからない。金髪眉は存在薄くてないも同然。顔のパーツの配置が崩れていれば分かりやすいのに、みんな整い過ぎ。
ほんとにどこを向いても女性は美人ばかりで嫌になる。
でも、マレリーニャ嬢より前の妃達の方が美人。って思うのは、ちょっと贔屓が交じっているのかもしれない。
カルダン・ガウ国は、この国の隣にある結構大きな国だけど、カルダン国とガウ国が最近合併したところでごちゃごちゃしている国。前にそう習った。
大きくはなったけど内部分裂の恐れもあったりするから、友好の使者として二年前に使者がこの国にやってきた。穏便に交流しましょう(内部ごちゃごちゃしてるけど戦争なんかしかけてこないでね)という意味だろう。
そこで私が、手土産として差し出されたのだ。
陛下が王位を継いだ時にこの国だけは手を出してこなかった(その頃から内部がごちゃごちゃしてそれどころではなかっただけ)ので、手を出さないと約束を交わしたらしい。もちろん、そんな簡単な理由ではないだろうけど、表向きはそういうことで合意がなされている。
一応、陛下に差し出される時、私には異国の姫君という取ってつけたような肩書きがつけられている。さすがに落ちてたただの人を陛下には差し出せないからだろう。
この肩書きのおかげで、国内の貴族達は変な生き物だと奇異な目で見はしても、完全に見下すことができない。
しかし、王女であるというマレリーニャ嬢は、私の肩書きが嘘っぱちであるということを知っているのだろう。だから、私を綺麗に無視してたんだろうな。
それにしても、陛下は女の趣味がほんとに悪いと思う。
私がこの国に差し出されたときにいた七人の妃達も、とっても性格がきつい女性ばかりだった。
嫌みは言う、見下す視線の流し方も鏡を見て確認していそうな女性ばかりだった。一見大人しそうに見えても、それは上の立場の人の前だけで、私にはふんっていう蔑んだ目をして見せるのは当然だったし。私へ水をかぶせるとか泥の落とし穴にはめるとかして、それを見て喜ぶ女性は何人もいた。妃に限らず、お付きの侍女達とか。
妃につく侍女はそれなりの貴族女性ばかりで、そういう侍女は女官達とは立場が違う。結構、やりたい放題。妃とかその周辺は、ほんとに歪んだ女性が多かった。
見かけで判断するのは間違っているかもしれないけど、マレリーニャ嬢も優しいという表現は使われないと思う。
毎度毎度どうしてあんな性格がきつそうな女性ばかり選ぶのだろう。もっと可愛らしい女性もたくさんいるはずだけど。ああいう性格きつい美人が好みなのか。
そこに自分が入っていることを考えると、ちょっと、かなり、だいぶ複雑。
自分が彼女等に匹敵するほど性格きついと思いたくない。陛下は変ったものが好みとか。それも楽しい想像ではない。
うーん。
まあいいか。
陛下、元彼だし。我ながらしつこいっ。
さて、真剣にこれからの身の振り方を考えよう。
当面の生活は、陛下にもらった宝飾品を売ればなんとかなると思う。でも、問題はその後。
私は小さすぎて普通のところでは働かせてもらえないだろう。普通の女性のような体力も腕力もないし、特技もないから。特技どころか、日常作業がこなせるのかも怪しい。
となると、やはり使えるのはこの容姿しかない。
どこか芸人一座にでも潜り込んで、見世物になって稼ぐことにしよう。この黒毛はきっと役に立つはず。
就職できても、結婚は難しいだろうな。ホルザーロス卿みたいに子供好きな男性でもない限り。
うわっ、あの目、思い出したら気色悪っ。結婚できなくても全然OK!
将来の事を真剣に考えながら、私は朝食を待った。




