エピローグ
お気に入りの庭園に今日も涼みにやってきた。
まだまだ夏は終わらない。
虫除けのお香がほんのりと辺りに漂う。
虫達には悪いと思っているけど、余所に行ってて欲しい。私がここにいる間だけでいいから。
庭師によって綺麗に整えられたこの場所は自然の中といいながら、隅々まで手が加えられている。
やっぱり私は作られた自然が好きだなと思う。本物の自然は勘弁してほしい。
陛下に子供が出来たことを報告したら、それは喜んでくれた。それより驚いたのは、モアイだった。
黙って滂沱の涙って、怖いよ。モアイだし。
もちろん喜びの涙だったけど。一瞬、悔し涙?とか思ってしまった。
モアイ宰相は先代の王に仕えていたそうだから、とうとう陛下に子供が、と感激したらしい。
子供ができたってだけだからと私は軽く思っていたけど、モアイ宰相の発言に驚いた。乳母の選考、子供の養育準備、王太子宮を整備とか。
ご老体の身でそんなに頑張らなくてもと思いつつ、私は頭の中では疑問符が飛びまくっていた。
王太子? 王太子って……なんだったかな?
私の子供は陛下の子供でもあるわけだから、王位を継ぐ資格があるんだった。
王位? 継ぐ?
あれだけ忙しそうな陛下を見ていたら、とても後を継がせたい職業ではない。それを言うと渋い顔をされそうだから、言わないでいるけども。
子供ができたって、大変なことかも。でも、何とかなるんだろうとは思う。まだ先のことだし。
お腹にいることの実感は全然ない。体調は確かに怠かったり食欲は減ってたけど、夏だからだと思ってた。だから、本当なのか、まだ変な感じ。
そのうち症状が現れるだろうって女医さんは言っていた。症状は人それぞれらしい。
そんなだから私は普通の生活を送ればいいと思っていた。けど、そう簡単にはいかなかった。
特に陛下。そして、モアイ。
私は妃業の仕事はなくなるし、部屋はおろか寝室から出ることすら禁止されそうになった。
おいおい、病人じゃないんだけど。
注意は必要かもしれないけど、ずっと寝てる方が病気になるでしょ。世の中の女性は、妊娠しても普通に生活するよね?
と、何度言い聞かせようとしても、なっかなか納得しない。陛下は女医さんを睨みつけて何も言わせないようにするし。
そうして、私はこっそりと部屋を抜け出して散歩することにした。
陛下は昼間忙しいから、その間のんびりすればいい。陛下が部屋に帰るときに戻っていればばれないよね。なんてことは初日で崩れた。
私が部屋から出たら陛下に連絡がいくようにしていたんだろう。抜け出した直後、陛下に強制連行されてしまった。執務室奥の小部屋に。
しかし、そこは執務室のやり取りが耳に入るところだった。
国の決定とか難しい話や、外部にもれたらまずい話ですよね!って内容を話しているのが聞こえてしまう。
そこは勘弁してくれと陛下に訴えた。
国のそういう宰相や側近達しか知らないようなことを耳にするのは駄目。絶対だめ。
その時、助け舟を出してくれたのは、副宰相だった。陛下と宰相を、私が適度な散歩するのはいいことなのだと説得してくれたのである。母体が精神的に安定するための気分転換はお腹の子のためにも必要であると。
ありがとうっ、副宰相!
陛下は、一応その説得に応じたけれど。
「ナファフィステアっ!」
あっ、きたきた。
庭園入口の石の門柱から大きな姿を現した。怒鳴るように私の名前を呼んでいる。
私の精神上、散歩はとても必要なんだけど、陛下の精神にはダメージを与えているらしい。
不機嫌に顔をしかめながら視線で私を探している。
陛下が不機嫌なのは、それだけではないのだろう。まあ、夜の問題とかね。
あれから夜は別々に眠るようにしているものだから、陛下の機嫌は地を這っている。あなたにもいろいろ都合があるでしょ? そう言ってみたんだけど。
陛下はしょっちゅう寝入った私を自分の部屋に運んでしまう。私が起きた時にはすでに陛下は部屋にいない。そこまでして?と思うけど、それはそれで、とても嬉しかったりして。
「陛下」
苛々している陛下に私は声をかけた。
私をその瞳に捕えた一瞬の陛下の顔は、少し切なくなる。
すぐに不機嫌な顔に隠されてしまうけれど。
私のところへ来るやすぐさま抱き上げられる。けど、それは少しも乱暴ではなくて。私を絶対に落としたりはしない。揺れも少ないように、力を入れ過ぎないように細心の注意がはらわれているのだとようやく最近気が付いた。
「迎えに来てくれて、ありがとう」
私は陛下の耳元で囁く。
もちろん陛下は何も言わない。けど、少しだけ、ほんの少しだけ機嫌が回復する。
ゆるい風が吹いて私の髪と陛下の髪を揺らし、陛下の顔に滲んだ汗が伝い落ちていく。
庭園にゆっくりと時間が流れる。
穏やかな日常。
時々不機嫌になったり怒ったり笑ったり。
こんなふうにずっと過ぎていけばいいと思う。
ありがとう。
私と出会ってくれて。
~The End~
最後まで読んでくださってありがとうございました。




