おまけ話◆不機嫌な陛下の対処法◆
私はただいま王宮の執務室へ移動中。
最近イライラしている陛下の気を落ち着かせるため、執務室へ向かっている。
一時期、私は悪阻でぐだぐだしており自室に引きこもっていた。
陛下は本当に体調の悪い私には近寄れず、執務はものすごくはかどっていたらしい。けど、黙々と執務する陛下は、周囲に傍迷惑なピリピリした空気を盛大にまき散らしているらしく。
私の体調快復が多くの人々に待ち望まれていたのだ。
ようやく悪阻も乗り越え(私は軽いらしい)、再びお気に入りの散歩を開始しようとしたところ嘆願者が殺到したのである。
散歩に出るくらいなら陛下の機嫌をとってくれという訴えであり苦情である。事務官ユーロウスの背後にずらりと並んだ陛下そばの官吏代表達は、恐ろしいほど目をぎょろつかせていた。
恐いんですけど。妊婦を前に、ねぇ?
本当に足に縋りつかんばかりの彼等に、私は考えるより先に頷いていた。
そうして、私は執務室へお茶を運んでいるのだけれど。
訪れた執務室内には張りつめた緊張感が漂っていた。何か話し合いの途中だったかと躊躇したけど、入室を許可されてるのだから入ってもいい状況のはず。幾人かは私を見てほっとした表情をしているし。
ぐるりと様子をみてみれば、緊張感の元は、陛下だった。まあ、予想はしてたけど。
久々に陛下の顔を見た気がする。が、目が据わっている。どうしたんだろう?
「陛下、お茶をお持ちしました」
にっこり笑って陛下に声をかけた。
陛下の前にお茶を置く。
しかし、陛下は表情を変えるどころか、視線を動かさず。机上の書類を睨みつけたまま微動だにしない。
困った。
陛下の機嫌をとるというのは無理みたい。
動かない陛下に、これ以上は邪魔になるだろうと私は退出の言葉をかけた。
「それでは陛下、失礼します」
退出の礼をする私に声がかけられた。
「ナファフィステア」
「はい?」
そのまま沈黙の時が流れる。私を含めて、室内の官吏や側近や騎士達が立ち尽くしている。
だるまさんが転んだ?
陛下、何か喋ろうよ。
声をかけたまま沈黙って、どうよ?
私は陛下の椅子のそばへ歩み寄った。
そこでようやく陛下がお茶を飲み干し立ち上がる。
何も一気飲みしなくても。
しかし、室内にはようやく時間が流れ始めた。緊張がゆっくりと緩んでいくように、室内の者達も小声で言葉を交わしながら動き始める。
皆が退出していく中、陛下は私を抱き上げ、奥の小部屋のいつもの椅子へ腰かけた。
どっかりと陛下は背もたれに身体を預けている。最近、働きすぎだと誰もが言ってたけど、本当らしい。
疲れているようだ。
「陛下、働きすぎ。休みをちゃんと取っているの?」
「取っている」
取れてないと思うな。
返事が早過ぎ。投げやりすぎ。
何か気に入らないことでもあるのかもしれない。考え事をするなら、陛下を一人にした方がいいのではないかと思っていると。
「なぜ宝飾品を身につけないのだ?」
唐突な陛下の問いに驚いた。
本当に予想もしない質問過ぎる。これまで陛下は何も言わなかったのに。
陛下の言う宝飾品というのは、宝石がこれでもかというほどついた金鎖が首から胸元を飾るもののこと。ネックレスと呼ぶには少々抵抗があるような大きさだ。今の流行りは派手な金装飾と大ぶりな宝石をごてごて付け、肩や腕までも飾る。金装飾と宝石でできた派手なスカーフを首肩にかけている感じ。
可愛らしいネックレスは好きなんだけど。
はっきりいって小柄な人に似合うデザインではない。
私が身に付ければ、上半身を宝石が付いた鎖で覆われて虚しい。全てを私に合わせて小さくすればいいという問題でもないし。第一、重い。
「あれはね、私には似合わないの」
ため息まじりに答えた。
だが、陛下はその答えに納得しなかった。顔をしかめて私を見つめてくる。
「身に付けたところを見れば、わかるから。今度、私の部屋に来たときに付けて見せてあげる。それでも付けた方がいいって思うようなら、陛下の趣味を疑うわ」
「今夜行く」
陛下は短くそう答えたけれど。
微妙に機嫌回復?
陛下は私を胸に抱き寄せ目を瞑った。何がどうなったのかわからないけど、とりあえず私の役目は果たせたようなので、私も黙って陛下に寄り添った。
そのまま短い仮眠をとり、私は部屋を辞した。
その夜、私は昼間の自分の発言を非常に後悔した。
後悔先に立たず。
わかっちゃいるけど、後悔後悔また後悔するほどに。
夜にやってきた陛下に、私が以前もらった宝飾品を身に付けて見せた。
そなたには大きすぎるようだな、と納得してくれた。
ここまでは、よかった。
しかし、さすがに夜の陛下は。
それだけではすまなかった。
宝飾品を素肌に身に付けさせたのである。
私はもちろん拒もうとした。
したんだけど、そこで、本名呼び攻撃とは、卑怯なっ。
うぅっ、耳元で名前囁かれるのは、くるわ。
無理強いするわけではなく、ゆっくり待ちながら、でも逃がしてはくれない。
恥ずかしいったら、もう。
全裸にじゃらじゃらした宝飾品を身に付けた姿を見てなにが楽しいんだろう。
今、陛下は私に手が出せないので、見て多少触れるだけである。
全然理解できないけど、ものすごくお気に召したらしい。
私は本当に恥ずかしくてたまらなかったけど、何とか恥ずかしい夜を乗り越えた。
陛下の機嫌は戻ったようで、皆に深く感謝された。
けれど、私の気分は複雑だった。
感謝されてもね、と。本当に本当に恥ずかしかったんだから!
私の体調が快復したので陛下も前のように機嫌が悪くなることはなくなり、私も恥ずかしいことは記憶の底に沈めることにした。
その一週間後、陛下は宝飾品を手に上機嫌で部屋へやってきた。わざわざ私に似合うものを作らせたのだと言って。
それはそれは楽しそうな陛下。
手にしている宝飾品は、陛下が夜見て楽しむためのもので。ドレスに合わせたものでは、ない。
陛下の変態っ!
わざわざ作らせた?
このっ、変態へんたい変態っ!
と、罵ってみたけど。陛下は喜ぶばかりだった。
そうして陛下は、宝飾品を作らせては私に身に付けさせるという遊びに凝っている。
そうした宝飾品を贈られる私にどうしろっていうわけ?
何度罵っても陛下には全くダメージがない。
怒ってみせても膨れてみせても、陛下には全然効果がない。
恥ずかしがらなければいいのだろうけど、そこまで達観できない。身につけなければいい? そんなことはわかっているのよっ!
悔しいっ!
どうして私はいつもいつも陛下に振り回されてるのっ。
いつか陛下にぎゃふんと言わせる技を身に付けてやるんだから。
早く飽きてよ、陛下!
段々と変化していく宝飾品のデザインが、恐すぎるっ!
しかし。
鎖帷子とかあるから、失敗した胴鎧に鎖を使えばいいかもしれない。と、防御用胴衣の改造案を閃いた。
あの金物細工師を呼んでもらわなければ。
「リリア、前の金物細工師を呼んでちょうだい! いいアイデアが……」
そして、振り返った侍女リリアの冷たい視線が私を貫いたのだった。
~The End~




