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いつか陛下に愛を2  作者: 朝野りょう


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第21話(最終話)

 自分の名前を呼ばれるのがこんなにくるとは思わなかった。

 今朝も身体がだるいけれど、昨晩は文句が言えない私。

 ううっ。

 恥ずかしすぎて撃沈しそう。でも、頭を振って顔が赤いのを冷ます。

 陛下に耳元で名前呼ばれたくらいでドキドキするとか。

 私ってば終わってる。

 こんな具合で朝からじたばたしている。

 

 それをさりげなく見過ごしてくれる侍女リリア。ありがとうっ。

 昨日まではリリアもこの部屋には入れなかったけど、陛下が許可したらしい。

 それも昨夜のせい?と思うと。それはそれで再び顔がほてほて。私はパタパタと効果もないのに手で顔を煽いでみた。

 そんな私の前にリリアはお茶を準備してくれた。

 一口含んで。あれ?


「いつものと違うのね?」


 私はリリアに問いかけた。

 彼女は穏やかな笑みを浮かべている。


「お身体のことを考えますと、こちらの方がよいと思われます」

「そうなのね。ふうん。あ、そうそう、また、あの金物細工師の人を呼んでくれない?」


 私は、ふと思いついて侍女リリアへ話しかけた。

 リリアは顔をややしかめ気味で私を見た。


「何をお頼みになられるおつもりでしょうか?」


 その口調はいつも通りなのだけど、何をなさるおつもりで?というちょっとした批難がかるーく入っているように聞こえるのは、きっと気のせいに違いない。

 あの細工師の女性と話しをする時、リリアを追い出したのを不満に思っているのかも。


「ほらっ、この前届いた鎧もどき。あれを改造してもらおうと思って。リリアも言ってたでしょう? 薄すぎるって」


 私は明るく話しはじめた。

 リリアは黙って聞いてくれそうなので、そのまま話し続ける。


「でね、もう少しだけ重くなるくらいで強度を強められないか相談したいのよ。鬘ヘルメットは陛下に取り上げられちゃったけど、あれは首の骨折れかけたから全面的に改良が必要だしね」


 私は調子に乗って喋っていた。

 そこへリリアが言葉をはさんだ。


「首の骨を折りそうに、なっていらしたのですか? てっきり、遊んでいらっしゃるのだと思っておりましたが」


 遊んでたって、どんな風に見えてたのよ。私は鬘ヘルメットのせいで死にそうになってたのにっ。と、ちょっと唇を尖らせてみたものの。

 よく見ればリリアは笑顔を貼り付けてはいたが、かなり、強張っているようだった。

 あれ、れ?

 鬘ヘルメットのせいで死にそうだった、というよりも、遊んでいたと誤魔化した方が、今はいいのではない?


「じ、冗談よ。言葉のあやってやつで。その、ちょっと、まあ、遊んでたんだけど重すぎるのよね、私には」


 あははは。と私は笑って誤魔化す。

 何か変だなと思いつつ言葉を取り繕ってみた。けど、リリアの顔は変わらない。

 心なしか怖い?

 表情なし陛下みたいになっている気がする。ビシビシと、私を見下ろす視線が痛いかも。


「あの冑は、ナファフィステア妃には重過ぎて、首の骨を折ってしまわれそうになっておられたのですね?」


 ああ、そんなにはっきりと事実を口にしなくても。

 ゆっくりと丁寧な口調が、より一層の冷え冷え感を醸し出してるし。

 思いっきり自業自得ですよねって視線がぐっさりと突き刺さる。

 それに、リリアだけでなく騎士達からも不穏な空気が漂ってきてるのは気のせいかな。気のせいよ。


 リリアは凍りついた笑顔のまま、部屋を出ていった。私はほっと息を吐く。

 リリアが出て行ったのは私の言動に呆れて職務放棄というわけではない。単に女官への指示のためだろう。私の世話をしながら細々とした指示を出し、女官達を動かしたり、騎士達や事務官ユーロウス達とも渡りあう。詳しくはわからないけど、私に出来る職業ではないと思う。

 それにしても、彼女の冷笑は怖いわ。今後、気を付けよう。


 窓の外の青空をのんびりと眺めながらお茶をすすっていると、いつの間にか部屋へリリアが戻っていた。

 しばらく後に、女医さんが現れた。


 女医さんは、今の気分は?とか、どこか痛むところはありますか?など私の脈や目や口の中などを診ながら質問してきた。

 私は特に何ともないのでそう答えたけれど。


「順調のようです。ですが、不安定な時期ですので不用意に動かれるのはお控えください。陛下とは寝室を別にされる方がよろしいでしょう」


 何を言っているのかと思ったけれど。

 半分口を開けて女医さんを見ると、微笑んで頷かれた。

 リリアが心配していたのは、こういうことだったのか。私はお腹に手を当ててみたけど、そこには当然何もない。

 でも。

 不思議な感じだ。


「……そう。そうなの」


 私は呟くだけで。言葉にはならない。

 

「おめでとうございます。ご懐妊でございます」


 女医さんの言葉が耳に届く。

 彼女の後ろで、リリアは心配そうな顔で私を見つめている。彼女は私の身体が心配だったわけではない。きっと、私が、妊娠していることをどう思うかが心配なのだ。

 そんなに不安になるほど、私は陛下を嫌ってるように見えた?


「ありがとう。嬉しいわ、とても」


 私は女医さんと、そして、リリアへ笑顔を返した。リリアは何度も頷きを繰り返した。

 申し訳ないほど心配させていたらしい。

 ちゃんと私は陛下の子供を身籠って嬉しいと思ってる。


「すぐに陛下へお知らせいたしましょう」

「待って」


 女医さんの言葉を私は制した。

 さっとリリアの顔が曇る。


「私が伝えたいの。だから、誰にも言わないでくれる?」

「いつお伝えするのですか? できるだけ早くお伝えした方がよろしいのではありませんか?」


 女医さんも心配そうである。陛下に伝えるのが彼女の役目なのだから、いつまでも黙っていてもらうことはできない。

 私はリリアに声をかけた。


「リリア。今日の午後のお茶の時間に、陛下へお伝えしようと思うの」

「陛下はきっとお喜びになられます」


 リリアは頭を下げ、目を伏せた。彼女の目には涙が浮かんでいて、きっとそれを見られたくなかったのだろう。

 私はそれに気付かないふりをした。彼女が何度もそうしてくれたように。



 リリアも、女医さんも、そして他の騎士や女官達も喜びを顔に表していた。陛下に伝えられていないものを口に出したりはしないけれど。

 私の周りには私を心配してくれる人々がいる。一人じゃないんだった。


 このお腹に新しい命がいる。実感はまるで湧かない。

 ここの人達とは違うんだという思いがまだ消せずにあるけど。

 でも、やっと。

 地に足がついたような気がする。ここが私の現実世界なんだと。


 陛下はどんな顔をするだろう。

 喜ぶ? 困る? どっちでもない?

 子供が少ないこの世界だから、子供は歓迎されるだろう。

 でも、私は?

 いらないと言われても、リストラ宣告されても、何がなんでもここに居座る。どんなことをしても残らなければ。

 そして、子供を養っていかなければ。

 身元不明の庶民の出? だから何?

 こんなにいい職場なんて他にない。出産のことを考えても、ここには最高の医者が揃ってるんだから。

 妃業をがんばって、リストラされないよう売り込もう。

 ユーロウスなら売り込まれてくれるはず。

 モアイ宰相は……厳しそうだけど結果を出せばきっと認めさせられるはず。

 どうしてリストラされたら素直にここを出ようなんて思ったのか。

 それは……。

 それは、格好悪いと思っていたから。辞めろと出ていけと言われて嫌だと駄々をこねるなんて、みっともないと思っていた。そんな姿を晒したくないと思っていた。陛下の前では。最後くらいは、陛下にいいところを見せたかったから。

 でも、どんなにみっともないと思われても、私はここにしがみつかないといけない。

 私は陛下に何をどう伝えるかを考えようとした。けど、まとまらないままに時間だけが過ぎて行った。



 その日の午後、私は王宮の執務室を訪れた。

 いつものお茶の時と同様、陛下は椅子から立ち上がり、私を奥の小部屋へといざなう。

 私は小部屋の中で立ち止り陛下を見上げた。

 意気込んでやってきたものの、どう言えばいいか、まだ迷っている。

 でも。


「どうした?」


 訝しげに問いかける陛下。

 私は、陛下を見上げた。その距離は遠い。

 内緒話ができる距離ではない。

 私は深く息を吸い込み上に向かって口を開いた。


「ずっとここにいたいって言ったら、困る?」


 私は陛下に聞こえるように、でもできるだけ小さな声で尋ねた。

 私の耳に届いたそれは、ちょっと声が上ずっていて。我ながら意気込みの割に弱々しい。かなり自信がないらしい。


 私は陛下をじっと見上げているけど、返事はない。

 陛下は私を見下ろし黙ったまま。


 やっぱりか、という落胆。

 どうしよう。次の言葉が出ない。思った以上に落ち込み、最初の勢いは消滅してしまった。

 私はがっくりと項垂れてしまう。

 まだ、言わないといけないことがあるのに。


 そんな私の頬を陛下の大きな手が包み、上向かされた。

 そこにあったのは無表情ないつもの陛下ではなくて。

 驚いている、らしい。すごく。

 そして。

 ゆっくりと、ゆっくりと緩やかに笑みが広がった。


「困りはせぬ」


 陛下が答えた。

 感情が込められるわけではない、少し擦れた低い声で、短い言葉で。


 でも、静かに見下ろす瞳はわずかに柔らくて。

 陛下はその腕に私を抱き上げた。

 言葉にはならなくとも、抱き上げるその仕草から、見返す瞳から、私を支える腕から。

 私は大事にされているらしい。

 守られているのだと。甘えても、いいんだと。

 そう思った。何となく。


 陛下はいつも言葉がなさすぎる。

 こういうところが、陛下はずるいと思う。


 私は陛下の首に腕をまわした。

 陛下にも伝わるといい。触れる指先から、見つめる目から。

 この腕の中にいたいと思っていると。

 いつものように過ごす平凡な日がずっと続けばいいと願っていることを。

 陛下のように言葉にはしないで。



「陛下、あのね」


 私は陛下の耳元で囁いた。

 きっと喜んでくれるだろうことを告げるために。

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