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いつか陛下に愛を2  作者: 朝野りょう


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第20話(サイドB:手紙の中の)

 ナファフィステアがわざわざ金物細工師を部屋へ呼んで注文した品が届いたというので彼女の部屋へ行ってみれば。

 彼女はうっかり死にそうになっていた。

 自分の注文した品を身につけたという理由で。


 馬鹿も大概にしろ!

 今でこそ怒りが納まらない状態だが、あの瞬間、彼女の首が折れたのだと思った。ゆっくりと奇妙に首を折り曲げた状態で床に沈む姿をなすすべもなく見ていたときの感情は言葉にならない。

 床でもぞもぞと動くのを見て、どれほど安堵したことか。

 

 そんな状況を作ったのが、ただの小さな防御品だということが信じられなかった。どこかから彼女が狙われたのかと、毒を盛られたのかと一瞬のうちに様々な事を考えた。

 まさか、あの小さい物が重すぎただけだとは。

 ドレスも宝飾品も興味のない彼女が欲しがったものなら、何でも喜んでくれてやろうと思っていたが。

 子供のように我が身の危険度も測れないような者を放置しておくわけにはいかない。

 怒りに任せて、部屋へ閉じ込めることにした。だが、彼女は全く反省の色もなく、懲りてはいない。それどころか、なぜ余が怒っているのかを理解していないのだ。

 彼女を懲らしめる方法として、彼女が好きな散歩や外出をさせないことくらいしか思いつかないことが口惜しい。彼女は余にいくらでもこうして苦痛を与える方法を知っていても、余は知らないのだから。


 そうして部屋に閉じ込めはしたが。

 彼女が余の部屋でくつろいでいるのは、悪くはなかった。笑顔でお帰りなさいと出迎えられるのも、ソファでうたた寝しているのも。


 今夜、部屋へ帰ると、彼女は熱心に書き物をしていた。

 辞書を片手に、ずいぶんと細かな文字を書き連ねており。その大半が、絵のような記号で埋められている。

 聞けば、彼女の母国語らしい。

 同じ国の人が来ても言葉がわかるように自分の国の言葉の辞書を書いているのだと言う。

 他者との面会を許していないため、部屋で暇だったのだろう。


「そなたの手紙にも書いておったな。あれは何と書いておったのだ?」

「私が日本語を書いてた? 何だろ。覚えてないけど」


 日本語というのが彼女の母国語のようだ。戸棚から手紙を取り出し、彼女に手渡した。


「いやだっ、字を間違えてるっ」


 手紙を開いた彼女は、ぱっと見で間違いを見つけてしまったらしい。数か所あるため、見つかりやすいのではある。

 あの時は動揺してたから、と言い訳しているナファフィステアの手から手紙を抜き取り、裏返して見せた。


「あらっ、ま。こんなとこに」


 手紙裏の真ん中に小さな文字が書かれているのを、彼女が目にとめる。自分で書いておいて、そう簡単に忘れるか?と思うのだが、すっかり忘れていたらしい。

 彼女はそれをしばらく見ていたが、ゆっくりと笑みを浮かべた。

 黙って見つめる彼女は、しみじみと何かを考えているようでもあり、ぼんやりと突っ立っているだけのようでもある。

 何を考えているのかはわからず、ただ黙って彼女を待った。


「これはね、私の名前よ」


 彼女は手紙から顔を上げ、少しだけ困ったような表情で見上げてきた。

 彼女の名前。

 隣国が彼女を差し出した時、彼女は名前を持たない辺境の種族だと言ってきたのだ。そのため名はないと思いこんでいた。

 彼女が今まで名乗る機会はいくらでもあっただろうに。


「なぜ、今まで名乗らなかったのだ?」

「本当の名前がわかれば、その名前を使って呪ったり殺したりされるかもしれないと思って」


 彼女の国には、不思議なことが出来る者がいるようだ。そんなことが出来るからこそ、彼女は突然アンデの街に現れたのかもしれない。


「加奈。これは、カ・ナって発音するのよ」


 彼女は手紙の文字を指で一つ一つ押さえながら発音して見せた。


「かな?」


 彼女の口の動きを見ながら、同じように発音してみる。彼女にナファフィステアの名を与えた時とは逆の立場であると思い出す。

 長い名前で発音が難しいと困っていた。なるほど、彼女の名は短く簡単だ。これなら困るのも無理はない。

 あの時は子供だと思っていた彼女は、今も変わらない。


「加奈」


 そう呼ぶと、彼女は照れたように恥ずかしそうな顔をした。ほんのりと頬を染めて手紙へ視線を落とす。


「この手紙を書いた時、もしかしたらもう陛下に会うことはないのかもって思ったの」


 宰相の話の後、彼女の行動は素早かった。王宮を出ることに躊躇いなどないようであった。宰相が示した場所へすんなり移る気でいるのだろうと。王宮から逃げるつもりでいるのかもしれないと。


「だから、私のこと、忘れないでって。陛下には読めなくても目に残るでしょ? 私の名前が」


 手紙に目を落としたまま、独り言のように呟いた。

 ああ、そうなのか。

 唐突に理解した。

 彼女は突然やって来たこの国に、頼る者がいない。この国で二年以上暮らしていながら、明日はどうなるかわからないと思っているのだ。彼女は簡単に追い出される立場であると理解しているために。

 去って行った妃達のように、彼女がここを去らねばならないと思うのは、何らおかしなことではなかった。余の寵を知らぬ彼女には、ここに留まれると考える十分な理由がないのだから。

 宰相から宣告を受けた時、彼女はどう思ったのだろう。頼る者もいない彼女が、不安を抱かなかったはずはない。だから、祖国へ帰る道を探そうとしたのか。


 彼女がここを去りたいのではない。

 王宮は去らねばならない場所だと彼女に知らしめたのは、王なのだ。


 小さく、本当に小さく書かれた文字は、助けを求める言葉ではなく。

 そこに、別れの意味を込めていた。手紙の表は王へ、そして裏は余へ向けたものだったのだろう。


 宰相が彼女に告げた時、王宮を出たくないと彼女が言っていたとしても、彼女が王宮を出ることは決まっていた。何を言っても変わらないと彼女が思うとおりに。

 王であるがゆえに、彼女へ他の妃を娶らないと約束することはない。時と場合によれば何時どのような判断を下すとも限らない。彼女よりも国を優先する。

 それを、彼女は知っている。


 そうでありながら、彼女には何かを示して欲しかった。勝手だと思いはするが、ここにいたいと望んで欲しかった。縋って欲しかった。


 彼女が何かを残したいと思って綴った、心配しないでという文と添えられた本当の名前。

 先日は、いつかまた逢った時に声をかけてと言っていた。

 彼女はちゃんと示そうとしていたのだ。

 王へではなく、余へ。


 最後になるかもしれない手紙は、余を安心させようとしている。不安だったろうに。

 そして今は目の前で、王宮から追い出そうとした余を恨むことなく笑顔を浮かべている。いまだ抱いているだろう不安を出すことなく。


 どうやら彼女にとって、余は頼りない男であるらしい。気遣われるのは嬉しいが、こうまで頼りにされないというのは不満であり悔しくもある。


 だが、今は、彼女が余を想っていることで満足しよう。頼りないと思っていても、余にまた会いたいと、話しかけて欲しいと望み、余だけに名を残そうとしたのだ。余を心配しながら。

 彼女はここから逃げたりはしない。ここにいることを望んでいるのだ。いつか彼女が答えたように、彼女の欲しいものは、彼女を抱き上げる余なのだから。



「加奈?」


 名を呼べば、彼女は恥ずかしそうに笑った。


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