第16話(サイドB:落し物)
陛下視点です
翌朝、騎士カウンゼルと事務官ユーロウスから今までの詳しい状況の説明を受けた。
ナファフィステアはまだ眠っているが、王宮へ戻る仕度を急がせる。
そこへ本物の王女だという女性と男が現れた。
「お初にお目にかかります、陛下。今はマリーナと名乗っておりますので、そうお呼びください」
マリーナと名乗る女性は、少し小柄でマレリーニャと名乗った女性とは随分と様子が違っている。古ぼけた服を身に着けてはいても、王の前で揺るがない畏まらない態度はなるほどと思わせた。
ナファフィステアもそうだったが、対等に話すことに慣れた者は、それを装おう者とはまるで違う。真似ることのできないものがそこにはあった。
彼女の背後に立つ男性が件の駆け落ちしたと言われるカルダン・ガウ国騎士なのだろう。
だが、彼女の話では、駆け落ちしたわけではなかった。偽王女が王女を殺そうとしたために、騎士が王女を連れて逃げたのだという。
「彼女は自分を王の隠し子だと信じているのです。母親にそう聞かされていたそうですので。私を殺せば成り替われると思ったのでしょう」
ホルザーロス卿とともに現れた女は、自らを王女と信じているのか。だが、国へ帰ればそれは認められない。そのため、この国へ留まったのだろう。ホルザーロス卿とは互いに利害が一致したのだ。
「何が望みだ? わざわざ余の前に出てきたからには、相応の褒美を望むのであろう?」
「もちろんです。私達をこの国の住民にしてください。私はここで静かに暮らしていきたいのです」
マリーナは国に戻りたくはないのだという。自分を連れて逃げた騎士と暮らしていきたいのだと。そして、なおも言葉を続ける。
「ナファフィステア妃に会わせていただけないでしょうか?」
慎重に切り出したつもりのようだが、何とかしてナファフィステアに接触しようという意気込みが透けて見える。その辺りが年若い少女といったところか。
「あれは伏せっておる。此度のことは町でも知れておろう」
「ナファフィステア妃に直接お渡ししたい物があるのです」
「ならば、余が受け取ろう」
だが、マリーナは無言で、それを出そうとはしない。何を渡すつもりかは知らないが、怪しげなものを渡すわけがなかろう。
「あの方が落とした物です。あの方以外に預けるわけには参りません」
彼女が落とした物?
マリーナはカルダン・ガウ国の使者達がナファフィステアを見つけた時にいたというのか。
そう尋ねると。追手から逃れて森の奥へと入った彼等は湖の畔で不思議な光景を目にしたという。
突如、水面の上に何かが現れ、湖に落ちた。水しぶきを上げて落ちたのが人だということはすぐにわかったらしい。
騎士が飛び込み、慌てて水に沈んでいく彼女を引き上げた。長い黒髪、水に濡れ張り付いた薄い服と太ももまで露わになりそうな短いスカートを身につけた小さな少女。とても普通の人とは思えなかったらしい。
追手の気配がしたため二人はそこから離れた。追手であるカルダン・ガウ国使者達が彼女を連れて行ったのか、再び彼等がそこへ戻った時、彼女の姿はなく。その落し物が残っていたのだという。
「なぜ彼女の物だとわかる? 他の者が落とした物かもしれぬであろう?」
「いいえ。あの方の物です」
マリーナは自信満々に断言した。意味深な頬笑みを浮かべている。
ナファフィステアを見つけたという話は本当なのか。彼女が空中に現れたなどと、かなり疑わしい。彼女を助けたことで恩を売ろうと言うのか。
だが、そういう話の流れではない。
「そう断言するからには、確信があるようだな」
「もちろんです」
水を向けても、それに関しては口を割るつもりはないようだ。一体どのような物なのか。
「会わせるわけにはいかぬ」
「私達をこの国の民として別の人生を歩ませていただけますか? それならば、あなたにお渡ししてもいいと思っています」
自分達の保身を引き換えにする、か。それほどの切り札だと思っているとは。
「よかろう。この町は不自然だ。別の場所に用意しよう」
その答えに満足したのか、マリーナはゆっくりとスカートから小さな物を取りだした。
艶やかに光沢のある四角い薄っぺらい小さな物だった。精巧な代物であることは一目で見てとれる。
「今はもう反応しませんが、その場所を押すと、黒い所が光りを放ち何かを映していました。それは触れると変化して。とても、この世の物では考えられません。これほどのもの、あの方がいつか探しに来るのではないかと思っていました」
マリーナのいう場所を触れても何の変化もない。だが、これがただの飾り物でないことは明白だった。ナファフィステアがこれを探しに来ると思ったのも不思議ではない。
「これを落としたとは聞いてはいないが、妃に渡せば喜ぶだろう。そなたらには東の地へ住居を用意させる。後で使いを送る故、待っておるがよい」
「使いには、剣をふるわないでいただきたいものです。私はただ静かに暮らしたいだけ。無用なことは他言しません」
マリーナはそう言い残し、騎士と共に帰って行った。
口を封じるつもりなら相応の対応をする、とは強かなことだ。それを揉み消すくらいは容易いが、本物の隣国の王女を殺すと面倒な事になる。時期をはかるべきだろう。
手の中の小さな物を布でくるみ厳重に保管させた。彼女等との会話は全て他言無用とした。ナファフィステアの耳には絶対に入れぬようにと。
彼女の落し物は、彼女の手に渡ることはない。恐ろしく高度な技術を感じさせる、それ。
それが彼女の望んでいたものなのだろうか。
マリーナの言うように突然現れたというのなら、突然消えることともまたあり得るのではないのか。
ナファフィステアはこれを探しに来たのか? 故郷へ帰ろうとしたのか?
ベッドで疲れて眠る彼女は、何を思ってここへ来たのだろう。報告では湖まで行ったとあった。何もないと言って引き返した、と。
彼女を遠く感じる。
昨晩はやっと手の中に帰ったと思った。ようやく手に入れたのだと。
だというのに。今は。
マリーナの話を、彼女は知らない。彼女が覚えているのは、この館で気づいてからのことだけだ。
彼女に伝えるつもりはない。あの落し物のことも、何も。
彼女を過去へ故郷へと向かわせるものは排除する。彼女の落し物はそれほどに恐ろしさを感じさせる物だった。落し物とマリーナと騎士をこの世から抹消したいと思うほどに。
何もなかったように、王宮へ向け館を発った。
その出発時、馬車に二人で乗るのをナファフィステアは嫌がった。
今は些細な事にも苛立つ。嫌がる彼女を無理やり抱き上げて馬車に乗せる。
彼女は不貞腐れて背を向けていたが、膝に乗せ無理やり顔を上げさせた。
彼女は、頬を膨らませ唇を尖らせて。だが、その顔は真っ赤だった。嫌がっていたのではなく、恥ずかしがっていたのだ、彼女は。
耳まで赤く染め、泣きそうにも見える顔で、ちらちらとこちらの顔色をうかがう様に、苛立ちはあっけなく消えた。
笑いが込みあげ、久しぶりに声をあげて笑った。
『×××、×××、×××っ!××××××ーっ!』
余が笑うのが気に入らないらしく、わけのわからない言葉で喚きながら、ナファフィステアが拳で胸を叩く。そうして膝の上で子供のように暴れていた。
いつもの彼女に、安堵する。
彼女は何も知らない。これからも何も変わらない。このまま。
彼女が暴れるのも長くは続かず、馬車の揺れにうとうとしはじめると腕の中で大人しく眠りに落ちていった。
気まぐれな彼女を連れた馬車の旅は、なかなか退屈しないものだった。
王宮に帰りつけば、カルダン・ガウ国からの返事が届いていた。
王女は帰国後体調を崩し床に伏していたが、とうとう先日世を去った。そちらに滞在する王女は当国とは全く関係ない。とのことだった。




