第15話(サイドB:救出)
陛下視点です
数日前の王宮の執務室。
第一報はホルザーロス卿が私兵を王都近くへ待機させているとの情報だった。
その場に緊張が走る。
私兵を王都近くへなど反逆の意ありと咎められても言い訳できない所業だ。これまでのホルザーロス卿からは考えられない。金儲けには長けていたが武勲はないという家柄なのだ。いつの間に武力を保持していたのか。
その対処について検討しているところへ、ホルザーロス卿の動きを見張っていた者から第二報が入った。
私兵へ妃暗殺指示が出された、と。伝達者二名を抑えたらしいが、他にすり抜けた者がいるかもしれない。
私兵の動きを止められるよう騎士達を送っていたが、間にあわなかったらしい。こちらの動きを察知して行動を起こしたのか。
すぐさま王付き親衛隊を従えナファフィステアの元へ発った。だが、どんなに馬を速く走らせても、到着までには時間がかかる。
馬を走らせて一日が過ぎる頃、先発の騎士がよこした伝言者からホルザーロス卿の私兵の姿を視界に捕えたとの報告を受けた。ナファフィステアの滞在地へ到着するより前に、騎士達が私兵を抑えることができそうだった。
その騎士達にさえ数時間の遅れをとっており、焦燥に追い立てられるように馬を駆った。ただ前に進む。
王宮を出て馬を走らせること二日。
ようやく先発の騎士達に追いついた。
彼等はホルザーロス卿の私兵と苦戦を強いられていた。私兵は五十名以上であるのに対し、騎士達は二十数人と圧倒的に数で劣っていたためである。劣勢でありながらも、何とか持ちこたえ私兵を足止めしていた。
そこへ王の親衛隊騎士百名が加わり、途端に形勢は逆転した。
状況が明らかなその場が決するのを待たず、一部の騎士達を引き連れなおも走った。
ナファフィステアのいる町についた時、既に彼女達は襲撃を受けた後だった。長閑な山間の田舎町に不似合いな騎士達の姿が見える。
彼女に同行した騎士達が襲撃者を取り押さえている現場だった。その取り押さえられている襲撃者は、先の私兵達とはまるで違っていた。
ぐるりと見渡してもナファフィステアの姿はどこにもない。襲撃の場には居合わせていなかったのか?
「カウンゼル、ナファフィステアはどこだ!」
取り押さえている者の中に騎士カウンゼルの姿を見つけ、馬を寄せた。
すぐに気付いて他の騎士とともに頭を下げる彼に、厳しい口調で問いかけた。
「ナファフィステア妃は、森の中にお隠れになっておられます」
カウンゼルはその森へと案内した。その途中、彼から手短に話を聞いた。
ナファフィステアに同行させた騎士達の中で分裂が合ったのだという。
妃警護の騎士達は当然ナファフィステアを守ることを最優先とした。だが、今回旅に加わった騎士達の中には、妃警護よりも王命である隣国王女の情報を集めることを優先する者がいたのだ。妃警護の騎士達が庶民や身分の低い貴族出身であるのに対し、加わった騎士達は実家の身分が高いため非常にプライドも高かった。
カウンゼルの指示には従っていたが、妃警護責任者である騎士ボルグの言葉には従わなかったらしい。
妃警護の騎士達はそんな騎士達を不審に思い、警戒していた。カウンゼルが調査で町を後にした途端、彼等はカウンゼルの残した指示を無視して調査へ出向いてしまった。そうして妃の警護が手薄になった時に襲撃を受けたのだという。
旅に同行していた騎士の数は二十名程。だが襲撃時、ナファフィステアを警護していたのはたったの五人。極秘裏に彼女を守っている騎士がいるとはいえ、ここにホルザーロス卿の私兵が到着していたらと思うと、背中を冷たい汗が流れた。
幸い襲撃者は非常に弱かったようだ。十名程の騎士だが、貴族子息がなんとか剣を振り回しているといった程度だったらしい。
妃警護の騎士ボルグ達は自分達以外の騎士達に不信感を抱いており、カウンゼルの問いかけですら、ナファフィステアの居所を明かそうとはしなかった。
騎士達の中にナファフィステアの命を狙っている者がいると疑っているのだ。実際、カウンゼルの指示に従わなかった騎士達の行動はプライド云々というに留まらないほどに怪しい。ホルザーロス卿と通じている者がいたのか。
「ナファフィステアのところへ案内せよ」
直接、騎士ボルグに言葉をかけることで、ようやく案内することに同意した。彼は、王に対して旅に同行した騎士ではなく王の親衛隊ならばとの条件をつけた。ふてぶてしく肝が据わった男のようだった。
案内された森の中は薄暗く、静かだった。
妃警護の騎士達は、見つからないよう彼女から距離をとっていた。
そのためか、森の奥で見つけた彼女は、心細気に立っていた。
本人は懸命に何度も余を呼んでいたが、その声は弱った雛鳥が鳴いているようにしか聞こえない。
彼女に腕を伸ばしても、泣き濡れた目で震えながら見上げるばかりで動かない。心配していたというのに、警戒しているのか。余が襲撃させたとでも思っているのか。
一瞬の怒り。
だが、抱き上げてしまえば、彼女は首にしがみつき大声で泣き喚きはじめた。まるでわからない言葉だったが、彼女の母国語なのだろうそれは尽きることがなく。癇癪を起こして喚く子供のようなそれに、周囲の者は眉をひそめていた。
よほど恐ろしい思いをしたのだろう。そして、余の腕の中で安堵しているのだ。
わからない言葉は、怖かったと、どうして早く迎えに来なかったんだと、そう訴えているのだろう。
喚く彼女に、暗い感情は消え失せる。ナファフィステアだ。
大声で泣きわめく彼女を腕に抱き、この地での滞在場所だという館へと歩いて運んだ。
館へ着いても、彼女は腕から降りなかった。
騎士達が彼女に何を言っても首に回した手を離すのを嫌がった。涙と鼻水で濡れた顔で、うめき声で威嚇しつつ辺りの人々を睨み返し、首を横に振り続ける。
だが、汚れたままの姿に見兼ねた侍女が風呂を準備し、彼女に声をかけた。陛下が汚れてしまわれます、と。
自分の泥のついた腕と、余の衣服についた汚れを見て、嫌々ながら彼女は腕を離した。この侍女は彼女のことがよくわかっているらしい。
腕の中が空になり、温もりが己の気を和らげていたことを思い知った。彼女が余の腕の中にいることで安心していたように、己もまた彼女の温もりで彼女が生きていることを感じていたかったのだ。
とぼとぼと歩く彼女を再び抱き上げて風呂のある部屋へ連れて行った。
普段の彼女なら部屋から追い出すところが、行かないでという目を向けられ。
服を脱がせると彼女は素直に従った。肌を隠すでなく一緒に風呂に入るのを待っている姿は、もう誘っているとしか思えない。
触れれば応え、もっとと素直にねだるいつにない彼女の肢体はやわらかで熱かった。
普段とは違う彼女をたっぷりと堪能する。焦らせば焦らすほどねだり、縋りつき甘えてくる。息が上がりその身体がだるくても、なお、彼女は視線と吐息で煽ってきた。気絶するように眠りに落ちるまで。
明日からも彼女はこんな風に甘えるだろうか。それならそれでよいが、おそらくそうはならないだろう。動けない身体のせいで、彼女は不機嫌になるのだ。いつものように。




