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第11話(森へ散歩)

 

 翌日、私は近くの森へと散策に出た。

 ユーロウスやカウンゼル達の聞き取った話では、私はどうやらこの領主館の近くの森で発見されたらしい。

 館の周囲には、草原や森が広がっており、背後には山がそびえている。あの時とは違って、その山頂に雪はない。

 騎士ボルグと数名の騎士達、そして侍女リリアを引き連れ、私は森へと歩いた。近いと思ったけど、遠かった。


「い、意外に、遠いわね」


 私は息を切らせて歩いているけど、リリアにしても騎士達にしても何ら苦になる距離ではない。

 ここの人達って、基礎体力が違うのよ、きっと。いや、人種の違いだろう。あの逞しい骨格といい、胸板の厚みといい、筋肉盛り上がり感ときたらもうみんな見事としかいいようがない。

 騎士達は当然としても、事務官だって騎士達に比べればというだけで、日本にいたら格闘家並み。女性のリリアにしても、半端なく大きい。背丈も胸囲も胴囲も。内臓の大きさまで違うのかもしれない。心臓も毛がはえているのだろうと思う。

 きっとリリアでも私を軽々持ち上げるだけの腕力があると思われる。女性でも五十kgくらいは肩に担ぐのは普通なのだから、ここの世界の人は。どんな筋肉もってんの。

 はぁはぁと出来るだけ平静を装うようにつらつらと考えていたけど、もう限界。私は森の前で足を止めた。

 

「お疲れになられたのですね。馬車を呼ばれますか?」


 リリアが心配そうに尋ねる。

 声に出さず、私は首を横に振った。息が整わない。

 ドレスが汚れるのも構わず、私はそこにしゃがみ込もうとしたけど、ふと前方に石が置かれているのが見えた。それは、人為的に積まれたもので。

 ぼんやりとそこを見ていると、気づいた騎士ボルグが説明してくれた。


「あぁ、あれは、ここで亡くなった男女が葬られた場所の目印なのだそうです。カルダン・ガウ国から来た使者が駆け落ちしようとして命を落としたということです」

「駆け落ち?」

「使者一行にいた下働きの女と貴族騎士らしいのですが、カルダン・ガウ国では身分を越えた結婚は許されておりません」

「えっと、命を落としたってことは?」

「使者達によって殺害され、住民達が亡骸をここに葬ったとのことです」


 そっか。駆け落ちしようとしたところを発見されて殺されたのか。自由恋愛の国へ亡命しようとしてなのかな? 恋愛が見つかっただけで殺されたのなら嫌な国だな。

 でも、その二人を探しているところに私が落ちていたのかもしれない。

 石の前で、とりあえず手を合わせておく。

 成仏してくださいね。


「何をなさっておられるのですか?」

「おまじないよ」


 不思議そうな顔のリリアに適当な答えを返し、私は立ち上がった。そして、私が倒れていたかもしれない森の中へと足を踏み入れた。


 森の入口は明るかったけど、踏み入れた途端、私は歩みを止めた。

 いや、無理。これ以上は絶対に無理。

 そそくさと森を出た。

 森の中は、暗い。本当に暗い。草が腰の高さくらいまでふさふさあって足元は見えない。蛇とか何かが絶対いると思う。しかも、あっちもこっちも蜘蛛の巣が張り巡らされており、その巣の中心には大きな主がいるのだ。

 暗闇でも見える蛍光色ってどうなの。いや、見えずにあれが顔に張り付くことを思えば、光ってくれててありがとうと言うべきか。


「この森には道はないの?」


 涙目になりながら、私は騎士ボルグを見上げた。


「ここが道です」


 道? 道なんかないわよ?

 もう一度森を見ると、確かに足元にはわずかにその痕跡は見えるものの。

 あの蜘蛛の巣が張り巡らされた場所を、進む?

 薄暗い中を?

 無理です! 私って文明人っ。作られた自然しか知りませんしっ!

 ものすごく嫌そうにしている私に、騎士ボルグが別の提案をしてくれた。


「遠回りになりますが、川がありますのでそちらへ行ってみられてはいかがでしょうか」

「ぜひ川へ行きましょうっ!」


 私がぶんぶんと顔を縦に振って同意すると、騎士ボルグは先に立ち案内してくれた。

 

 案内された川は、十数メートルくらいの河原になっていて、その半分くらいを水が流れていた。河原は一メートル大の大きさの岩がごろごろしており、進むのは一苦労だった。

 他の人はひょいっと長い足で跨げば簡単なようだけど、私の足ではさあ大変。

 暗くて昆虫うじゃうじゃに比べたら、かなりましなので頑張って歩く。歩いて歩いて、辿りついたのは、池というか小さな湖だった。

 そして、ここまで来て。


「何もないわね」


 私はぽつりとそう呟いた。

 森があり、湖があり、昆虫や鳥がいる。

 普通の森の風景がそこにある。

 私が来た場所だから何か特別な場所なんじゃないかと、どこかで期待していた。

 やっぱりなという思いと、落胆がないまぜになって。これが途方にくれるってやつなんだろう。


「見覚えがおありですか? ナファフィステア妃はおそらく湖か川の近くで見つけられたのではないかと館の者は申しておりました。濡れていたから、と」


 ぼんやりと湖を眺める私に、騎士ボルグが尋ねた。

 私は黙って首を振った。

 そう、私はびしょ濡れだったそうだから、湖か川に浸かっていたんだと思うけど。見覚えはない。全くない。

 水は透き通り水底の岩が見える。浅そうに見えてあれは絶対に足がつかない。

 ごくりと唾を飲む。


 知らない世界へ行った後、大河へ身を沈めて自分の世界へ帰った漫画や古代遺跡の生贄池へ飛び込んで元の世界へ戻った小説とか読んだことはある。

 あそこに飛びこむ? ありえないでしょ。

 あそこに飛び込んだら、この世から去るけど元の場所には戻らないって。絶対溺れてあの世に行く自信がある。

 知らない世界へいく話はたくさん読んだ。クローゼットを開けたら、とか、押し入れの向こうとか、鳥居をくぐったらとかあった。どうして泳げない私が水関係?

 いやいや、落ち着こう。

 ふうーっはーっと大きく深呼吸。

 その私が眺める視線の先を、すいっと細いものが滑らかに横切っていった。この湖には、大きな蛇さんがお住みになっているらしい。

 絶対むり!

 

 この世界にきて最初の頃は、目が覚めたら自分のベッドの上で、リアルな夢だったなって思うことを期待してた。日が過ぎていき、次第に元の場所に行けば帰るんだろうと思ってた。それは願望だったのかもしれないけど。

 知りたくて知りたくなかった事実。


 私、帰れないんだな。


 でも衝撃は大きくない、ような気がする。そうなんじゃないかと思ってはいたから。衝撃は案外後からくるのかもしれない。

 ただ、この脱力感はどうしようもなかった。


 とにかく私はここにいる。使者達のだれかが水に浸かってた私を上げてくれたなら、まあ命の恩人の可能性もある。私を陛下へ勝手に差し出したことは許せないけど、これで差引ゼロにしておこう。

 いきなりこの世界で溺れて沈むってのはかなり嫌だ。


 でも、そうして湖を見てみると、透き通る水の美しさが逆に怖い。実は私以外にもこの世界にやってきた人が、あそこに沈んでたら?

 幽霊話は苦手なのに……。

 考えない、想像しないっ。


 私は自分を誤魔化すように、てんで違うことを考えながら湖に背を向けた。

 振り向いてはいけないんだと言いきかせて。襲ってくる不安に必死で蓋をして。



 そして、私達は館へと引き返した。

 

 

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