第10話(サイドB:旅の目的)
陛下視点です。
夜遅く、王宮の奥は静まり返っている。
いつもより静かに感じられるのは、気のせいなのだろう。
寝室で酒を片手に送られてきた報告書に目を通す。ナファフィステアのいつもの行動記録である。だが、それは三日も前のものだ。
報告書が手元に届くまで三日を要する。その距離は遠い。
嘆息しながら文字を目で追った。
他愛ない旅の様子を読み心落ち着かせるのがここ数日の慣例となっていたのだが。
今日の報告書は、落ち着くどころの内容ではなかった。
ナファフィステアがこの国へ来た道を逆に辿っていることはわかっていたが、彼女は実はカルダン・ガウ国から来たのではなく、この国の中で使者達に拾われたとある。
そして、その使者団の中に王女がいなかった可能性がある?
記憶には残っておらずとも、王女を含む使者達と謁見した記録がある。王女は体調を崩していたため、ほとんどの行事に出席していなかったが。
当時、よほど我が国をお気に召さないのだろうと側近達が使者達に嫌味を言っていた。しかし、彼等は王女が本物ではないことを隠そうとしていたのだろうか。
使者団は、予定より遅く到着し、王女の体調を理由に早々と国へ引き上げた。怪しいと疑えばそれらしく思える。
では、ホルザーロス卿の連れてきた王女と名乗る女は誰だ? そして、ホルザーロス卿はそれを知っているのか。
カルダン・ガウ国へ送った書状にまだ返答はない。
ナファフィステアは自分が拾われた場所を特定するために旅に出たのか? 欲しいものを見つけるためではなく? 彼女は攫われたも同然で王宮へ来たのか? 報告書にそれらの疑問に対する答えはない。
王宮へ来る前、ナファフィステアの身に何があったのか。カルダン・ガウ国の彼女に関する情報はすべて作り話なのかもしれない。当時の彼女はあの国の言葉も我が国の言葉も話せなかったのだから。
今すぐナファフィステアの元へ駆けつけたいところだが、そう身軽な身ではない。
ナファフィステアが攫われた当時のことを探っているという事実は、王宮から逃げたかったのではないという安堵感をもたらした。それは彼女が逃げたがっていないという理由にはならないが、本当に逃げたければ捜すより先に逃げる様子を見せるはずである。
彼女は王都を出て確認したいことがあったのだ。王都へ出ることも許さないのだから、彼女が旅に出る機会などあるはずもない。だから、今動いたのか。
報告書の文字を照らす灯りを眺めながら、考えを巡らせる。明日は忙しくなりそうだった。
翌朝すぐに宰相と副宰相を呼びだした。
二人の前に、報告書を差し出す。宰相が手に取り、読み終わった後、副宰相に手渡した。
沈黙のまま読み終わるのを待つ。
「これは、本当のことなのでしょうか?」
副宰相が報告書から顔を上げたのを確認し、宰相が口を開いた。
二人とも突然もたらされた情報に渋い顔をしている。本当のことだとすれば、隣国は王を、我が国を騙したことになるのだから。
「違うとは言い切れまい」
カルダン・ガウ国使者達の行動は、明らかに怪しい点が多いのだ。
ナファフィステア達の考えが間違っている証拠を探すより、正しいとして証拠を探すほうが早い。
「カルダン・ガウ国から来た使者について再度洗いなおせ。現地では彼等が情報を集める。あちらの情報が少しでも早く王宮へ届くよう手配せよ」
「承知いたしました」
宰相が答えた。そして、副宰相へ頷いて見せる。
副宰相は持参していた封書を開いて差し出してきた。
それはホルザーロス卿達を調査させた結果報告書だった。領地が遠く、詳細に調査させることを優先したため結果が出るまで日数がかかってしまったのだ。
「ホルザーロス卿と王女についてホルザーロス領における調査結果が昨晩届きました。王女は王宮からの帰路、事故に遭遇いたしました。使者達の反対を押し切り、ホルザーロス卿とともに領地へ向かっております」
副宰相の口から調査結果の内容が細かく説明された。ホルザーロス卿等が話した内容と一致する。彼等の言い分に不審な点はなさそうに思える。
事故において王女は軽傷であり長期療養の必要はなかった。だからこそ使者達は国へ帰ろうとした。だが、王女はそれを振り切りホルザーロス卿の手を取った。
王女が国に帰ることを拒んだのは、国に帰ると不都合があるからだ。その理由は。
何にせよ、王宮で王女と名乗った女性が下宮に滞在しているマレリーニャ嬢であることは間違いない。
「二年前に我が国を訪れた王女は、国内にいて外には出ていない、ということだな?」
「はい」
副宰相へ内容を確認していると、宰相が口を開いた。
「王女が偽物であるとすれば、カルダン・ガウ国は我が国を騙したことになりますな」
「何をするつもりだ?」
「カルダン・ガウ国は偽王女で我が国を騙したのなら、その時に我が国にいらしたナファフィステア妃のことをどうお考えなのでしょう」
宰相は、我が国を騙そうとしたカルダン・ガウ国へ、王女が偽物なのならナファフィステア妃も偽物なのか? どこまでも我が国を侮辱するつもりか!とカルダン・ガウ国と交渉しようというのだ。
「ナファフィステアの身分を保障させることができるか?」
「王女が偽者であるという確証さえあれば」
ナファフィステアをカルダン・ガウ国が差し出した時、彼女は異国の姫君ということにはなっているが、それはあやふやな記述でしかない。
しかし、どんな事柄であっても、それを一国の王が認めていることであれば事実となる。ナファフィステアが辺境の国の王族の娘であり、他国の王族として遇する必要がある存在だとカルダン・ガウ国国王に認めさせようというのだ。
ナファフィステアの出自をカルダン・ガウ国がいくらでも貶められるということが彼女を王妃にする場合の難点であった。その難点は、我が国を甘く見るとどうなるかと国力を見せ付ければ抑えられると思っていた。だが、情勢の危うい隣国に、優位な情報を持たせておくのは良策ではない。ナファフィステアの身分を確約させておけば、今後それがこちらの強みにもなる。
「こちらの思惑を悟られぬよう、うまく運べ」
「承知いたしました」
宰相はカルダン・ガウ国への交渉を検討するだろう。偽の王女であることを前提に。偽の王女である確証がとれるにはまだ日数を要することになる。ナファフィステアを呼び戻すべきか。
しかし、そこで調査は進められている上、ナファフィステアは当事者である。彼女が現地で調べる方が効率はいい。
呼び戻したい気持ちを押し殺す。
後は宰相達にまかせることにして、今日の執務を開始した。




