第9話(最初の町)
私がこの世界に到着した場所は、アンデという小さな町だった。この町の領主館に滞在していたらしい。
ユーロウスが交渉し、私達はここに滞在することになった。
領主は使用人を自由に使えるようにと残し、自分達は小さな別館に居を移している。この館をすっかり明け渡しているのである。当時も同じくそうしていたらしい。
ここは高い山と森に囲まれた静かな町だ。
領主は貴族ではない。もともとここを治めていた領主は血が途絶え、今の領主は国から管理を任されているのだという。
どこの領地も貴族が治めていると思っていたので驚きである。
「血が途絶えることはよくあることです。一般庶民に比べて貴族女性が産む子供の数は少ないですから。毎年、後継者がなく取り潰しになる貴族家はあります」
「貴族は減っているの?」
「陛下が貴族位を褒美として授けられることで、新しい貴族家ができますから増えも減りもしません」
ユーロウスは淡々と答えてくれた。
王宮にいる時と違って、彼は暇らしい。
騎士達は館の調査や警護など忙しく立ち働いている。侍女リリアは引き連れてきた他の女官と共に、これまた忙しそうである。
私は準備された客間で大人しくお茶をすすっていた。
私が動くと、忙しい彼等が余計に忙しくなるからである。ユーロウスが暇だとは思わなかったが。
「ユーロウス。モアイが身の振り方を考えた方がいいって言ってたでしょう?」
「モアイ?」
「ああ、その、宰相トルーセンスよ」
うっかりモアイと口に出すなんて、油断していた。でも、本当にモアイなのよ、あの顔。そのうち本人の前で口走りそう。きっとモアイの意味はわからないから口走っても大丈夫のはず。
自分に言い訳してみる。
そんな私にユーロウスは眉を寄せた。名前を間違うのは失礼な事だから、この反応もいたしかたない。
名前間違いはいけないわね、と反省する。かなり身分の高い人だから、大勢の前でうっかり間違えなんてしたらかなり不味いことになるだろう。
反省、反省。
でも、モアイ、なんだよね。
「こほんっ。で、私の今後のことなんだけどね。この旅の後、すぐに王宮を追い出されると思う? それとも、次の住まいが確保できるまで猶予をもらえるのかしら?」
私はわざとらしく空咳払いをして、質問を続けた。
ユーロウスは眉を寄せたまま渋い顔である。
だから、反省してるってば。
私は背筋を伸ばしてしゃんとして見せた。まだ名前間違いにこだわっているのかと思っていたのだが。
「宰相殿のお考えは、陛下のお考えとは異なるようでございます」
「へっ?」
ユーロウスの言葉は、私の予想したものとは大きく違っていた。
そうして間抜けな声が出てしまった。
完璧なマナーは遠いようだ。
「陛下は、この度のナファフィステア妃の外出をお許しにはなられましたが、非常に渋っておられました。ナファフィステア妃が王宮から居を移されるなど、陛下が許可なさるとはとても思えません」
そんなに渋っていたのか、陛下。以前、街へお茶しに行きたいと言っても危険だからと出してくれなかったくらいだから。
この様子だと、ユーロウスに今後の私の住居探しについて相談しにくい雰囲気だ。
やはりこういう相談は、侍女のリリアとか女官達の方がいいのかもしれない。
話題を変えよう。私は、他国の王女がどうしてこの国の貴族に後見されているのかと尋ねてみた。
「マレリーニャ王女は二年ほど前、カルダン・ガウ国から使者としてやってこられました。国への帰路の途中で怪我を負われ、ホルザーロス卿の元で傷を癒しておられたそうでございます。王女は十七歳とお若いため、後ろ盾として卿が名乗りを上げたものと思われます」
ユーロウスが経緯を説明してくれた。調べもしないのに、さすがに事務官だけあってよく知っている。でも尋ねた答えになってないような、と私は頭を傾げた。
ホルザーロス卿の元で傷を癒して? 二年も? 国に帰らず?
でも今十七歳ってことは当時は十五歳なわけで。ホルザーロス卿のあの目からして……。
それでもって、王様の目にとまったから王宮へということ?
王女様って、自由、だな。
ふうっとため息をつきながら考えを進める。
ん? 二年前に使者として来た? カルダン・ガウ国から?
それは、私を陛下に差し出した一行の中に王女がいたということでは?
私は頭の奥にしまわれていた当時の記憶を引っ張り出す。
王女? 王女なんていた?
確かに使者達一行は大勢いたけど、その中に王女がいたなら格別の待遇を受けていたのではないかと思う。
でも、でも、格別の待遇を受けていたのは、ベールを被せられた私だったような。つまり、私が王女の代わりだった?
いや、まさか、ね。
私はユーロウスに、ここの領主や使用人達に当時の様子を詳しく聞いてほしいと頼んだ。
「理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「私は、おそらくこのアンデの町でカルダン・ガウ国の使者達に拾われたんだと思う。その使者の中に、王女がいたか確認したいの」
ふと思い浮かんだ疑問から確認したかっただけで口に出したことだったけれど。
ユーロウスだけでなく、そばに控えていたリリア、警護しているカウンゼル達も私を問いかけるように見つめてくる。
お、おや?
「そのお話、もう少し詳しくお聞かせいただけませんか?」
そう言って、騎士カウンゼルが椅子に座るユーロウスの背後に立った。
軽く思ったことだったけど、彼等の真剣な顔に重大なことなんじゃないかと思い始めた。
まずかった、かな。今更だけど。
確証がないことを口に出すべきではないけど、私は当時の様子をできるだけ詳しく思い出しながら、彼等に語って聞かせた。
私の世話をしていた女性達の様子、見張っていた騎士達の様子。ベールを被り豪華な衣装を着せられ、誰とも接触しないよう厳重に警護されていたこと。彼等の馬車の数や大まかな人数など。何が情報になるかわからないから、思いつくまま言葉にした。
「それでは、ナファフィステア妃は、カルダン・ガウ国からいらしたのではなく、この国の方なのですか?」
驚いたようにユーロウスが私を見て言った。まじまじと私の顔を見ている。
「この国の人間ではないわ。遠い国から来たことは確かよ」
「そう、ですか」
「この町へ来る前の彼等の様子を調べさせます」
カウンゼルはすぐさま部屋を出て行った。
その勢いにつられてユーロウスも立ち上がった。
「私も館の者にナファフィステア妃がいらした当時の様子を詳しく聞き取って参ります」
私がこの世界へやってきた場所へ行きたいと思っただけの旅だったけれど。
何だか、きな臭い話しになってきたようだ。
静かにお茶が目の前に差し出された。
心配そうなリリアに、私は少しだけ笑って見せ、お茶を受け取った。




