第8話(辿った道)
「ナファフィステア妃、一体どちらへ向かわれるおつもりですか?」
王宮を出て数日後、ひたすら馬車を走らせる私に、侍女リリアが尋ねた。
「そうね、もう少し先まで、かな」
揺れる馬車の窓から外を眺めながら、私はのんびりとリリアに答えた。
外の景色には見憶えがあるような、ないような。この道は、おそらく私が王宮へ差し出されるために隣国カルダン・ガウの使者達の馬車に乗せられて通ったと思われる道。の、はずなんだけど。
日本の田舎道を走れば似たような風景があちこちにあるように、この世界もまた王都を離れた景色にこれといった特徴はない。
のんびりと丘を越え、森を過ぎ、橋を渡る。来た時の進行方向が逆だから、見え方が違うのかもしれない。
でも、この道で本当にあっているのか、自信がない。間違っていたらと不安が押し寄せてくる。
この機会を逃せば、もう連れてこられた道を辿ることなんてできないだろう。旅行をするのは裕福な人だけの非常に贅沢なこと。女性だけで旅とか絶対にあり得ない。お役御免になれば、旅などできるはずがないのだから。
この世界へ来て、私は王宮の一角と王都のごく一部にしか行ったことがない。どうしても私がこの世界へ着いた場所へ行ってみたかった。
ただ、その場所を私は知らない。
この世界で気がついた時、何処かの館のベッドの上だった。当時は言葉も通じなかったし、軟禁状態だった気がする。だから、その場所のことを知る手掛かりはない。頼りは自分の見た風景のみという実に不確かな情報だけ。
隣国が私を差し出したからといって、私は隣国で拾われたわけではないと思っている。
私が覚えているのは、山間の田舎風景ばかりで、人が賑わっていた街は数える程だったし、通過した町に兵士はほとんど見ていない。国境を越えたなら多くの兵士を見たはずだと思う。
あの時の旅は、私がはじめて馬車に乗せられてから王宮へ着くまで二週間かかった。どこまで行くことになるのだろう。
窓の外に見える山はまだはるか遠い。
もっと近くに見えていたと思う。
馬車はガタガタと揺れ、不安そうな顔で見つめるリリアに私は何も言わずにいた。
そうして数日後。
馬車から見える風景が一変した。山間部に入ったのである。
私は俄然熱心に馬車から身を乗り出し、きょろきょろと外の風景を観察した。
あの時、もっと熱心に見ておけばよかったとどれ程後悔したことか。見ても覚えていなかったかもしれないけど。
ここがそうかも!
そう思っては馬車を止め、大集団が宿泊できそうな大きな館を確認する。
すると、確かに二年ちょっと前の旅で宿泊していたことはわかった。でも最初に私が滞在していた場所ではないと知り、先の町へと歩みを進める。
そして、ここは!と思っては馬車を止める。
それを何度も繰り返した。
山間部に入って、急に旅の進行速度は落ちてしまった。
「ナファフィステア妃の来られた道を辿っておられるのですね」
侍女リリアにも私のしていることがわかったようだった。
一応、ユーロウスや警護騎士のカウンゼル達には説明していたのだけど、行く先については多くの者が知る必要はないとのカウンゼルの指示に従い、リリアには話していなかった。
「そう。こんな時でもないと、来ることはないでしょう?」
「随分ゆっくりと進んでおられたのですね。こんな山間の小さな町ごとに御泊りになってらしたとは」
リリアの言うとおり、私もそれが気になっていた。
当時はわからなかったけれど、半日走れば着く隣町に移動しては宿泊していたカルダン・ガウ国使者一行。
一日走らせれば日程が半分ですんだはず。わざわざ王都到着を遅らせていたとしか思えないような行程だった。
私が最初に記憶にある館では数日を過ごしているのだ。わざわざ私を拾って王都へ運ぶというのも、考えてみればおかしなことだ。いくら珍しい黒髪だったとはいえ、この国で見つけたものを、この国の王へ差し出すとは。
使者達は一体何をしていたんだろう?
そうこうしている内に、私が記憶している館を見つけた。
王宮を出て七日目のことだった。




