願いをつかめ、想いを解き放せ①
「ラトレ村の食堂は美味しくないか……」
しばらく、村を歩き回った私は表情を曇らせる。
アリスの実家以外は、どこにも食堂が見当たらなかったのだ。
つまり、この噂は、アリスの実家の食堂を潰すためだけに流されたものだと分かる。
証拠もない、根も葉もない噂。
噂を流しているのは恐らく、ルージュ王国の関係者だろう。
ジルハルト殿下の企みを覆すことは、なかなか険しいかもしれない。
「とにかく、何とかしなくちゃね」
私は村の人たちに挨拶をした後、アリスの実家にお世話になることになった。
食堂といっても、他の家と変わらない質素な造りだった。
店内には、誰もいない。
それに、なかなか掃除が行き届いていないのか、しっかり手入れすれば、美しいはずの壁やテーブルは少し薄汚れている。
家計は火の車だと、アリスは言っていた。
掃除に関する精霊を呼び出せば、以前のような美しさを取り戻せるかもしれない。
そう考えていると。
「アウリ、紹介するわね。わたしの両親です」
アリスに招かれて、私はアリスの両親の前に立った。
「……は、初めまして、星を司る大精霊、アウリス・クロエと申します。アリスと名前が同じでまぎわらしいので、アウリと呼んでください。これからよろしくお願いいたします」
「娘から、事情は聞いております。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
物怖じしつつも、私がぺこりと頭を下げると、アリスの両親は丁重に出迎えてくれた。
「アリスから聞いているけれど、いろいろと手助けしてくれるみたいで、本当にありがとうございます」
「アウリ様、感謝いたします」
「いえいえ、私の方こそ、アリスには世話になりっぱなしです」
アリスの両親の温かなぬくもり。
その優しい言葉に強く強く、私の心がわしづかまれた。
私はぐるりと店内を見渡す。
「ここで、たくさんのお客様の笑顔が生まれたんですね! こんな素敵なお店で働けるなんて、私、嬉しいです!」
「そんなに喜んでもらえるなら、私たちも嬉しいよ」
アリスのお父さんの励ましに、緊張もほぐれてくる。
そのおかげで、食堂の現状を説明されている頃には、私の精神も一応は落ち着いてきた。
お店は一階が食堂、二階は居住スペースになっていた。
「ここが、アウリ様の部屋になります」
室内をくまなく足を運び、やがて、部屋に案内される。
「こんな広い部屋をいいんですか?」
私は思わず、慌てふためく。
案内されたのは、この家で一番、広い部屋だったからだ。
「いえ、むしろ、このような部屋しかご用意できなくて申し訳ございません」
「そんなことないです。こんな素敵な部屋、ありがとうございます」
アリスのお母さんの優しい言葉に、私は泣きたくなるのをこらえた。
少なくとも、この村の人たちは、私を『女神様専属の異世界TVのアナウンサー』じゃなく、『星を司る大精霊、アウリス・クロエ』として認めてくれている。
そう思うと、凍てついた心に温かい光が差し込むようだった。
アリスの両親は、行くあても住む場所もなく、途方に暮れていた私を温かく迎えてくれた。
この恩に報いるためにも頑張らなくちゃ!
できる限りのことを、精一杯やろうという意欲が湧いてくる。
ひととおり部屋を回った後、私は店内をもう一度見た。
「さて、まずは掃除しなくちゃ」
薄汚れている店内は、旅人たちにとっては外聞がよくない。
訪れた旅人たちの心証を悪くすることは避けたかった。
「アウリ、わたしも手伝うわ」
その様子を見ていたアリスが声をかけてくる。
「生活魔法で掃除するの?」
「うん。時間がかからないし、負担も少ないからね」
その答えに、私は「なるほど」と納得した。
前世ではホウキや掃除機などを使っていたけれど、今世では魔法がある。
魔法は便利だ。
かなり手間を減らせる。
しかも、私たちは、他の人には使えない万能な魔法やスキルも持っている。
もちろん、それは他のアウリスたちにも言えるのだけどね。
私たちは全員、現代知識チート状態。
しかも、みんな、規格外のスキルを持っている。
お気楽ご気楽結果オーライな女神様さえも、さすがに危惧して、私を異世界TVのアナウンサーに任命したくらいだ。
「よし! これなら、すぐに終わりそう!」
私はしっかり背筋を伸ばし、この世の終わりを迎えたような顔をしているアリスの両親に優しく声をかけた。
「アリスのお父さん、お母さん、安心してください。きっと、うまくいきます。お店は以前のような活気を取り戻しますよ」
「でも……」
アリスのお母さんは、しゅんと肩を落としてしまった。
その落ち込みようは、会ったばかりであるが、気の毒になってしまう。
「大丈夫です! 見ていてください! ねえ、アリス!」
「ええ。二人がかりなら、あっという間に掃除は終わりそうね!」
アリスが宣言したとおり、お掃除ロボットのような容姿の精霊さんと生活魔法を駆使したことによって、瞬く間に店内は綺麗になった。
窓から明るい外の光が差し込んでいて、テーブルやイスは早く使ってほしいとばかりにキラキラと輝いている。
もはや、店内には、お店が潰れそうだなんて、暗いイメージはどこにもなかった。




