やがて、打ち上げの空へ②
『聖女アウリス・リネット。あなたにお願いがあってここまで来たの』
「あ、その前に」
『……えっ?』
私の発言に、彼女は困ったように笑う。
その表情に何だか、胸を衝かれた。
「ねえ、その、アウリス・リネットって呼ぶの、やめてくれない」
『でも、同じ名前だから、まぎわらしくない』
私の戸惑いに、彼女は「確かにね」と考え込む。
「なら、わたしのことは『アリス』って呼んで。村のみんなからは、そう呼ばれていたから」
『分かったわ。アリス、これからよろしくね。私は「アウリ」って呼んで』
「分かったわ」
同じ私だからかな。
アリスとは、自然と会話が弾む。
意思疎通しやすいからかもしれない。
『で、話は戻るんだけど、私を召喚して、契約してほしいのよ』
「契約?」
私の言葉に、アリスは不思議そうに首をかしげる。
『ほら、女神様が、星の大精霊に転生した私を、異世界TVのアナウンサーに任命したでしょう。そのせいで、私一人だけ、いまだに女神様のために、異世界TVのアナウンサーの仕事をしている状態なの』
私は今までの苦労を語る。
『私もいい加減、みんなみたいに自由になりたいのよ』
「なるほどね。別にいいわよ」
私が放った願いを、アリスは軽やかに受け止めてくれた。
その瞬間、私の表情はぱっと明るくなる。
『ほんと!?』
「うん。わたしもさすがに、その状態が続くのは嫌だし」
私を後押しする声。
共感してくれる仲間。
元は同じ自分。
すぐに私の気持ちを理解してくれたみたいだ。
『じゃあ、早速、契約を済ませてしましょう』
私は本体をアリスがいる場所まで移動させると、ふわりと地に足をつける。
大精霊にはほとんどお目にかかれないため、アリスはちょっぴり驚くものの。
「わたしが精霊になると、こんな感じなのね」
私の存在をすんなりと受け入れてくれた。
そして、私たちは向かい合うと、厳かに儀式を執り行っていく。
森の中に星の光が降り注ぎ、私の姿が実体化していった。
「やったー! これで私の姿は、他の人間たちにも見えますよ!」
「アウリ、良かったわね!」
実体化成功!
無事に契約を済ませた私は、これで自由の身だ。
新たな精霊との契約に、アリスも喜んでくれたみたい。
ふぅ……。
女神様が何かしらにつけて、文句を言ってくるかもしれないけれど。
女神様のためだけに、異世界TVのアナウンサーをするのはもう、こりごりだ。
まあ、アナウンサー兼レポーターとして、現地取材したら、女神様も満足してくれるかもしれないし、きっと大丈夫よね。
よし、これからは自分の意思で自由に生きてみせる!
ぐっと意気込んでいたら、アリスが躊躇いがちに話かけてきた。
「アウリ……。わたしが、ルージュ王国の第一王子、ジルハルト殿下に、婚約破棄されたこと、知っている?」
「ええ。異世界TVのアナウンサーとして、各地を飛び回っていたからね」
アリスは、心に暗いものを引きずっているように声を落とした。
「殿下の気分に損ねたら、いつ左遷されるか、分からない。殿下の行いに物申すなんて、当然、許されないこと……」
その言葉に、嫌な予感がよぎった。
アリスは恐らく、婚約破棄されたことを気にしていないだろう。
だが――ざぁっと全身から一気に血の気が引いた。
「やったぁぁぁっ! ようやく、解放されたあぁああっ! ……って感激して、景気づけに実家に帰ろうと思ったんだけど、手紙が届いたのよ。両親が営んでいる食堂が潰れそうって……」
アリスの言葉は、そこで途切れた。
胸がちくりと痛む。
その原因って、もしかして――。
予想外なことに動揺している私に、アリスは気丈に振る舞う。
「わたしの実家は、小さな村で食堂を経営しているんだけどね。わたしが殿下に楯突いたことで、商売あがったりみたいなの」
「それって、ジルハルト殿下から妨害を受けているってこと?」
「うん……」
アリスの実家の食堂は、こぢんまりとしたお店だ。
客を持っていかれたとあっては、経済的に打撃だろう。
ジルハルト殿下によって、お店の客が根こそぎ奪われてしまった。
なにそれ。
自分は平然と、公爵令嬢と浮気していたくせに許せない。
ルージュ王国を、魔物の脅威にさらしたのは魔王の私だったけれど。
それでも、それでも――。
「このまま、黙っていたら、聖女の名折れ! 星の大精霊である私と契約を果たしたんだもの! きっちり見返してやらなくちゃ!」
「そうね! このまま、やられっぱなしじゃいられないわ!」
怒り心頭の私の気持ちに、シンパシーを感じたのだろう。
アリスは、今まで溜め込んでいた怒りを思いっきりぶつける。
「そもそも、ジルハルト殿下は浮気したり、婚約破棄したりと勝手すぎるのよ! まあ、わたしとしては、殿下と婚約破棄できて願ったり、叶ったりだけどね!」
アリスの熱弁に、私もしきりにうなずいた。
鬱蒼とした森。
ひしめく樹木の海。
私たちはひとしきり、ジルハルト殿下の文句を言い合う。
ここは森だし、私の大精霊の加護がある。
誰かが、私たちの言葉を聞くことはないだろう。
転生の間にいる女神様たち以外はね。




