やがて、打ち上げの空へ①
ごくまれに前世の記憶を持っている人がいる。
そして通常、それは一人の人物が新たな来世を迎えていた時に起こる事柄だけどね。
女神様の気まぐれか。
同じ前世を持つ者たちが、たくさんいる場合もある。
そして、今まさに、そんな稀有な存在の一人、星の大精霊の私、アウリス・クロエが地上に舞い降りた。
「早く、みんなと再会したいわね」
私たちには『日本の高校一年生の女の子だった』という記憶が、しかと脳裏に焼きついている。
いわゆる、異世界転生者というものだ。
日本の高校に入学したばかりの頃、通学途中に事故に遭った。
意識が朦朧としてきて、そのまま命を落としてしまったような記憶がある。
この辺りはひどく曖昧だ。
だから、転生の間に来た直後、ひどく混乱したものだ。
何しろ、女神様の凡ミスで、私の存在が11人に分裂してしまっていたんだから。
まさか、自分が分裂するという事象を経験するとは夢にも思わなかった。
さてさて、そんな破天荒な状況の中、星の大精霊の私、アウリス・クロエは、聖女の私に召喚してもらって、異世界『アルトクラン』の生活を堪能することにしたんだけど。
うーん。
でも、アウリス・リネットは最近、婚約破棄されたばかりなのよね。
声に変わる前の想いだけが、転生の間の空気にかすかに残った。
今すぐ、私の声を届けてバンザイ三唱したい気分だけど、冷静に考えれば、少しぶしつけなのでは?
そう思い至ったんだけど……。
……うん!
きっと、大丈夫よね!
私は素早く、腕まくりして、異世界に行くための準備を始める。
「まあ、同じ私だから、特段、気にしていないと思うし」
私はあっけらかんとしてつぶやく。
「そもそも、意中の公爵令嬢と結ばれたいために、聖女である私を捨てた。そんな相手、こちらから願い下げだもの」
私はこぶしを突き上げて力強く言った。
「言われるままに泣き寝入りするのは、聖女の名折れ! 星の大精霊である私と契約して、きっちり見返してやらなくちゃ!」
存在が分裂したとはいえ、元は『私』だ。
環境が変わったことによる変化はあるとはいえ、基本的なところは変わっていないはず。
理不尽な待遇。
ジルハルト殿下から、不当な扱いを受けた。
この婚約にもはや、未練はないだろう。
「星を司る大精霊、アウリス・クロエ様。どちらへ?」
「いつもみたいに、異世界『アルトクラン』の状況を見て回ってくるわ」
テレビの精霊さんの問いかけに、私はさらりと答える。
ついでに、聖女アウリス・リネットと契約してくるのだけどね。
とは言わずもがな。
ふわりと宙を回った私は早速、彼女がいる場所を探すことにした。
*
温暖な気候のもと、多種様々な農作物で繁栄してきた小国、ルージュ王国。
青い空、そこを流れていく雲。
心地よく、私の頬をなでていく風。
深くて、すごく雄大な景色。
遠くに見える山も美しい。
「転生の間にいる時と比べて、なんて開放的なの!」
見慣れた光景だけど、目的ができたからかな。
いつもより、特別に思える。
私はまるで自由という言葉を表すように、広々とした景色を堪能した。
「無事に、契約が成功したら、私は自由の身になれるのよね!」
ふわふわと浮かびながら、空を見上げて、両手を上げる。
もはや、私の胸は解放感でいっぱいだ。
「よし。ここからなら、彼女に、私の……精霊の声を届けられるはず!」
聖女なら、精霊が見えるかもしれない。
本当は直接、会うのが手っ取り早いが、聖女アウリス・リネットは一度、赤ちゃんから人生をやり直している。
私と同じ前世を共有する存在とはいえ、突然、姿を見せたら、混乱するかもしれない。
そのことを配慮する必要がある。
まずは彼女の心に念じて、私の事情を話そうと思った。
「聖女アウリス・リネット……。聖女アウリス・リネット……と」
意識を集中させると、ぱっと景色が変わる。
私は、一人の女の子と目が合っていた。
王都から出たばかりだろうか。
彼女は木々がうっそうと生い茂る森の道を、とぼとぼと歩いていた。
瞳の色はエメラルドグリーン。
ピンクブロンドの髪はふわっとして、肩より長い。
大きなカバンを抱えている。
うんうん、間違いない!
彼女が、聖女アウリス・リネットだ!
『聖女アウリス・リネット。私の声が聞こえますか?』
私は意識して、厳かに告げる。
すると、彼女はぎょっとしたように辺りを見渡し始めた。
「……ええっ? どこからか、声が聞こえる? もしかして、妖精とか、精霊とか?」
そんな奇跡を目の当たりにした顔で、言われてもね。
でも、妖精や精霊とは話したことがあるみたいだから、私の存在をすぐに理解してくれそう!
私は一呼吸置くと、こほんと咳払いした。
『はい、その通りです。私は、異世界TVのアナウンサーを任された、星を司る大精霊、アウリス・クロエです。あなたと同じ人物の転生者ですよ』
「同じ人物の転生者? もしかして、あなたって、わたし……っ」
思わず言いかけた彼女は慌てて口を覆った。
うっかり口にしてしまったことに気づいたのだろう。
すぐに、そっと周りを確認する。
だが、ここは森の中。
動物たちはいても、人はいないようだ。
ほっと胸をなで下ろすと、彼女はぽつりとつぶやいた。
「そういえば、いたわね。分裂した時に、星の大精霊になったわたしが……」
『そうそう。それが私なの』
私はふふんと胸を張る。
前世の記憶がなかったら、どうしようかと思っていたけれど。
どうやら、取り越し苦労だったみたい。




