王国への意趣返し①
部屋の窓に、朝日が差し込む。
それでも、まだ少し肌寒い。
「お願い……。冷暖房の精霊さん、もう少しだけ部屋を暖めて……」
私はゴロゴロとベッドに寝転がっていた。
精霊だから、寒さとは無縁。
そう思っていた頃が、私にもありました。
前世の感覚が抜けない私は、精霊になっても寒暖差には敏感だ。
『アウリス・クロエ様。食堂の開店準備が始まっています。これ以上は無理です。早く起きられた方がよろしいかと』
「えっ!? もう、そんな時間!」
冷暖房の精霊さんの言葉に、私はベッドから飛び起きると慌てて支度する。
本当は心ゆくまで寝たいのだけど、食堂の朝は早い。
そろそろ、下ごしらえを始めないといけない。
私は素早くエプロンをつけて腕まくりすると、食堂の開店準備に向かった。
「アリス、おはよう」
「おはよう、アウリ」
同じく準備のために下りてきたアリスと挨拶を交わす。
アリスは、同じ前世を持つ私だけど、もはや親友のような存在だ。
村のみんなとも仲良くなったし、異世界『アルトクラン』での生活は順調だった。
「アウリ様、おはようございます。この厨房にまた、火をつけてくれてありがとうございます」
出迎えてくれたアリスのお父さんの言葉に、胸がじんと熱くなる。
開店準備を進めて、食堂のドアを開けると既に長蛇の列ができていた。
開店早々に、注文が殺到する。
「ナポリタンを二つ、いただけないかしら?」
「はい、少々、お待ちください」
私はバタバタと食堂を駆け回っていた。
大盛況のうちに幕を閉じたテレビの番組。
その日を境に、ラトレ村の存在は世界中に知れ渡ることになった。
特にナポリタンやカツサンドは、アリスが料理の美味しさを呼びかけたことで、地方の町や村まで行き渡るようになった。
今では、ナポリタンとカツサンドは、ラトレ村の名物料理になっている。
さらに私の星魔法の効果で、キラキラと輝くデザート。
アリスの聖魔法が込められた、疲れが吹き飛ぶスープ。
『美味しくない』というデマを一瞬で塗り替える新料理の開発は、瞬く間に多くの人たちを虜にした。
「こんな美味しい飲み物、初めて!」
「すごーい!」
子どもたちが声を大にして飲んでいるのは、『あまおうドリンク』。
ジューシーな甘みと爽やかな酸味、そして華やかな香りが特徴の飲み物だ。
あまおうは本来、この世界には存在しない。
だけど、私は日本にあるものを具現化した精霊を呼び出せる。
リモコンで灯りがつく、電灯の精霊さん。
日本の食材や飲み物などを取り出せる、冷蔵庫の精霊さん。
野外でも料理を作ることができる、料理用のコンロの精霊さん。
寒暖差に欠かせない、冷暖房の精霊さん。
つまり、日本にあるものすべてを、この世界で『精霊』として生み出すことができるというわけだ。
際限なく、日本の便利な機械や雑貨、おいしい料理や飲み物の数々を味わえる力。
おかげで、食堂は大忙しだ。
何ともめまぐるしい。
行列が絶えない食堂は、連日大盛況だ。
楽しみも美味しさも次に繋がる。
ラトレ村は観光客で賑わい、市場を設ければ、麦やトマトは飛ぶように売れていく。
サフランくんの魔道具工房も、貴族や商人から発注希望がひっきりなしに届いている。
その優れた機能が、すごいと評判になっているみたい。
ラトレ村は認知され始めたし、人出も増えて嬉しい限りだ。
ただ、問題もある。
村で、不正を働く者たちも出てきたのだ。
当然、持ち逃げなどもあったみたいだけど、この村は魔王軍によって守られている。
魔王ウリたちの助力によって、すぐに犯人は捕らえられたらしい。
「村は大盛況になったけれど、その分、村の治安も悪くなってきたわね……」
テレビ番組が放送されたことによって、ラトレ村は活気に溢れている。
だが、それに伴い、狼藉を働く冒険者や商人さんたちも、村を出入りするようになってしまった。
『ラトレ村に危害を加える者はすべて、この村には入れさせない』
魔王ウリはそう宣言していたけれど、さすがにすべての人たちを選別することはできないのだろう。
「ラトレ村に、自衛のための兵士が派遣されたらいいんだけど、ジルハルト殿下のせいで、それもないからね」
食堂の閉店作業を終えた後、私は部屋で頭を悩ませる。
たとえ、村に盗賊が現れても、ルージュ王国の警備騎士団は来ないだろう。
なら、私たちだけで、治安を良くする方法を考え出さないといけない。
魔王軍は精鋭ぞろいだ。
だが、王家や貴族、領主が関わってくると、話は変わってくる。
ルージュ王国からの妨害のことも視野に入れないといけない。
「防犯カメラの精霊さんを呼ぶこともできるけれど、さすがに村全体となると厳しいわね」
人手がほしいけれど、村には戦える人はほとんどいない。
傭兵を雇うにしても、費用がかさむ。
考えれば、問題が山積みだ。
「ラトレ村の発展。それと同時に、村のみんなの笑顔を守りたいというのは難しい願いなのかな……」
私は、村のみんなの顔を浮かべながらつぶやく。
星を司る大精霊。
自分と同じ属性の眷属(精霊)を生み出すことができる。
そして、『日本にあるものを具現化した存在』を呼び出せる者。
そんな私に、何ができるのだろう。
すべてが前途多難。
ただ、不安だけが転がっていた。




