無駄な人生・カスい人生……上等じゃねぇか! この世に無駄の全く無い、完全な人間なんていねぇんだよ!
2010年10月27日の作品です。
『弘法も筆の誤り』という言葉があります。
『猿も木から落ちる』とも申します。
どんなに偉い人にだって間違いや誤りがあり、どこかで無駄な選択をしてきた筈です。
したがって、この世にいる無駄と言われてるヤツ・カスと言われてる、思ってるヤツ、何も臆する事ぁねぇ! 胸張って生きやがれ! テメェらはポンコツじゃねぇ! テメェらもマトモな人間様なんだよ!
人生において、全くの無駄な事を経験した事が無い人は、いったいどれだけいるでしょうか。人は生きている以上、常に選択を続けています。朝起きるか、眠り続けるか。今日の仕事や学校に行くか、休むかずる休みするか。お昼ご飯に何を食べるか。帰り道、真っ直ぐ帰るか、寄り道するか。こんなのは、選択の極々一部にしかすぎません。
この選択に○×クイズのように正解、不正解が存在するでしょうか。答えは否だと私は思います。人生の選択において不正解の選択など、有り得ないと考える訳です。
ストレス社会において、精神的疾患を患う者も少なくありません。しかし、有名な精神的疾患である『鬱』であれば、別名『心の風邪』と呼ばれる程身近な疾患です。
学校等においてもイジメ問題等が取り上げられますが、これも極論イジメる側への選択であり、イジメられる側への選択なのだと思います。私事ですが、私もかつては、このイジメられる側にいましたが、ある時をきっかけにイジメる側へと移行しました。だからと言って全員がそうだとは言い切れないのも事実ですが、これも選択の一部なのだと思います。
話がそれましたが、誤った選択、間違った選択をしてしまうのは、生きている以上、必然なのだと考える訳です。
しかしながら、その自分の誤った選択を棚に上げて人に対して、『無駄の多い人生だな』なんて言ってしまう人がいる。自分の殻に閉じこもり、人間不信に近い状態になり自分をカスだという人がいる。自分よりも、力がない、知力がない、能力が無いからと言って他人をカス扱いする人がいる。
私は声を大にして申します。
「無駄な人生上等じゃねぇか! カスいヤツ上等じゃねぇか! 皆同じように悩んで苦しんで、もがきながらこの世界を生きてんだよ! 周りと変わらねぇ人間じゃねぇか! 無駄でもいい! カスでもいい! 胸張って堂々と生きやがれ!! お前の人生はお前のモノだ! 他人にとやかく言われるいわれはねぇ!」
だろ? そうは思わねぇか?
ねぇ、皆さんそうは思いませんか?
こんな事、思ってるヤツ、少しはスッキリ出来たかい?




