第04話 世界の真理、それは百合
「いい匂い!」
私とレティシアの身長は、ほぼ同じくらい。
抱きついても、自然と胸に顔を埋めることはできない。
だから、私は膝を少し落として抱きついた。
「柔らかい!」
Dカップに溺れながら顔を猛烈に頬ずりする。
素晴らしい。
薄い本の向こう側にしかなかった現実がここにあった。
いや、現実ではない。
パラダイスだ。
「最高!」
悪役令嬢、レティシア・デ・シールド・ヴァレンタイン。
私が何周もプレイしたRPG乙女ゲームに登場する、主人公のライバルである。
同時に理解した。
私が、その乙女ゲームの主人公だと。
そういえば、主人公のデフォルト名は『フィオナ・ルーチェ』だった。
毎回、自分の名前を入力していたから、ど忘れしていた。
「この方が……。聖女?」
「はっはっ、おもしれー女」
ふとジャガイモの声が聞こえた。
パラダイスから顔を上げると、近くにイケメン二人がいた。
この国の皇太子と、騎士団長の息子だった。
自己紹介はなくても一目で分かった。
レティのときと同じように、二人もまた、二次元の画像しか知らなくても魂がそう理解させてきた。
つまり、乙女ゲームの攻略対象だ。
そして彼らは、悪役令嬢であるレティシアを、いずれどん底に突き落とす存在でもある。
「この世の悪!」
私は、皇太子に殴りかかった。
「えっ!? い、いきなり、何?」
「そいつは笑えねえーな」
だが、拳が届くよりも早く、騎士団長の息子に手首を掴まれた。
さすが、乙女ゲーム内一の脳筋である。
「痛っ!?」
私に触れていいのは、レティだけなのに。
全身に鳥肌が立った。
「た、助けて! レ、レティ!」
「えっ!? えっ!? えっ!?」
涙目で振り返ると、レティはおろおろと戸惑っていた。
可愛い。
好き。
尊い。
「レティシア、知り合いなのかな?」
「……しょ、初対面のはずですが」
しかし、私とレティの崇高な時間を邪魔するアホがいた。
即座に、空いている左拳で皇太子に殴りかかる。
「ボンクラが! レティの名前を軽々しく呼ぶな!」
「懲りねえ、聖女さまだな!」
私は、騎士団長の息子に鎮圧された。
******
「私は狂犬じゃありません。聖女です」
私は、正座させられていた。
横暴だ。
理不尽だ。
「そうは言ってもね……。」
皇太子、アルベルト・デ・サーマル・レーベルマ・アルビオンはため息をついた。
彼は、現時点でのレティの婚約者である。
(死ねばいいのに)
私は呪いをこめて睨みつけた。
「面白すぎて、逆に笑えねえんだよ」
騎士団長の息子、ライオット・デ・バカルディ・グンダーがため息を重ねた。
乙女ゲームの中で、レティが裏ボス化したとき、彼女を処刑する役目の男である。
(明日、死なないかな)
私は聖女パワーで神に祈りを捧げた。
「フィオナ・ルーチェ、感心しませんわ。
聖女ともあろう者が、いきなり暴力を振るうなんて」
レティもため息を重ねた。
ここは、私がアホに殴りかかった学園のエントランスではない。
人目があるからと、場所を変えた生徒会室だ。
それを提案したのは、レティだった。
「レティ、優しい。好き」
そう、レティは悪役令嬢の役だが、実は優しいのだ。
それを、レティ視点のDLCを購入した私は、知り尽くしていた。
『聖女と呼ばれているようだけど、ここでは通用しないわ』
たとえば、出会い頭に浴びせられたこの言葉。
これは、公爵令嬢であるレティが、最初に釘を刺すことで、周囲に手出しをさせないためのものだ。
ゲーム中のきつい言葉や嫌がらせにも、すべて優しさと意図がある。
ただ悲しいかな、DLCで内面を知らないと、レティの言動は悪役令嬢そのものに見えてしまう。
「ひっ……。」
だが、それを語ることはできない。
レティに怯えられようとも、この世界は現実で、ゲームではないのだから。
この想い、レティに届け。
私の聖女力が溢れて、腰がもぞもぞしてしまう。
「あっ!? ……そう、そういうことか」
目をはっと見開いた。
私が乙女ゲームの主人公ということはだ。
薄い本で、レティに色々な意味でいじめられていた主人公は、私ということになる。
それが公式のものでなくても、ここは現実だ。
そういう未来も、作れるはずだ。
「えへへっ……。しゅき……。」
まさに、薔薇色の未来。
いや、百合色か。
「その手の趣味は否定しないけど……
教会では禁止されているのでは?」
アルベルトのアホが、顔を引きつらせながら問いかけてきた。
聖女として、説法を学んだ私を舐めるなよ。
「禁じられようと、止められないのなら、それは真理です。
男の人は男の人同士で、女の子は女の子同士で、恋愛すべきだと思うんです」
そんなことを語っているうちに、胸がほわほわとしてきた。
熱くなった頬を思わず両手で押さえる。
「おもしれー女じゃなくて、やべー女だった」
ライオットのボケが、触れた宇宙の真理に気圧され、右足を退いた。
チャンス到来。
すかさずレティの足に飛びつく。
「キャっ!?」
そのまま、尻もちをついたレティにもっと密着しようとする。
「今日のレティは黒なんだね! セクシーだよ!」
「や、止めっ、止めなさい!」
レティに止められながら、スカート越しに頭をぽかぽかと叩かれる。
やっぱり、レティは優しい。
もっと強く叩いてもいいのに。
むしろ、本気で打って欲しい。
「ライオット!」
「分かってるよ!」
しかし、至福は長く続かなかった。
アホとボケによって、私とレティの愛は引き剥がされた。




