第03話 青春、始まります
「もうすぐ着きますよ。聖女様」
馬車の車輪が回り、石畳をカラコロと叩く。
桜っぽい花びらが舞う春、私は総本山の神殿を離れることになった。
元々チート持ちだったのか。
それとも、聖女となった影響なのか。
私には、魔法の才能があったらしい。
いわゆる僧侶系の魔法に限るが、人の倍以上の速さで習得できた。
十五歳になった頃には、教皇様から一人前と認められていた。
『あとは、実際の経験を積むだけです。
春から、オーガスタ帝立学院に通ってもらいます。よろしいですね?』
いや、よろしくない。
経験を積むことについては、分かる。
民衆の光たる聖女が、総本山の奥にいては光が届かない。
神託にも、『汝の勇者を導け』とあった。
私が望んでいた田舎暮らしとは違うが、勇者と共に世界を巡る旅も、悪くないと思っていた。
「本当にいいのかな?」
「何がです?」
「皆が頑張っているのに、私だけ特別扱いされて……。」
勇者と聖女。
この組み合わせなら、安心感もある。
孤児院で聞いた、冒険者たちの末路にはならないだろう。
いざとなれば、各地の教会が支援をしてくれる。
少なくとも、宿と食事に困ることはない。
「何をおっしゃいます!
聖女様は、誰よりも頑張っていらっしゃいました!」
「それは神殿の誰もが認めるところ!」
「ならば、ご褒美があってもよろしいではありませんか!」
だが、学校に通う。
これがさっぱり分からない。
この世界での成人年齢は、十五歳。
我が国『アルビオン帝国』には、成人を迎えた貴族子弟に入学が義務付けられている学校がある。
それが、オーガスタ帝立学院だ。
「はぁ……。ご褒美ですか」
「我らの神も、お認めになってくださいます。
聖女様は、思う存分に青春を謳歌してよいのです」
「青春……。」
待ってくれ。
私の前世は、アラフォーだぞ。
今世まで足したら、もう初老一歩手前の域だ。
そんな私が、夢に溢れる若者たちと学び合うなんて、ないない。
「むしろ、我々は常々考えていました」
「聖女様は、この世になくてはならない尊い存在」
「しかし、大事に神殿の奥へ閉じ込めておくのは、罪だと」
「なぜなら、聖女様はまだお若いのですから」
総本山は良かった。
私の師は教皇様であり、その周囲にいる者たちも自然と年配だった。
天気のいい日。
奥の中庭で、皆とお茶を飲む時間が楽しかった。
「はぁ……。でも……。」
「さあ、着きましたよ!
青春をお楽しみくださいませ!」
自分自身を見る。
白いボレロジャケットと、白いジャンパースカート。
胸には、赤のリボンタイ。
今更ながら、良い歳して恥ずかしすぎる学園制服だ。
コスプレ感が半端ない。
「……青春ね」
「それって、もう何十年も前に終わってるんだけどさ」
聖女として着る修道服は、制服と同じ白に統一されていた。
しかし、今みたいに足を出すことはなかった。
スカートの丈が膝上だなんて、この国の教育者は間違っている。
それと、自室以外では常に着けていたベールも外すことになった。
どうにも落ち着かない。
「あっ、ヤバっ……。
黒歴史、色々と思い出しちゃったよ」
さっきから、道行く学園の生徒たちが、私をじろじろ見ている。
場違いなのは、分かっているよ。
神殿に帰りたい。
贅沢を言うなら、生まれ故郷の教会に赴任したい。
だけど、私の学費とここでの生活費は、信徒たちの喜捨によって賄われている。
退学なんて、望めない。
「あーー……。聖女、辞めたい。
やっぱり、冒険者になって細々と暮らしていくべきだったかなー」
私を乗せてきた馬車が去ってゆく。
今日から始まる三年間の日々に、不安しかない。
憂鬱だった。
だが、前を向いて進むしかない。
いつの間にか俯いていた顔を上げる。
その時だった。
「あなたが、フィオナ・ルーチェね」
脳天から踵まで、雷が走ったような衝撃が私を襲った。
優雅な金髪ロール。
扇の向こうに隠した勝ち気な笑み。
こちらを見下すような、冷たい目。
「聖女と呼ばれているようだけど、ここでは通用しないわ」
この瞬間、魂が理解した。
ここは私が沼にずぶずぶとハマった乙女ゲーの世界だ。
「あ、あなたは……。」
「ふんっ、しょせんは田舎娘ね。
私は、レティシア・デ・シールド・ヴァレンタイン。覚えておきなさい」
自己紹介されるまでもなく、彼女のことを私は知り尽くしていた。
彼女は、私に百合の修羅道を歩ませた張本人に他ならない。
「か、神いいいいいぃぃぃぃぃっ!」
「えっ!? ちょっ!? ……な、何?」
気づいた時には、私は彼女に抱きついていた。




