第22話 聖女、返却される
「はぁーー……。」
何もやる気が出ない。
レティ専用のベンチに座りながら、青空にため息をつく。
ベンチの背後に植えた白百合。
巡礼の旅から帰った頃には、見事な花をたくさん咲かせていた。
それも今では、花びら一枚残っていない。
百合たちの中、私とレティが並んで微笑む。
その一枚を描いてもらうため、教会の絵師まで呼んでいたのに。
「もう三週間も経つのに……。
まだ帰ってこないのぉ~? レティ~……。」
レティの馬鹿、馬鹿、馬鹿。
乙女ゲームの一枚目のスチル絵。
レティとアルベルトのあの一枚を、現実で上書きしないと駄目なのに。
「あーー……。アルベルトのやつ、事故死しないかなー」
私の聖女魂が、わなわなと震えた。
決めた。
今夜から、アルベルトを呪ってやろう。
「やっべっ……。
元気なさそうだから、声を掛けようとするんじゃなかった」
ふと声が聞こえ、視線を正面へ戻す。
セドリックが、上げかけた右手を止めたまま、顔を引きつらせていた。
「んっ!? 生徒会長じゃないですか? 暇なんですか?」
何をそんなに驚いているのだろう。
私は首を傾げた。
「お前ほどじゃねーよ」
「……というか、これ、無自覚だ。知りたくなかった」
「俺、すごい秘密しっちゃった?」
「いやいや、何も聞いてないよ。
うんうん、俺は何も聞いてない」
「さーて、お馬さんに乗りに行こうかなー?」
何やらぶつぶつ言ったかと思えば、一人で納得している。
そのまま口笛を吹きながら立ち去っていった。
「……なに、あいつ?」
私はもう一度、首を傾げた。
******
「……誰よ、あの女」
気が狂いそうなほど、レティ成分が足りない。
廊下の曲がり角に身をひそめる私の視線の先。
そこには、レティの部屋の前に立つ見知らぬメイドがいた。
もう小一時間ほど前からだ。
もちろん、曲がり角に居続けたら不審者だ。
だから、何度も廊下を往復している。
つまり、あのメイドは不審者だ。
レティの部屋の前に、小一時間も立ち続けているのだから。
「でも、美人……。」
寮長に引き渡そう。
女子寮の平和を守るのも、聖女の務めだ。
そう思った矢先、私のレティレーダーが反応した。
この微かに漂ってきた香りは、レティがつけている香水だ。
ドキドキドッキーンッ、と胸が跳ねた。
「レティ、おかえりなさい!」
私はすぐさま駆け出した。
廊下の向こう側に見えたレティへ向かって。
もう我慢できない。
ギュッと抱きしめて、くんくんしちゃう。
「ご無礼」
次の瞬間、視界の前に手が割り込んできた。
頬をがっしりと掴まれる。
反動でよろけたところを、今度は腰を掴まれ、そのまま引き寄せられた。
「あぁん? なんだ、お前?」
私は無法なメイドを睨みつけた。
私とレティの感動の再会を邪魔するなんて、異端者決定だ。
火あぶりの刑にしてやる。
「フィオナ、お久しぶりです」
「うん、五十二日と六時間ぶり!」
だが、レティは全てに優先する。
私はご機嫌にニッコリと笑う。
無法なメイドは、あとで寮長に言いつけて、絶対に解雇してもらおう。
「しょ、紹介いたします。
彼女は、子どもの頃からの私付きの侍女です」
「……えっ」
しかし、レティの一言で、私は固まった。
そんなキャラ、乙女ゲームにはいなかった。
レティは公爵家令嬢。
専属のメイドがいても、何もおかしくはない。
実際、家から従者、侍女を学園に伴っている生徒はいる。
だが、レティはそうしなかった。
公爵家の力を使わず、自主自立を目指して。
そういう設定だったはずだ。
「マリアと申します。お見知りおきを」
なぜ今さら、その設定を破ってまで侍女を連れてきたのか。
私に分かるのは、今後のレティ成分の採取が難しくなるということだけだった。
簡単に想像が出来てしまう。
レティが部屋を留守にしている間、このメイドが無表情のまま扉の前に立ち続ける光景を。
ノエルの出番だ。
ノエルにメイドを惹きつけてもらい、その隙を動くしかない。
「聖女様、失礼いたします」
「へっ!?」
しかし、隙をつく前に、逆に隙を突かれていた。
メイドの手が、いきなり私のスカートを捲り上げる。
「お嬢様、いかがです?」
「……私の下着よ」
ついに、私の秘密がレティにバレてしまった。
まずい。
とてもまずい。
「では、返却をお願いします」
「ひょっ!?」
メイドはスカートを捲り上げたまま、淡々とパンツを下ろした。
「……あら?」
「まあ……。」
レティが目を丸くする。
見られた。
最も知られたくなかった私の秘密が見られてしまった。
孤児院でも、神殿でも、学園でも、この女子寮でも隠し通してきたのに。
「聖女様はお剃りに……。
いえ、これは天然のようですね」
私は下唇を噛みしめ、ぷるぷると震える。
いや、レティなら見られても構わない。
いずれ、見せるつもりだったし。
だけど、それはこんなタイミングではなかった。
二人が初めて結ばれる夜。
私は照れながら『笑わないでね』と言う。
レティは少し驚きながらも微笑み、『可愛いわ』と言ってくれるんだ。
それなのに、それなのに。
やばい。
涙が出てきた。
「だ、大丈夫よ! フィ、フィオナ!
め、珍しいけど、そういう人もいるって聞いたことがあるわ!」
レティが慌てて慰めてくれたが、違う。
私が聞きたかったのは、そんな言葉じゃない。
「レティのバカ、バカ、バカ! 大好きいいいいいっ!」
私は涙を右腕で拭い、逃げ出した。
ノーパンのままで。
******
「ノエル!」
「わっ!? びっくりした……。
……っていうか、フィオナ。ここ、男子寮だよ?」
「毛生え薬って、どこで売ってるのっ!?」
「……は?」




