第21話 レティ成分欠乏症
「ああっ……。てぇてぇ……。」
二学期が始まり、二週間が経った。
だけど、レティは公務からまだ帰ってこない。
アルベルトのボケは、どこで道草を食っているのか。
おかげで、私は色々と限界だった。
だから、私は悪くない。
「これを、こうして……。
くふっ!? ……き、キくっ!?」
午後の授業をサボり、女子寮へ裏口から戻った。
メイドたちの巡回タイミングを見極め、レティの部屋へ。
まずは、部屋に残るほのかなレティ成分で、息をついた。
次に、持参した水筒からレティのカップにお茶を注ぎ、喉を潤した。
「ふんっ、ふんっ……。ふんっ、ふんっ……。」
その次は、ベッドだ。
枕に顔を埋めると、レティ成分が私の身体の隅々まで行き渡るのを感じた。
しばらく動けなかった。
呼吸が、ゆっくりと整っていく。
そのまま陶酔感に身を委ね、うとうとし始めた。
だが、私は耐えた。
もう一歩深く沈みそうになる自分を、必死で引き戻した。
「はぁ……。はぁ……。はぁ……。はぁ……。」
そして、クローゼットの中に飛び込んだ。
吊り下げられた色とりどりの服。
下部の引き出しを開ければ、やっぱり色とりどりの下着。
レティの痕跡だけが濃く残る荘厳たる聖域。
扉を閉じれば、外界と遮断され、レティ成分は100%だ。
「ああっ……。レティ~……。」
ああ、もう我慢できない。
レティが悪いんだぞ。
こんなにも私の聖女心を刺激してくるなんて。
内なる神の声に従い、手を伸ばす。
その瞬間、私の聖女の部分がビッグバンした。
「ぉほっ……。」
思わず、変な声が漏れる。
さらなる余韻に身を任せようとする。
だが、部屋のドアが開く音。
身体をビクリと震わせて固まる。
「もしかして、幽霊とか怖いタイプ?」
「違います! 私は寮長として心配なだけです!」
「はいはい、分かりましたよー」
男子禁制の女子寮に男の声がした。
もう一人は、三年生の寮長だ。
つまり、男性は寮長が例外を許した人物になる。
「あれ? ベッドが乱れてるね」
男の声が近づいてくる。
聞き覚えはあるが、誰なのか分からない。
「やっぱり、何かいるのよ!」
「何かって?」
寮長は部屋には入ってきていないらしい。
叫んだのに、男の声より遠い。
どうやら出入口付近にいる。
「きっと夏休みの間に、動物が巣を作ったんだわ!」
「窓は閉まっているのに?」
いや、悠長に推理している場合ではない。
この部屋はそう広くない。
広さは、ワンルーム程度しかない。
入寮者が公爵令嬢であろうと、例外はない。
バス・トイレは出入口に近い。
当然、すでに確認しただろうから、残るはこのクローゼットしかない。
「だって、物音を聞いた子が何人もいるのよ?」
「ふーーーん……。」
しかし、逃げ場はない。
ならば、奇声をあげながら躍り出て、二人が混乱している隙をつくか。
だが、決断を迷っているうちに、クローゼットの扉が開いた。
「……あっ」
「何っ!? 何だったのっ!?」
男の正体は、生徒会長だった。
クローゼットの扉が静かに閉められる。
「タヌキだ」
「ええっ!? どうしたらいいの?」
「まあ、ドアを閉めて、外で待っていてくんない?
うまいこと、俺が窓から逃がしてやるよ」
私は、クローゼットの暗闇の中で、目をぱちぱちと瞬きする。
もしかすると、生徒会長は『見逃してやる』と言っているのかもしれない。
「分かったわ! お願いね!」
間違いない。
ドアが閉まり、寮長の気配が消えた。
強制退寮の危機は去った。
生徒会長、一生ついていきます。
******
「私は下着ドロじゃありません。聖女です」
私は、正座させられていた。
決定的な現場を見られたから仕方がない。
でも、手は戻していたから、致命的な現場は見られていない。
私の聖女としての威厳は守られた。
「いやーー、きついでしょ……。
パンツ、被ってるし……。とりあえず、取ったら?」
生徒会長は、肩を震わせながら苦笑した。
私はマスク代わりにしていた水色のパンツを外す。
呼吸はしやすくなったが、レティ成分は遠のいてしまう。
「いやいや、ポケットに入れちゃ駄目だって」
「これは、私のものです!」
「あっそ……。」
彼の名前は、セドリック・デ・クロスフォード・ノエルグ。
アルベルト、ライオット、ノエル、セシル。
そして、セドリック。
彼は、乙女ゲームの攻略対象となる五人のうちの一人だ。
成績優秀、容姿端麗。
法務大臣の四男で、侯爵家。
将来を嘱望され、本人も努力の道をひた走っていた。
ただし、一年前までは。
ある事件がきっかけで、無気力系になっている。
「アルベルトには聞いてたけど、ヴァレンタインがマジで好きなんだね」
「レティは至高にして、究極!」
私は胸を張って応えた。
我が信仰に、一片の曇りなし。
セドリックはめんどくさそうに頭をぼりぼりとかく。
「でもさ……。他人の部屋へ勝手に入り、下着を盗むのはどうなんだ?」
「神の声に従ったまでです!」
「いやいや、光の神はきっと嘆いてるよ? 濡れ衣だーーって」
そう言うと、諦めたようにため息を漏らした。
「もしかして、聖女だから、何でも許されると思ってる?」
私は、反論できなかった。
唇を尖らせ、むすっと視線を伏せた。
「まっ、いいや……。
ヴァレンタインから苦情が出ないようにしとけよー」
セドリックは部屋を出ていく。
背中を向けたまま、手をひらひらと振って。
「……はい」
私は渋々頷いた。
三日くらいは、レティ成分の採取を我慢しようと思った。
だから、ノエルに頼もう。
ノエルならノーカンだ。




