第19話 バカンス・イン・グンダー
「夏休み!」
浜茶屋の更衣室から飛び出す。
羽織ったバスタオルを両手で高く掲げ、ビーチへ自分を見せつける。
メロン色の三角ビキニ。
今日のために買った、おニューの水着だ。
「照りつける太陽!」
海鳥が飛ぶ空は青く高い。
海はどこまでも広がり、水面がきらきら輝いている。
「南国パラダイス!」
これで盛り上がらなかったら嘘だ。
いや、きっと最高の一日になる。
今、私の二度目の青春が始まる。
「でも、レティがいない……。
どぼじでなのぉ~~っ!」
私は、白い砂浜に膝を落とす。
両手を突いて、がっくりと項垂れた。
二度目の青春は、始まる前に終わっていた。
夏休みの初日、レティは西の隣国へ公務で旅立ってしまった。
アルベルトと一緒に。
アルベルトの婚約者として。
「あのボケがっ!
ああっ……。憎しみで人が殺せたら!」
胸が張り裂けそうな悲しみと寂しさに、砂浜を両拳で何度も叩く。
公務だから、予定はずいぶん前から決まっていたはずだ。
それなのに、アルベルトは教えてくれなかった。
私がレティと夏休みを一緒に過ごしたいと、知っていたくせに。
断じて、許せない。
「フィ、フィオナ……。こ、ここには一般の人もいるんだよ?
せ、聖女として、発言には気をつけようね?」
ノエルも水着に着替え終えたようだ。
私は後ろを振り向き、ぎょっと目を見開いた。
水色のハーフパンツの水着。
ビキニを着け忘れているのに、堂々とし過ぎだ。
「ちょっ!? む、胸、胸っ!?」
慌ててバスタオルを差し出す。
「……んっ?」
しかし、ノエルは受け取ろうとしない。
目をぱちくりと瞬きさせ、小首を傾げた。
まさか、新たな趣味を開眼したのだろうか。
私は恐る恐る尋ねた。
「えっ!? ……露出に目覚めたとか? 男水着チャレンジ?」
「僕は男だよ!」
「大丈夫! すぐに大きくなるよ!」
「ならないよ! なったら怖いよ!」
もう待っていられない。
私はノエルの背後に回った。
バスタオルを胸元にあてがい、手早く背中で結ぶ。
「これで、ヨシっ!」
「いや、あのね?」
「ほら、早く着けてくる!
下とおそろなのに、どうして忘れるかなー」
そのままノエルの背中を押す。
私とレティとノエルの三人で、水着を買いにいった日のことを思い出す。
レティが選んだのは、黒のワンピースだけど、脇腹と背中が見えているやつ。
えっちで、最高だった。
思い出しただけで、私の聖女な部分が溢れてきちゃう。
だが、それを今、別の青空の下、レティはアルベルトに披露している。
そう考えただけで、黒い憎しみがふつふつと煮えたぎってくる。
「もーー……。分かったよぉ~」
ノエルが唇を尖らせながら更衣室へ向かう。
私は笑顔で手を振る。
次の瞬間。
「わっ!? そっち、男子更衣室!」
慌てて駆け寄り、ノエルの手を取った。
男水着チャレンジの次は、男子更衣室チャレンジ。
ノエルの正気を疑う。
「だから、僕は男だってば!」
「……えっ?」
「え、じゃないよ! もーーっ!」
しかし、手を振り払われてしまう。
ノエルは、ぷりぷりと怒りながら男子更衣室へ入ってゆく。
私は、その背中をぽかんと見送った。
「ひゃっはーっ! 今日は、いい波だぜーっ!」
ライオットのはしゃぐ声が聞こえた。
海のほうを見ると、白い飛沫が舞う中、ライオットがサーフボードで波に乗っていた。
不覚にも、ちょっとかっこいいと思ってしまった。
「ひょひょっ! 若いの、やるのお!」
「はっはっ! 爺さんもな!」
隣では、教皇様もサーフボードで軽やかに波へ乗っていた。
ぎっくり腰にならなければいいのだけど。
今年の春、スケートボードでエンジョイして大変な目に遭ったのを、忘れたのだろうか。
ちなみに、ライオットが当然のようにここにいるのは、この浜が彼の家の領地だからだ。
バカンスを兼ねた巡礼の目的地が、ライオットのグンダー家だと知っていたら、絶対に来なかったのに。
昨日なんて、立ち寄った村で見つけた可愛い娘と仲良くなろうとしていたら、ライオットにゲンコツを喰らった。
「転べ……。転べ……。転べっ……。
聖女の呪いを喰らえ! ライオットのアホが!」
私は両手を胸の前で組み、眉間に皺を刻みながらライオットを全力で睨みつけた。
なぜ、バカンスに来てまで、窮屈な思いをしなければならないのか。
ただ、可愛い女の子とちょっと一緒に水浴びをしようと思っただけなのに。
間違いなく、レティ成分が不足している。
レティの馬鹿、馬鹿、馬鹿。大好き。
一夏のアバンチュールしちゃうぞ。
「お、お待たせ。ど、どうかな?」
巡礼の同行者は、もう一人いる。
帰省を渋り、学園に残ると言っていたところを、ノエルが誘ったセシルだ。
白のクロス・ホルター・ビキニ。
デカい胸。
細い腰。
ふっくらとしたお尻。
それでいて、セシルは高身長だからかっこいい。
普段の男装の下に、こんな凶器を隠していたとは。
さすが、私の元王子様だ。
「おい、あれ見ろよ……。すげぇな」
「この夏一番だろ」
「ちょっとジャンプしてくれないかな……。」
周囲では、男どもが感嘆の声をあげている。
私のときは、そんな反応はなかった。
ちらりと一瞥された程度だった。
「……ま、負けた。
に、似合ってるよ。す、すごく綺麗」
私は顔を引きつらせながらも、精一杯の笑顔で親指を立てた。
「あ、ありがとう。フィ、フィオナも可愛いよ」
セシルは上目遣いで、もじもじと視線をそらした。
顔を真っ赤にして、反則級に可愛い。
やばい。
超やばい。
私の聖女な部分が危ない。
私にはレティがいる。
セシルとアバンチュールなんてしたら、一夏どころで済まなくなる。
「さあ、泳ぐよ! 海まで競争しよ!」
私は、火照ろうとしている身体を覚ますため、海へ全速力で走り出した。




