第10話 間違っているのは世界のほう
「どうしたんだい? 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして」
静まり返った生徒会室。
私は、華麗にステップを踏みながら、その空間を横切る。
レティの机に腰を半分だけ預ける。
白い歯を少し見せながら、微笑んだ。
「でも、僕のお姫様は、驚いた顔さえ可憐だね」
レティの反応を一言で言うなら、ポカーン、だった。
やっぱり男装作戦は大成功。
私がそうだったように、百合道初心者はここから始めるのが正解だよね。
放課後、さっそく男子制服を買いに行こう。
この際、ノエルの女子制服も買ってあげよう。
毎回取り換えっこするのも面倒だし。
「くっはっはっはっ! もしかして、ローゼンの真似か?」
ライオットが喉の奥を見せて笑った。
ムカッとしたが、無視だ。
こんなにもレティが間近にいる。
今は、レティ成分の補充が最優先である。
「さあ、この花を……。
君の美しさには及ばないけれど、プレゼントだよ」
胸元の赤い薔薇を、そっと差し出した。
本当は白百合が良かったけど、これしかなかったから仕方ない。
「……あ、ありがとうございます」
レティは口をぱくぱくさせたあと、赤い薔薇を受け取った。
その花言葉は、『あなたを愛してます』だ。
つまり、プロポーズ大成功。
今すぐ、結婚しよう。
私は聖女だから、導師の資格も持っている。
問題はない。
「それ、廊下の花瓶のだろ? レティシアが生けたやつだよ?」
だが、アルベルトが衝撃の事実を告げた。
「えっ!? そうなの?」
「え、ええ……。」
慌てて確認すると、レティは顔を引きつらせながら頷いた。
さすが、レティ。
気配りを忘れないところが、大好き。
でも、まずい。
とてもまずい。
レティが生けた花を抜いてしまった。
私は、この場を切り抜けるため、頭を必死に働かせる。
「ノエルがやりました」
「酷いよ、フィオナ! 僕は止めたじゃないか!」
しかし、ノエルが即座に裏切った。
廊下で待っていろと言ったのに。
あとで、聖女として教育せねばなるまい。
「アルフォード様、ついに学内でも女装を……。」
「話には聞いていたけど……。本当だったのか」
「くっはっはっはっ! お前ら、面白すぎんだろ!」
「違います! 僕は男です!」
しめた。
みんながノエルの本当の姿に驚いている。
これなら、私の罪は消えるに違いない。
******
「お待たせー」
「お待たせしました」
別室でノエルと制服を交換すると、レティは応接セットで優雅にお茶を飲んでいた。
迷う理由などない。
すぐさま、私はレティの隣の席へ向かう。
「お前は、そっちな」
しかし、ライオットが寸前で立ちはだかった。
私は唇を尖らせながら、ライオットが指さしたソファーに座る。
残念だけど、この脳筋に腕力で勝てないのは、この一か月半で分かっていた。
「少し聞いてもよろしいかしら?」
レティはカップをテーブルに置く。
その瞳には少しだけ覚悟の色があった。
「少しだなんて、いっぱい聞いて! 何でも答えちゃう!」
私は胸を張って答える。
もちろん、レティの質問なら何でも歓迎だ。
私を知ってもらう。
それは、レティと私が一つになるための神聖な儀式である。
私はレティであり、レティは私なのだ。
「では、フィオナさん」
「なぁに、レティ」
「あなた、アルフォード様と一緒に着替えて、平気なの?」
一瞬、意味が分からなかった。
思わず首を傾げかける。
だが、レティを待たせるわけにはいかない。
「うん、平気」
「ど、どうしてっ!?」
レティが声を荒げ、立ち上がった。
やっぱり首を傾げる。
「えっ!? 別に女同士だし」
「僕は男だよ!」
背後から、必死な訂正が飛んできた。
「まあ、今はね」
「未来もだよ!」
ノエルの叫びが、生徒会室に響く。
その分、沈黙がより大きく感じられた。
「……やばすぎるだろ。この女」
ライオットが顔を引きつらせながら呟いた。
私の親友を罵るなんて、酷いやつだ。
ノエルは怒ってもいいと思う。
パンパンッ、と柏手が鳴る。
「そろそろ、本題に入りたいのだけど?」
その音に釣られ、顔を向ける。
そこには、疲労感を隠しきれないアルベルトがいた。
彼は大きく息を吐いた。
「あっ、いたんだ?」
「君をここに呼んだのは、僕だけど?」
「えっ!? レティじゃなかったっけ?」
アルベルトの表情から、さらに疲労が増えた気がした。
「違います」
レティにまで否定される。
おかしい。
私の記憶と違う。
「アルベルト様だよ」
思わず背後を振り向くと、ノエルも否定した。
分かった。
間違っているのは、世界のほうだ。
今一度、アルベルトは深いため息をついた。
「君と話していると時間がかかる」
「だから、単刀直入に聞こう」
「レティシアは勇者なのか?」
こいつは、いきなり何を言い出すのだろうか。
私は目をぱちぱちと瞬きさせた。




