08
「大原先輩なにそわそわしているの?」
「え、そ、そのように見える?」
「うん。え、なに? 妹がいないからなの?」
え、これはそうなの……?
ただ、朝から少し落ち着かなかったのは事実だ。
「ふふふ、まさかそこまでになっているとはね」
「梅さんにも言ったようにいまは……」
「告白をしてそのまま返事を聞かずに行くとは妹もやるね、それでここまで大原先輩に影響を与えているんだからすごいよ」
本人がいて考えなければならない場合と、本人がいない状態で考えなければならない場合では違うと分かった。
「あんなに露骨な反応をしていたのに梅はなにもないの?」
「大原先輩のことは友達として好きだからね。でも、残念がる必要はないよ、私が先輩を友達としてでも好きになるのなんて初めてなんだからね」
「じゃあお兄ちゃんと妹次第か」
「違う違う、大原先輩次第だよ」
もう妹さんは動いた後だから確かにそれはそう。
「落ち着かないなら妹に電話でもかけたら? 声を聞くことができたら違うかも」
「え、だけどいま邪魔をするわけには――」
「いいからいいから、私からかけてあげるからね」
な、なんてことだ、これなら部屋にこもっておけばよかったか。
プルプル震えていると「あ、いま大丈夫?」と、みんなと楽しんでいて反応できないぐらいでよかったのに。
「はい」
「う、うん」
ああ、渡してきたうえに梅さんは出て行ってしまった。
「梅?」
「ま、妹さん」
「いつの間にか佑先輩になっていた」
ごめんよ……。
だけどこれは僕のことを考えてしてくれたことだから責められない。
いやそれどころか自分から電話をかけるなんて無理だったことだし、感謝しなければならないところかもしれない。
「そっちはどう?」
「僕らはあくまでいつも通りだよ、妹さんは?」
「食べ疲れて休んでいたところ」
「はは、楽しめているみたいでなによりだよ」
これでなにも変化がないならよかったのに。
なんでこれだけで落ち着けてしまっているのか。
まあ、ずっとそわそわしながら三日も過ごすと間違いなく佑未に迷惑をかけるから周りにとってはこの方がいいんだけど。
「でも、楽しめるのは食事ぐらい、これならそっちでもいいから佑先輩といられた方がいい」
「そ、そうなんだ」
「車を運転できる年齢だったら車で迎えに行っているところ」
「いつかドライブできたらいいね」
もちろん、その際はこちらが運転する身でありたい。
なんでもしてもらうなんて情けなさすぎる。
「えっと、声が聞けてよかったよ」
「まだこのままがいい、あと三十分ぐらいは一人だから」
「これ、梅さんのだから長時間電話をして大量のお金がかかったりすると迷惑をかけてしまうからさ」
あと人のスマホに長時間触れているのも気になるからここで終わりにしたい。
「それなら僕の方から佑先輩のスマホに電話をかける、僕のはかけ放題だから問題はない」
「あーそれなら、うん」
「じゃあ一旦切る」
ふぅ、終わった――と思ったらすぐにかかってきて出ることになった。
そのまま廊下に移動すると階段の一段目に梅さんが座っていたからスマホを返しておく。
「大原先輩、スピーカーモードにして?」
「うん――はい、これでいいかな?」
大事な話をしているとかでもないからいい。
「妹、元気にしているかー?」
「食べ疲れしている」
「はははっ、妹らしいね」
「佑未さんはいない?」
「うん、今日は部屋に引きこもっているかな、誘ったのに出てきてくれなかったんだよ」
珍しく溜めたままだった課題を慌てて終わらせているところだ、いつもなら七月中には終わらせるのに本当に珍しい。
「でーも、このままだと少し寂しいから私は佑未のところに行ってくるね」
「ん、声を聞きたいからよろしく」
「あー連れ出すのは無理だと思うから急襲するの」
「分かった、それなら我慢する」
「うん、それじゃあねー」
このまま消す……ことではできないよなあ。
なんとなく客間の方に移動して寝転んだ。
スピーカーモードのままなら手や腕が疲れずに相手をすることができる。
「ん? 佑先輩?」
「聞こえているよ」
「急に静かになったから心配になった」
今回ばかりは黙ってみんなが前に進めてくれるのを待つことはできない。
でも、確かに落ち着けたけど僕のそれはそこに繋がっているのだろうか。
ただ毎日一緒にいたことで少し離れるだけでも気になってしまうだけでは……?
だって僕が安定して女の子と一緒にいられるのは冗談抜きで小学生ぶりと言えてしまうわけだし、だからこそ友達としていつでも会える距離にいてほしいだけのような気がするのだ。
「いますぐにでも帰りたい」
「そこってどれぐらい離れているの?」
「二県ぐらい離れている」
二県か、公共交通機関を利用すればそこまで難しくない距離だ。
「いまから行こうかな」
「佑先輩らしくない冗談」
「ううん、冗談ではないよ」
矛盾しているけどそうしたくなったから仕方がない。
お金もこういうことに使えるのなら貯めておいてよかったと言える。
「住所を教えてほしい」
それさえ知ることができれば後はなんとかなる。
「教えない」
「どうして? 一緒にいたいと言ってくれていたよね?」
「非効率だから、それなら僕が帰った方がいい」
いまは非効率的なことでもいいから動いていたいのだ。
が、再三頼んでみても駄目だった。
こちらのことを考えて言ってくれていることが分かるから流石に四度目は頑張れなかった。
「妹さん、僕はきみと友達として――切られてしまったか」
電話で告白の返事をするなんて本当ならよくないけど最初にこれを言っておけばよかった。
多分、どれだけ時間を使ってもそこから変わらない。
だったら苦しめてしまう前にちゃんと返事をしてあげたかったのに。
「お兄ちゃんって面倒くさいね」
「出てきたんだ」
聞こえなかったふりとかはしてくれないみたいだ、相手が共通の友達だからこそなのかもしれない。
「急にお菓子が食べたくなって下りてきたら聞こえてきてね」
「どうすればそういう意味で好きになれるのか、佑未は知っているかな?」
「はぁ……無理やりにでも女の子と過ごさせてくればよかった」
そこからきているのだとしたらいまの時点では間に合わない。
時間をかけて誰かをそういう意味で好きになれたとしても、それはきっと妹さんではないだろう。
というか、このままだったら友達としてもいられなくなる可能性が高い。
「妹と話せてどうだったの」
「落ち着けたよ」
「と言うことはそれまで妹がいなくて落ち着かなかったんでしょ?」
「最初は分からなかったけどそれは否定できないよ。でも、誰だって友達と数日間会えなくなったら気になるよね? まさか僕だけというわけではないでしょ?」
口では大丈夫などと言っていても少し時間が経過すればそうなるはずだ。
梅雨頃から関わり始めた僕でもこうなっているのだ、少なくとも昔からずっと一緒にいる梅さんはより顕著に現れているはず。
僕が「どうしたの?」と聞く側になれなかったのはそれでもあの子の内に抑え込む能力が高いからだろう。
「私はそういうものだって片付けられていたけど? 梅だって同じだよ」
「ま、待って待って、必死にそっちに持っていこうとされても困るんだけど」
「でも、事実でしょ、そわそわしていたのはお兄ちゃんだけなんだから」
それだと都合よく好意を持って近づいて来てくれる妹さんに依存しているみたいだ……。
「まあ、あっちに行こうとしたところは評価できるけどね。はは、妹が止めるとは思わなかったけど」
「冗談ではなかったよ、住所を教えてもらえていたら僕は行っていた」
今日が終わっても変わらずにそこにいてくれるのだから食事とかに使うよりも余程唯意義なお金の使い方だった。
「だからさ、それが答えなんじゃないの? 私がそうだね……例えばお友達と遠出をしていたりしていても『いまから行くよ』とはならないでしょ?」
「佑未がその先で困っていたら僕は行――」
「はいはい。えっとー……あ、妹が相手じゃないのにそうなったなんていつもとは違うよって言いたいんだよ」
「早く返事をしてあげたかっただけなんだ、僕もどうしてあの日に答えておかなかったのか……」
どちらにしても返事を求めていた。
すぐに終わるか、少し時間が経過してから終わるかの二つ、どちらを選んでも結果は変わらないのに馬鹿だ。
「そうしたらお兄ちゃんは断っていたじゃん」
「いまだって――痛い痛い、腕に乗ってくるのはなしだよ」
乗るならせめて中央に乗ってほしい。
「はぁ……その気になれないなら仕方がないか」
「も、もういいの?」
「このまま話していても延々平行線だからね、まだうーんうーんと唸りながらでも課題をやっていた方がマシだよ」
佑未にいてほしいから変えるなんてできない。
その結果、側から誰もいなくなっても受け入れるしかなかった。
去り際に「それでも振られることになった妹よりはマシでしょ」と二人から言われそうだった。
「朝か……」
スマホで確認をしてみると現在時刻は五時五十八分、まあいつもとほとんど変わらない起床だ。
顔を洗ったり、歯を磨いている間にも時間が経過していく。
今日のいつかは分からないけどこっちに帰ってきてこの家に……来るのかな。
何時だろうと僕の正直なところを聞いた妹さんは走り去ることだろうな。
「あ、お兄ちゃんいた」
「おはよう」
「うん」
現時点では佑未も普通だ。
「なんか妹が熱を出しちゃったみたいでね、もう帰ってきているみたいなんだ」
「そ、そうなんだ」
それなら今日伝えるのは駄目だな。
体調が悪い状態で振られたなんてことになったらどうなるのか……。
「だから八時ぐらいになったら行こうよ」
「うん、行こう」
ジェルシートやスポーツドリンクみたいな物はあるだろうけど一応常識として買っていけばいい。
お風呂に長く入ってしまったりしたのかな? それとも、お風呂の時間は短かったとしてもその後の対応で湯冷めしてしまったということなのだろうか。
この前も変な遠慮をしてドライヤーを使わない~的なことがあったからそこらへんのことが甘かったのかもしれない。
「偶然、薬局が近いところにあってよかったよ」
「うん」
「後で私もお金を払うからね、お兄ちゃんだけに負担させたりはしないよ」
そんなことは気にしなくていい。
切られてしまったことで結局、中途半端な感じになって迷惑をかけてしまった。
ゼロか百か、今回の場合は極端ぐらいでなければ駄目なのだ。
チャイムを鳴らすと妹さんのお母さんが対応してくれた。
家に上がらせてもらうことは何回かあったけど話すことは初めてで少し緊張した。
「妹ー」
「入ってきて」
普段、肌が白いからか触れなくても熱があることが伝ってくる。
「佑先輩ごめん、なんか急に熱が出てこうなっていた」
「いや、謝る必要はないよ。僕こそごめんね」
なんとなく顔を見られなくて床に座らせてもらう。
佑未は遠慮なくベッドの端に座って彼女の頭を撫でていた。
「あのとき梅に頼んだのは佑先輩?」
「電話をかけるつもりはなかったんだ。ただ、梅さんが妹さんの声を聞けた方が落ち着くと言って動いてくれた形になるかな」
通常通りの僕なら梅さん優しい、こんな子と友達になれてよかったとなっているところだった。
「落ち着かなかった? 佑先輩はお家にいられて、そのうえで佑未さんや梅といられていたのにどうして?」
「それは……」
「妹と一緒にいられなかったからだって。これは私が勝手に言っているわけじゃないからね? 私は確かにお兄ちゃんからそう聞いたんだから」
どうにかして僕を変えたい佑未的にここは黙っているところではないか。
でもさ、それは事実だけど無駄に期待を持たせるようなことになってより残酷な結果になるんじゃないの?
全部聞いている佑未、だったら曖昧な状態に甘えていないで早く答えてあげた方がいいとなるはずなのに。
変になってしまっているのはなにも僕だけではないということか。
彼女が関わると暴走してしまうのは佑未も同じだった。
「だから佑先輩らしくない冗談を――」
「冗談ではないよ。教えてもらえていたらちゃんと行って、それでちゃんと妹さんに返事をしていたよ」
何度も変えてあれだけど言うか。
元々の流れに戻っただけだ、これが普通だ。
「ごめん、僕で我慢なんてもったいないよ」
無理ではないならこれからも友達としていてくれ、とは流石に言えなかった。
「出ていって」
「分かった」
佑未はと見てみたら目を逸らされてしまったから一人で出ることになった。
これで全く気にならない……とはならないだろうけど妹さんとしてもマシだろう。
早めに動いたことは僕が相手のときは微妙でも、妹さん自身にとっては次へと動きやすくなるはずだ。
「大原先輩の馬鹿!」
最初に決めていた通り、サンドバックとして扱ってもらうぐらいがいいのだ。
空はとても青くて奇麗だった、雲もないからじっと見ていたくなる魅力がある。
「タックルしておいてあれだけどた、立ちなよ」
「お見舞いに行くところだった?」
「ううん、それは昨日の時点で行ったから。私がここにいたのはのこのこ出てきた大原先輩をぶっ飛ばすためにだよ」
そうか、ならここを歩いていてよかったかな。
とはいえ、ずっと転んだままではいられないから立ち上がった。
それなりに前方に飛んだけど傷ができたりはしていないみたい。
「……とりあえずは受け入れて動いてみることはできなかったの?」
「できないかな。それに僕がそう動いたら怒るのは梅さんだよね」
「私としては振られて妹が傷つくよりもとりあえずでも受け入れてもらえて喜んでいる妹を見られた方がよかったよ」
それでも時間が経過してからよりはダメージが少ないと思った。
振ったうえに心ない言葉を重ねていくよりはまだマシだと思いたかった。




