06
「佑先輩入っていい?」
「うん」
来ていたのか。
課題をやっていたところだったけど丁度集中力が切れたところだったので問題はなかった。
「見て」
「な、なんで水着……?」
「これから海に行くから。これは昨日買ってきた水着、元々持っていたのもここにある」
ま、まあ、「付いてきて」とか言われるよりはマシか。
「どっちがいい?」
「せっかく買ったんだからその水着でいいと思うよ」
「分かった。じゃあ佑先輩も行く準備をして、もうそろそろ出るから」
「うん」
海やプールに行くことは毎年必ずあるから違和感もない。
佑未や海さんもいるだろうからその点でも心配する必要はなかった。
「レッツゴー」
「あれ、佑未達は?」
「佑未さんと梅は一緒にお出かけしている」
「じゃ、じゃあ二人きりってこと……?」
「見れば分かること」
いやそれはそうだけどさ……。
変わったことに気が付いたのか「腕を掴んでおく」と言われて実際に掴まれた状態で歩くことになった。
逃げたりはしないけどいまはこの方がいいかと片付ける。
「着いた」
「ここは結構奇麗だよね」
「そう、泳ぐこともできるから夏は必ずここに行くようにしている」
とはいえ、気を付けないとな。
なにかが起きてしまってからでは遅いからなにも起きないようにする。
水に触れることができればそれで十分だろうからね。
「よいしょっと」
「今更だけど佑未達と一緒に行こうとはならなかったの?」
「水着を買ったらすぐに行きたくなった」
そもそも海に行きたいと言っていただろうにあの二人が合わせなかったことが意外だ。
「佑先輩も脱いで」
「ひ、引っ張らないで」
一応このために濡れてもいいズボンにしてきたけど、うーん。
太っているということはないものの、ただ細いだけで筋肉質とはならないから少し恥ずかしい。
「制服越しでもそうだから当たり前だけど佑先輩は細い」
「それは妹さんもそうだよ」
「僕はもっと胸が大きくなってほしかった」
小さい体にそこだけ大きいというのもアレだから合っていると思うけど……。
「そうすれば佑先輩も結果的に僕に意識を向けることが多かったはず。みんなで集まっているときは結構佑未さんのことを見ているから気になる」
「え、そうかな?」
「でも、それは佑未さんが好きなのもあるけど僕らをじろじろ見ないようにしているのもあると思う」
それは正解だ。
「じろじろ見られて不快」などと言われなくてよかった。
「だけどもっと見てほしい、あんまり変わっていないかもしれないけどなにも毎日必ず同じ僕というわけではない」
「それはそうだね」
「いまもそう、海ばかり見つめてもなにも得られない」
「見ているだけで落ち着くからね」
ではない。
何故かはいつもの距離感でも刺激が強いからだ。
正直、妹の佑未が水着姿でいても直視しづらいのに彼女なんかが対象になると余計に酷くなる。
「こっちを見て」
「ぐっ――い、いまので死にそうになったよ?」
「アクションゲームのキャラではないんだから殺すことはできない」
真っ白な肌に黒い水着。
あと地味に髪の毛を結ってあり、それがいつも違って新鮮で。
「似合っているね」
今回は実際にそうだけどこれは二人きりとかなら言わなければならないことではないだろうか。
最初のあれだともったいないからそれにした方がいい、とも捉えられてしまうのでちゃんと言葉にする必要がある。
元々の能力がなかったとしても〇〇だから似合っているねと細かく触れるのはなんか変態みたいでできなかったけど。
「ま、妹さん?」
急に先程までの僕みたいになってしまった。
普段の状態でも触れることはできないのに水着姿の彼女に触れるなんて無理なので待っているしかない。
そのため、二人で突っ立って海だけを見つめる時間に。
やっと動き出してくれたのは体感的に約十分が経過したぐらいのときだった。
「佑未さん達と予定を合わせた方がよかったかもしれない」
「止めてあげられなくてごめんね」
「佑先輩が悪いわけではない、悪いのは僕だから気にしなくていい」
あれか、やっぱり先程みたいなのはイケメンに限るということなのか。
二人きりなのをいいことに急に踏み込んできたように見えてしまったのだろう。
だからあれは恐怖で固まっていたと、そうとしか考えられない。
「腕を掴んでおく」
「うん」
「水着を着ておいてあれだけど泳ぐ気にならないからここで座りたい」
「分かった」
全く同じ光景なのに見ていて飽きないな。
手が異様に冷たいとかそういうこともないからその点で心配はいらなそうだ。
もう少し時間が経過したら飲み物を買って持ってこようと思う。
水分補給さえしっかりしていれば弱ってしまうこともないだろう。
なにが起きるか分からない海に入ることになったときよりは動きやすかった。
「あ、やっと帰ってきた」
「ただいま」
「妹は寝ちゃっているんだね」
多分ではなく絶対に夜更かしタイプだからだ。
あとは二人きりでいつもとは違ったからなのかもしれない。
「そのまま妹のお家に帰さなかったのはなんで?」
「妹さんに頼まれたからなんだ」
「なるほど、それならここで正解だね」
佑未に布団を敷いてもらってそこに寝転ばせる。
起きたりはしなかったからとりあえずは二人でリビングに移動した。
「はは、妹の水着姿はどうだった?」
「似合っていたかな」
「あれ、三人で悩みに悩んで買った水着だからね」
「それなのに今日参加しなかったのは空気を読んだから?」
「私は付いて行くつもりだったんだけど梅さんにどうしてもって言われてね」
逆効果になってもっと早い時間に解散になってもおかしくはなかった。
「妹、どうだった?」
「うーん」
「いつもとは違ったの?」
「うん、佑未達も誘えばよかったと言っていたよ」
ふぅ、少し休もう。
この前みたいに窓前まで移動してそこに寝転がる。
そのまま腕で目を覆ってただただ時間が経過するのを待っていると「気が付いたら大原家だった」とどうやら妹さんが来たみたいだった。
「妹、今日なにがあったか教えてくれない?」
「……それならあっちで」
「分かった」
ただの考えすぎとか勘違いとかならいいけどないだろうな。
間違いなく梅さんに「なにをしているんだよー」と言われてしまう件だ。
でも、あそこで断るのも微妙だったからどちらにしても詰みというか……。
「よいしょっと」
「普通だね」
「え? あ、そりゃ私は梅と普通に楽しんで解散にできたからね」
それならやっぱり僕らは違うのか。
「なにをやっているのかと責めないの?」
「お兄ちゃんって責められたい人なの?」
「いや……」
「意味もなく怒るようなやばい人間じゃないよ私は」
遅れて妹さんも入ってきて僕の横に座った。
それから僕の額に手を当てて「熱が出ているわけではないならよかった」と。
「そうだ、どうせなら膝枕をしてもらったらどう?」
「それなら疲れさせてしまったら僕がしてあげるよ」
そのつもりはなくても横から見下ろされているよりもよっぽどいい。
彼女も「それならしてもらう」と嫌がってはいなかったからそれを信じるだけだ。
「いまのお兄ちゃんはなんか変だね」
「どう変?」
「なんかいつも以上に妹に対してビクビクしているというか」
「やっぱり勘違いではなかった」
「妹もそう感じていたんだ。もう、お兄ちゃんもなにかあったのなら言って」
それならと一旦座り直してもらって佑未だけを廊下に連れていく。
そこで改めてどんなことがあったのかを、彼女の反応を見てどう考えていたのかを話しておいた。
今度こそ怒られると思っていたけどそういうことにはならず。
僕はそれを怒られて僕が楽になったら微妙だからだと判断した。
「うん、悪く考えすぎだね」
「でも、それ以外に十分ぐらい固まっていた理由が見つからないよ」
「久しぶりすぎて怖くなっちゃったのはお兄ちゃんなんだね」
佑未は腕を組んでから「とりあえず戻ろう」とここでは終わりにしてきた。
「妹、悪いんだけどこの怖がりな佑君の相手をしてあげて」
「名前で呼ぶようにした?」
「はは、今回だけだよ」
「分かった、それなら佑君の相手は任せて」
んー……これもあれだよね、佑未がいるからだよね。
だけど怖がっている子がこんなに触れてきたりするのかな? といい方に考えようとしてしまう残念な脳だった。
「なんだ、お部屋に戻るのかと思った」
「あー欲張ったら駄目だよ妹」
「佑未さんも佑先輩に相手をしてほしい?」
「まあ、夏休みなんて二人でいることが普通だったからね」
友達が多くいるときでも「こうしてお兄ちゃんとごろごろしている方がいいよ」などと言って合わせてくれていた。
一緒に出かけようと頼んでも「いいけどなにか買ってね?」と受け入れてくれた。
高校一年生になったいまでも同じようにいてくれているのは奇跡ではないだろうか。
「今年は違う、僕達がいる」
「はは、そうだね」
「でも、帰省することで一人だけ仲間外れになってしまうことが不安」
八月になったらすぐに終わってしまうんだろうなあ。
佑未とだけでも楽しかったけど今年は彼女達もいてくれているからより時間の経過が早く感じてしまう。
プラスなこともマイナスなこともそもそも一緒にいられていなかったら発生しないことだからそこが分かりやすく違うのだ。
「妹がいない間にこそこそとなにかしたりはしないから安心して楽しんできて」
「帰省する前にお祭りがあってよかった」
「あ、お兄ちゃんを独占するのはなしね、みんなで楽しく見て回ろう」
お祭りか、そこでも佑未は僕を優先してくれていた。
そのためではなくても今年は僕も彼女や梅さんと友達になったことで佑未が僕以外の子と行けるようになったわけだから嬉しい。
って、こんなことを考えていたらまた梅さんに「はい出たシスコンさん」とちくりと言葉で刺されてしまうのかな。
「佑先輩がシスコンではなく佑未さんがブラコンだった」
「無駄に嫌うよりもよくない?」
「それはそう」
こうして普通に話してくれていることで僕も少しずつ戻ってきた。
今度からはなにかがあってもいままで以上に表に出さないように頑張ろうと決めて聞く専門としてこの場に存在していた。
「ぶふ――こ、これは?」
「この前のお土産。でも、妹がそのまま大原家に上がらせてもらったみたいだし、解散にしないで私も行けばよかったよ」
おお、キーボードのキーのストラップだ。
こういう小物は好きだ、だからガチャガチャとかでそういうのを発見すると回そうかな……と欲望に負けそうになるときがたまにある。
そう考えると物欲がないと言っていたのは嘘になるなあ。
「あ、それならかわりに梅さんの欲しい物を教えてよ」
「買ってくれるの?」
「高いのは無理だけどね。なにかある?」
「それなら入れたら壊さない限りは取り出せない缶の貯金箱が欲しい」
それなら見たことがあるけど値段がね。
「あー百円ストアでなら見たことがあるけどそれでは駄目なんだよね?」
「いや正にそれを求めているんだよ。行こ?」
ま、まあ、ここでもまたどちらかに偏っているわけではないからいいか。
本人が求めている物を渡せるのならそれが一番だ。
それに奢ることで好感度を稼ぎたいとかでもない。
「これありがとね。よし、私は百円玉を貯めまくってこれ以上は入れられないというところまで目指すよ」
「一応聞いておくけどこれは何缶目?」
「ご、五缶目かな。い、いやーなんか貯め始めるとすぐに欲しい物が出てきちゃってねー」
「でも、無理をするのはよくないよ、それが本当に欲しい物なら使ってしまうのもありだと思う」
なんであそこで買っておかなかったのだろうとずっと考え続けることになるよりは精神的にずっといい。
「うっ、それがその……買ってから『お金を使わなければよかった……』と後悔することも多くて……」
「はは、そういうことって誰にでもあるよね」
「その笑顔やめて」
えぇ、それは無理だ。
「そういえば私も妹や佑未と一緒に水着を買ったんだ、一回も使用しないまま終わると悲しいから妹が帰省してしまう前にみんなでプールか海に行きたいんだけど、どう?」
「それなら八月の頭かな」
お盆近くは水辺は危ないみたいな話をよく聞くから避けたい。
「いまから見せてあげるから私の家に来てよ」
「着ないよね?」
「着なかったらなんのために買ったのってなるでしょ。いいから見て感想を教えてよ」
あれから全く時間は経過していないものの、あのときみたいにはしない。
というか、二人がいつもこんな感じですっかり慣れてしまったのもある。
いいのかどうかは分からないけどいちいち慌てていたら疲れてしまう。
「どう?」
「梅さんは赤色か」
「本当なら赤青黄色にしたかったんだけど全く言うことを聞いてくれなくてね。妹は大原先輩が知っている通り黒色だし、佑未は――あ、これは言ったら不味いか」
ここで知ることができれば佑未が暴走した際に止めやすかったけどペラペラ話したくないのは彼女も同じだから仕方がない。
「少し焼けているから梅さんは黄色でもよかったかもしれないね」
「ダ・メ・出・し!」
「いや、それもちゃんと似合っているけど黄色だったらもっとよかったかなって」
「な、なるほど……つまり大原先輩は黄色い私が好きなんだね? ふっ、次があったら生かしてみるよ」
黄色い梅さんか、うん、いまのままがいいな。
満足できたのか「大原家に行こう」と、僕としてもその方がありがたいから言うことを聞いて家へ。
「ただいま」
「お邪魔します」
どうやら部屋で休んでいるみたいなので飲み物をなんかを出してから二階へ。
「佑未」
呼びつつノックをしてみるとあっさりと出てきてくれた形になる。
「あ、帰ってきていたんだ」
「部屋にこもっているなんて珍しいね」
「一人でつまらなくてね、これならお兄ちゃんは誘ってくれていたんだから付いて行けばよかった」
「次はみんなで遊ぼう。下に梅さんが来ているから佑未も来てよ」
「うん」
水着を見せられたこともちゃんと言っておいた。
それでも態度が変わることはなく、「梅もせっかく買ったんだから見てもらいたかったんでしょ」と言われただけだった。




