04
「ふむ、佑先輩は落ち着く匂いがする」
臭くないならそれでいい。
ただ、梅さんもそうだけどなにかと距離が近い子だ。
そういうのもあって初回はやっぱりやられたなという気持ちになっていく。
「あ、そういえば佑未さんが梅じゃない女の子といた」
「うん、妹さんと梅さんを除けばいまはその子だけが友達かな。なんかこの前まで結構いたみたいなんだけど切ったらしくてね」
「まだ一年生で夏頃なのに大胆な行動」
「目をつけられたりしていないといいんだけどね」
一年以上一緒にいた状態で切ったときよりはまだマシと言えるだろうか。
「佑先輩は夏休み、なにか予定がある?」
「僕らは帰省とかもしないからないかな」
中学生のときは結構部活で家を出ていたけど高校生になってからはそれもない。
彼女達に誘われなければ夏休みに家にいた回数ではみんなに勝つことができそうだ。
「それならお盆前までは集まりたい」
「分かった」
「連絡先を交換しよ」
彼女なら朝になったら自然と来ている、なんてことがありそうだったけど交換しておいた方が楽か。
交換したくないとか逆張りを噛ますような人間ではないから受け入れていけばいい。
「ありがとう、これで梅に頼まれていたことができた」
「あれ、妹さんが考えて動いていたわけではないの?」
「集まりたいと思ったのは僕、だけど連絡先どうこうは梅」
「え、それなら直接聞いてくれればいいのにね」
らしくないことをしている……ようなそうではないような。
「恥ずかしいらしくて任された。ちなみに、僕は連絡先なんか交換しなくても大原家に行けばいいと考えていた」
「は、ははは……」
あの考えは間違っていなかったというわけか。
まあ、極端に早い時間とかでなければいつだって来てくれればいい。
早い時間に来て僕を無理やり起こすのもなしではないけどすぐになんとかしてもらいたいなら八時ぐらいがベストかな。
休日も決まって早起きタイプというわけではないからそこは我慢してもらうしかない。
「ということでこれは梅にも教える」
「分かった」
「あと、これ以上残っていても意味はないから帰りたい」
「帰ろうか」
あ、一応言っておくとこうして妹さんや梅さんが来てくれるからと期待して残っていたわけではなかった。
部活なり帰るなりであっという間に出ていくクラスメイト達を見ていたらそのまま席に張り付いてしまっていたというだけのことで。
「アイス」
「食べたいの? それなら食べて帰ろうか」
これはお店ではないけど学校近くに配置してあるなんて策士すぎる。
しかもいまはもう七月といったところで、これからどんどん暑くなっていくわけだから硬貨の投入数も増えていくことだろう。
「あーん」
「えっ?」
「これはチョコ味だから苦手な人も少ないはず、佑先輩のバニラ味も貰うから安心していい」
い、いや、そういうことを気にしているわけではなくて……。
「早く、溶けちゃう」
「わ、分かった」
勢いで乗り切るしかないっ。
パクッと食べて、すぐに背を向けた。
そうしたらわざわざ回り込んできて「バニラも貰う」と意地悪な妹さんが。
「も、もう全部食べていいからっ」
「ん? 流石にそれは過剰、少しだけ貰っていく」
一つなんとかしてもまた新しい問題が出てくるなんて……。
「ん、美味しい。でも、僕はチョコ派」
「そ、そっか」
目の前のこの残った物をなんとかするのがいまの僕の任務だ。
今度こそ背を向けて一気に胃へと流しこんだ。
その瞬間、冷たい物を一気に食べたとき特有の痛みに襲われたけど……恥ずかしい時間は終わった。
「顔が赤い、風邪?」
「ふっ、夏だからかな」
「それなら大原家まで急ごう」
……完全にキャラが壊れてしまう前に帰ろう。
ただいまと家に着いてリビングに入ると突っ伏して寝ている佑未を発見した。
いつもならこういうときに風邪を引かないよう、ブランケットなりを佑未に掛けているところだけどシスコンとか言われても困るのでまずはお客さんである妹さんのために飲み物を出すことに、その後に掛けておいた。
「今日は朝からハイテンションだったから疲れてしまったのかもしれないね」
「話していた僕が言うのもおかしいけど佑先輩が帰ってこなかったからだと思う」
「でも、一緒にいたいなら佑未は自分から来るよ」
件の女の子関連のことでなにかいいことがあったとかならいい。
「ん……あ、お兄ちゃんお帰り。はは……妹を連れてくるなんてやるじゃん」
「ただいま。妹さんのこと呼び捨てにしているんだね」
「ふぁ……仲良くなったからね。妹にも佑未って呼び捨てでいいって言っているのに聞いてくれないところは複雑だけど」
「佑未さんは佑未さん」
「もーなんてね、無理強いすることじゃないから我慢をするよ」
順番が逆だろと言われてしまうかもしれないけど手洗いうがいをして部屋に行くことにした。
私服と比べたら窮屈ではあるので着替えたかったのが一つ。
「はぁ……」
あとはグイグイきて怖い妹さんから逃げたかったのが二つ目の理由だった。
「ぶいぶい」
毎時間というわけではなくても今日はこういう絡み方をされている。
話しかけても無視をされることはない、この後はちゃんと相手をしてくれる。
ただ、この絡み方のときは必ずスマホを持っているから写真でも撮りたいのかな、と。
「はぁ……ノリが悪いよ」
「ごめん」
「あと、これだけスマホを見せているんだからなにがしたいのか分かるでしょ?」
「写真を撮りたいとか?」
「大原先輩と写真を撮ってどうするの……」
そ、そこまで嫌そうな顔をするのか……。
「連絡先を交換したいの。もう、いちいち言わせないでよ」
「あれ? 妹さんから教えてもらわなかった?」
「妹が教えてもらったのはメールアドレスでしょ? あれだといちいち面倒くさいからメッセージアプリのやつを教えてほしいんだよ」
「分かった」
僕も無理やりアプリを入れられただけでメールアドレス派だった。
だけど練習させたいのか毎日アプリ経由でメッセージが送られてくるから慣れたと思う。
設定とかもちゃんと全部見てどこでなにができるのかも把握したし、やり取りをする相手が増えても迷惑をかけることはない。
「メッセージを送るからちゃんと返してね、その日が終わるまででいいからさ」
「うん、それなら待っているね」
文字を打つ能力もスマホを持っていなかった頃と比べたら上がっているから驚かせられるかもしれない。
でも、速攻で返してばかりいたらずっと待っているみたいに思われてしまうかもしれないので最低でも五分ぐらいは空けようと思う。
「別に大原先輩から送ってくれてもいいんだけど……?」
「それなら『天気がいいですね』とかでいいかな?」
「え、なに? マッチングアプリかなんかだと勘違いしていない? というか、それだと私を振り向かせたいみたいになっちゃうからもっとなんかこう……そうだっ、佑未さんとの話とかしてくれてもいいけど」
佑未との話か。
「佑未は食べる量を極端に減らしたりするから心配になるんだ。もしその場面を目撃することになったらいい感じにいい方に誘導してくれないかな?」
「はい出たシスコンさん」
うーん、難しい。
そうだ、こそこそしていると思われたくないから妹さんとなにかがあったらその都度、報告することにしよう。
「妹との話もオーケーだよ、なんならそっちの方がいいかな」
「分かった」
「あとは……少しぐらいは私のことを聞いてくれてもいいけど」
「んー」
彼女自身のことを考えれば少し微妙なことでも僕からすればこれはいいことだ。
少なくとも嫌われていないというだけで安心できる。
なにか不安になるような話を聞いてしまっていたらその後も表に出して自滅していただろうからね。
「な、ないならないでいいから!」
「いや、休日とかに梅さんがどう過ごすのか気になってね」
決まってやることがないのであれば集まりやすくなる。
妹さんも彼女がいてくれた方がもっと安心して楽しめるだろうからだ。
うん、情けないことを言ってしまえばなるべく二人きりになりたくなかったから。
あの子にとっては普通でも、僕にとっては強い行動をなるべくしてほしくはない。
集まっていれば間違っても二人きりでそんなことにはならないからだった。
「な、なんで? それを聞いてどうするの?」
「妹さんが夏休み前半に集まりたいと言っていたから梅さんもそこにいたら楽しめそうだなって思ってね」
利用しようとしているみたいになってしまっているのは申し訳ないところだ。
本当は奢ったり、奢られたりはあまりするべきではないけどそういうことで少しずつ返していくことにしよう。
「あ、ああ、妹はお盆近くにお母さんの実家に帰省するからね。だからそれまでの日と、帰ってきてから最終日ぐらいまでは毎年一緒に過ごしたかな。そっか、今年は大原先輩がそこに加わるってことか……」
「僕が言われたのはあくまで前半までだよ、後半は梅さんとだけ過ごしたいんだと思う」
それぐらいがいい、欲張りすぎると一緒にいることすら難しくなる。
「はぁ……ずっと受け身でいるつもりなの? 妹は勇気を出して大原先輩を誘ったんだよ? だったら後半は大原先輩が誘うぐらいのつもりでいないと」
「よく言ったよ梅さん!」
「わっ、い、いたんだ……」
実は僕の方からだけは見えていたとかではないから同じように驚いた。
「そういうことでは全く頑張ってこなかったお兄ちゃんに今年こそ頑張ってもらいます!」
やばい、変なスイッチが入ってしまった。
一応言っておくと、過去の僕は気になる女の子がいたのに勇気が出なくて、頑張れなくて時間だけが経過してしまった、なんてことはない。
誰もいないからこそ動きようがなかったというだけだ。
「でも、私は別に妹にだけ頑張れとは思っていないからねー」
聞かなかったことにして終わりにしたい。
食事量に関する熱量と同じぐらい僕に変えてもらいたいその熱量が高いのでこういうことになる。
「ちょ、ちょっと、それだとなんかその……私もみたいに……」
「お兄ちゃんが梅さんに対して頑張ってもいいでしょ?」
「と、友達から奪う……みたいなことはしたくないよ」
「がわ゛い゛い゛!」
「ど、どうやってその声を出しているの?」
とりあえずは落ち着かせるために結構求められる肩揉みをしておいた。
「お、今日は自分からしてくれたね」とそれはそれでハイテンションになっていたものの、この話が続くことはなかったから正解だった。
「へえ、そうなのか」
「なにが?」
「ああ。昔は妹さんの方が梅さんよりも大きかったみたいなんだ」
それで姉妹だと勘違いされていたらしい。
はは、妹さんは妹なのでそこは間違ってはいないけど。
「え、だけどいまは逆転しているよね」
「そうそう、どうやらいま以上の身長差があったらしいんだけどね」
「アルバムとか絶対にあるよね、見てみたい!」
「頼んでみようか」
「待ったっ、お兄ちゃんから頼んだらやばいよ」
そうか、それなら佑未に任せよう。
「というか、それはどっちとやり取りをしているの?」
「梅さんだね、学校が終わってからは五分おきぐらいに送られてくるんだ」
「え、こわ……お兄ちゃんの大ファンじゃん……」
今日は交換した日だからだろう。
初動でしっかりやっておかないと交換したのに全くやり取りをしない、なんてことになる可能性が高い、あとは送りづらさも回数を重ねることになんとかしたいのだと思う。
「なんかさ、梅さんってお兄ちゃんのこと気にしてない?」
「興味を持ってくれるならありがたいね」
「でも、二人を同時に攻略とか絶対にやめた方がいいよ、友情崩壊だよ」
「こ、攻略って……」
「実際、仲良くなっていけばあのお兄ちゃんが求めてしまうかもしれないでしょ?」
まあ、仲良くなれば可能性はゼロではないか。
ただ、そうなってしまわないように気を付けつつ関わらせてもらっている。
あの子達が変わるよりも僕が変わってしまうことの方が早いだろうからそこをなんとかすれば壊してしまうようなことには繋がらない。
「どうせ認めないからなー素直に吐いてくれそうな妹さんに聞くべきか」
妹さんも聞かれたところでなにも出てこないはずだ。
友達として安心して一緒にいられるのならそれが一番だ。
「ん? いまなんか音が鳴らなかった?」
「特に――コツコツ音が鳴っているね」
窓前まで近づき、思い切ってカーテンを開けてみるとそこにはその妹さんがいた。
「ど、どうしたの?」
「家の鍵を失くして入れなかったから来た」
いやそれは不味いのでは。
この時間まで来ていなかったのは探していたかららしいけど……。
「今日は両親二人とも帰ってこない日、梅とはずっと一緒にいるけど梅のご両親は苦手だから大原家に来た」
「鍵を最後に見たのは?」
「家の鍵を閉めたとき」
「妹、とりあえず鞄とかをひっくり返してみよう」
「分かった」
彼女がひっくり返すとノートとかと一緒に鍵が落ちてきた。
彼女はその鍵を拾い上げて「見つけた」と、このときでも表情は変わっていなかった。
「よかったね」
「ん、ただもう帰るのは面倒くさいからここに泊まる」
「ま、妹……もしかしてそういう作戦だったとか? だって歯磨きセットとかもあるからさ」
「バレた。でも、僕の両親の話と梅のご両親が苦手なのは本当の話」
なんだ、嘘だったのか。
とにかく、大事な鍵を失くしてしまったとかではなくてよかった。
外のどこかで落としていたら最悪の場合、悪用されていたかもしれないからね。
「たーだ、泊まりたいなら普通に言えばよくない?」
「……ここには佑未さんだけがいるわけじゃないから」
「お兄ちゃんや、この可愛い生き物はなんだい?」
「竹内妹さんだね」
「あ、認めた」
そうとしか言えないから仕方がない。
兄妹でだけ盛り上がっているわけにもいかないので佑未に任せて、僕は決めていた通り報告することに。
そうしたら『いまから行く!!!』というメッセージがきて笑うしかなかった。




