02
「ゆ、佑未?」
「なに? 私のことなら気にしないで花にでも水をあげるのはどう?」
あれから一週間ぐらいが経過したけど何故か佑未がじーっと見てくるものだから困る。
人間、なにか悪いことをしていなくてもこういうことをされたらビクビクしてしまうことも分かった。
「あのさ、なんで竹内さん達のところに行かないの?」
「なんでって僕らはまだ安定して一緒にいられるような友達ではないからだよ。佑未が竹内さん達といたいなら遠慮をしないで行くといいよ」
ただ、あれきり途切れてしまったというわけでもなかった。
最低でも毎日必ず挨拶をして、会話をすることもできている。
意外にも竹内さんの方から話しかけてくれたりもするのでそこは分かりやすい変化と言えた。
「お兄ちゃんが女の子から興味を持ってもらえるなんてほっとんど! ないんだから集中した方がいいよ。もしここでいつもみたいにして竹内さんが来なくなったらやばいよ」
「んー佑未が来てくれているから別にって感じかな」
「い、妹をそういう目で見るのは不味いよお兄ちゃん」
いや違う、だけど佑未のおかげで十分満足できているから欲張る自分が出てこないのだ。
恋をするなら欲張り過ぎてもいけないけどそれぐらいの勢いがなければならない。
僕はなにもないことに慣れすぎた。
あとはこうして普通に元気よく生きていられるだけで十分なのも影響している。
「お兄ちゃんのことは普通に好きだけど恋をするなら家族以外の男の子がいいな」
「それはそうだよ、だから佑未も僕のところにばかり来ていないで興味があるなら探しなよ」
同じ中学校から入学してきた子ばかりというわけではないのだ。
各学年、四組まであるから探してみればビビッとくる子がいるはずで。
「あの」
「わっ、竹内さんっ!?」
そんなに驚かなくてもいいのに。
でも、佑未に合わせて教室を出ていることも竹内さんにとってはいい方に働いているのかもしれない。
「こんにちは」
「はい、こんにちは」
挨拶と少しの会話を繰り返しているだけで普通に話せるようになった。
「固まってる」
「ははは、すぐに解けるから気にしなくていいよ。それよりどうしたの?」
「それよりって酷いねお兄ちゃんは……」
僕を見たり佑未を見たりと忙しい、なにか言いづらいことなのだろうか?
「竹内さん、まずは私にだけ教えてくれない?」
「うん」
なんか見ない方がいい気がしたから外でも見て終わるのを待つ。
六月で梅雨なのに見事な青空が広がっていて歩きにいきたい気持ちが高まった。
それでもまだ授業があるから内にしまって大人しくしておかなければならない。
彼女がまた最初のように戻ってしまっても寂しいから急なのは避けるべきだ。
「言っていい?」
「うん」
「あのね、なんか梅さんに興味を持った女の子がいるみたいでね、それで一緒にいられなくて寂しいんだって」
「僕だって佑未が女の子や男の子といるときは近づきづらいから気持ちは分かるよ」
友達の友達がいるところに気にせずに近づけるのは陽キャラさんだけだ。
緊急の用があっても「いまは無理か……」と片付けて違う人を探すかもしれない。
別になにか攻撃されるわけでもないのに過剰だろと言われるかもしれないけどそういう風に出来上がってしまっているから難しい。
「って、お兄ちゃんは基本的に来てくれるまで耐久派でしょ?」
「家族とか友達なら別だよ」
「嘘つき、中学生のときだってろくに来てくれていなかったのに」
だっていつも五、六人のグループでいたから。
一度だけみんなで集まっているときに近づいて微妙な反応をされてから怖くなってしまったのだ。
「あ、女の子なら竹内さんも友達になれたらいいね」
「同性ならすぐに仲良くなれると思っているのかな? 甘いよお兄ちゃん、寧ろ同性だから厳しいこともあったりするんだよ」
「でも、あの子と一緒にいたいならそれが一番手っ取り早いよね?」
「とりあえず、三人で見にいこう」
あ、これは協力したいのもあるけど単純に興味を持ってしまったからだ。
なんなら明日には佑未がその子と友達になっているかもしれない。
佑未とはそういう子だ、厳しいこともあるとか言っておきながら上手くやれてしまうのだ。
「な、なんだと……? 竹内さんを放っておいて二人で楽しそうにお喋りをしている……」
「それは竹内さんが離れてしまったからかもしれないよ?」
「お弁当は一緒に食べました」
「ちゃんと見て、ちゃんと聞いてあげないと駄目だよ」
とはいえ、それ以外の時間はああして二人きりで盛り上がっているから気になってしまうということか。
これまでは昼食タイム以外にも当たり前のように一緒にいられたからこそかもしれない。
「梅、楽しそう……」
「竹内さんと一緒にいるときも楽しそうだから安心していいよ」
「……僕といるときはお姉ちゃんのようにお世話をしてくれる。だけどあの子といるときはお友達のように楽しそうで……」
「他の人からどう見えているのかなんて分からないから不安になるよね。ただ、竹内さんがその感じなら私はずっと大丈夫だって言っていくからね」
あ、これが上手くできてしまうところの証拠だ。
そんなに簡単に変わったりはしないだろうけど佑未と彼女が仲良くなるのもすぐなのでは? と矛盾めいた思考をしてしまっている。
「ぼけっとしているだけで役に立たなそうなお兄ちゃんは放っておいて私達だけで行こっか。一緒にいたいならちゃんと言わないと駄目だよ、それこそ自然と来てくれるのを待つだけならお友達とは言えないからね」
場合によっては待つのもありだと思うけど。
いまは佑未に任せて僕は待っていることにした。
ここは……なんだったか。
課題のプリントを終わらせてから帰ろうとしたら最後の最後で躓いてしまった。
同じところで既に三十分は経過しているうえに雨も降ってきてこういうのを負の悪循環と言うのではないだろうか。
「あ、まだ残ってくれていてよかったよ」
「えっと」
「梅でいいよ、名字は……嫌いなんだ」
「それなら梅さんで。なにかしてほしいこととかあるの?」
どうせこのまま見つめていたところで時間だけが虚しく経過していくだけ、それなら合わせて動けた方がいい。
「あー……妹が佑未さんとばかりいるようになって気になって」
はは、彼女達は似た物同士だ。
「なんかさ、私が知らないだけで前々から一緒にいたの……? と言いたくなるぐらいには仲良く見えてね。あれは佑未さんが上手なんだと思うけど……」
「佑未ならもう話したことがあるから気にせずに近づけばいいよ」
「でも……嫌そうな顔をされたら怖い……」
「よし、それなら佑未達のところに行こう」
今日は家で遊んでいるみたいだから僕にとってはただ帰るだけで役に立てるのがいい。
「あ、それに傘が……」
「僕が持っているから大丈夫だよ」
「あ、相合傘をするってこと?」
「嫌ではないなら」
流石に彼女に傘を貸して自分だけが走り帰るなんてできるようなイケメン力はない。
そもそも彼女はまだ家の場所を知らないわけだから離れるわけにもいかないのだ。
「ね、ねえ」
「うん?」
「今更だけど……敬語を使わなくてごめん」
「いいよ」
雨だからかな、彼女の方が最初の竹内さんみたいになってしまっている。
それきりなにも言わなくなって、ただ前を向いて歩いていたら家には着いた。
ただ、着いたら着いたで余計に酷くなってしまい……彼女はこちらの袖を必死に掴んできている。
「入ろう」
「う、うん」
入ってすぐにリビングで集まっていることが分かってほっとした。
いまは移動距離が少ない方がいい。
「まさか梅さんにまで手を出すなんてね」
「佑未、少しいいかな?」
「分かった。妹さんは梅さんと一緒に待っていてね」
「うん」
名前で呼ぶのが早い、とは言えない立場か。
廊下に出てすぐにぺしっと腕に攻撃をされて苦笑する。
「それで?」
「あんまり言うべきではないんだけど梅さんが――」
「は? な、名前で呼んでいるの?」
「あ、うん、これは本人からそう呼べって言われたんだ。それでね? 梅さんが竹内さんと佑未が仲良くしていて寂しいんだって」
「あの日と真逆……だね?」
「そう、だから似た者同士だと思ったんだ」
さて、言いたいことも言えたから戻ろうか。
あ、やばい。
「少し梅さんを借りていくね」
「はい」
二人きりでもこれは不味いだろう。
客間に移動して座らせる。
なにか抱きしめたりしていた方が落ち着けるだろうからと押し入れから枕を取り出して渡しておいた。
「今日は……駄目みたい」
「帰る?」
「うん、今日は帰る」
「それなら家まで送るよ」
「ありがとう」
送ってくることをちゃんと言ってから家をあとにした。
佑未もしっかり見極めができる子だからなにか言ってくることはなかった。
「私といるより佑未さんや妹といられる方がよかったよね……」
うーん、違うと言うのもなんだかなあ……。
「いまは梅さんといられるからいいよ」と言うのも違う。
「気にすることないよ」
だから結局はこうした中途半端な回答になる。
いまここに佑未がいたら「お兄ちゃんの優柔不断」と容赦なくツッコミを入れられているところだ。
本当にたまに容赦がないから泣きそうになるときがあるぐらいだった。
「……掴んでいてもいい?」
「濡れてしまうけど梅さんがそうしたいならいいよ」
普通は慣れていない僕のことを恐れて竹内さんにくっついているところだろうな。
いまはなにかがねじ曲がって変な感じになってしまっているだけで。
「あっ」
「な、なに?」
「梅さんは演技が上手だからこれも――あたた……痛い痛い」
そのつもりはなくてもふざけているように見えてしまったか。
今回は違うようなので話しかけられたら答えるスタンスに戻しておいた。
一応、家まではそのままだったけどギュッと強く掴まれることもなかった。
「大原先輩」
「梅さんはどう?」
「今日も昨日と同じ感じです」
そうか、二十四時間も経過していないからそんなものか。
どうすれば直せるのか。
前々から一緒にいる彼女が行ってもいまは逆効果にしかならなそうだし……。
「小さい頃はいつもあんな感じでした」
「え、そうなの?」
「はい。それでも中学生ぐらいから明るい梅になりました」
「それって装っているだけ……とかではないよね?」
「僕は梅とずっと一緒に過ごしてきたのでその間、常に演じ続けるのは難しいと思います」
確かに、ロボットではないからいつボロが出てもおかしくはない。
「ちょ、ちょっと待ったー!」
お、昨日と変わらないと聞いていたけどいまは元気そうだ。
梅さんは膝に手をついて息を整えている。
「か、勝手に色々と話されたりすると不味いんだよ妹さん」
「でも、昔は本当にそうだった」
「そ、そうだったけどいまはこれなんだから知らない大原先輩に言わなくてもいいでしょ……?」
「これからも一緒に過ごしていくんだから知りたいはず」
「い、いや、妹のことはそうでも私のことなんかどうでもいいでしょ」
あくまで表面上だけか。
不安になった理由が彼女ではなければ本当に一緒に過ごすことでなんとかなったけどこれは長引きそうだ。
「昨日からなんでマイナス思考?」
「それはっ……妹が佑未さんと仲良くしていて不安になったからだけど」
「僕は梅があの子と仲良くしていて気になった」
「あ、あれ? もしかして相談を持ち掛けていたり……?」
「大原先輩と佑未さんに聞いてもらった」
佑未には言ってしまったけどペラペラ話すべきではないから彼女が口にしてくれたのは助かったと言える。
結局、彼女から逃げないでちゃんと話し合いをすることが正解だったか。
「似た者同士か!」
「梅と似ているなら嬉しい」
「う゛」
というか、最初のあれは彼女の方が演じていたような……。
なんらかの能力が高いのはいいことだけど仲良くしていくうえでそれは怖いところでもあった。
だって信じて気に入り、踏み込んだところで「実は~」なんてやられたらメンタルが終わる。
「このー!」
「わっ」
な、何故それでこっちに攻撃を仕掛けてくるのか。
それに手で目を覆われても困ってしまうだけだ。
「いまは見られたくないから!」
「心配しなくてもじっと見たりはしないよ?」
「大原先輩の表情が問題なの!」
えぇ、問題があったのか。
それならこれまで同様のことを言われなかったのはみんな我慢していただけ……?
「大原先輩はニヤニヤしていたりはしない」
「で、でも、いつもなんか柔らかくて……」
「佑未さんもそう、兄妹で似ている」
あ、そういえば佑未には切った状態から彼女と梅さんが増えたわけだから友達は三人になったわけか。
やっぱり人と過ごして楽しんでほしいからありがたかった。
「しかも昨日……ぐわああああ!?」
「梅からなにをされたんですか?」
「ただ手を掴まれていただけだよ?」
「手を掴んだぐらいでこの反応はおかしいと思います」
「あー別に気に入られたいとかではないけど竹内さんも敬語ではなくていいよ」
この話題から必死に変えたいとかではないものの、気になったから仕方がない。
「後で文句を言っても聞かない」
「言わないよ。だけど最初のあれは梅さんと同じで演技だったの?」
「遠いところからしか見たことがなかったから怖かった」
「そうだね、僕も竹内さんや梅さんを遠目から見ただけなら同じように感じていたかもしれない」
相手から近づかれていなかったらこうはなっていないかな。
ずっと一人で過ごし続けて、家で家族とだけ仲良くさせてもらうみたいな感じで。
期待しても無駄に終わる可能性が高かったから家族が元気で生きてくれていたらそれでいいやって言い聞かせていた。
いや実際にそうだけど……結局はこうして外でも他の誰かと過ごせると嬉しいというか……。
「僕は怖い?」「私が怖い?」
「ほら、知らないって怖いことだから」
「うん、だけどもう大丈夫」
「僕もだよ」
「ちょちょ、二人だけの世界を構築しないでね……?」
あくまでメインは彼女と梅さんだ。
だから二人だけの世界を構築するのは目の前の二人でよかった。




