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第9話 風の悪魔少女


 トゥパックと少女の激論が交わされている。


「わたしは悪魔なんかじゃありません」

「嘘言うな、なんでそんな分かり切った嘘を言う。悪魔に決まってるじゃないか」


 トゥパックも後へは引かない。アイダが聞いてみた。


「でもあなたは何故人界に行きたいの?」

「それは……」

「こいつ、かわいい顔して絶対に怪しい」


 トゥパックは今にも掴みかかりそうな勢いである。


「じゃあいいわ、連れて行ってあげる」

「嘘だろう!」


 トゥパックが眼を丸くしてアイダを見た。


「わあ、ありがとうございます」

「アイダ、もしも人界でこいつが悪さをしたらどうするんだ」


 アイダは自分よりも少し若い様子の少女を見つめた。


「でも連れて行ってあげる代わりに、人界では大人しくしているって誓ってちょうだい。分かったわね」

「はい、誓います」

「やれやれだぜ、悪魔が誓うって一体何なんだ」


 トゥパックは不承不承引き下がった。




 

 コロンビアの首都ボゴタで、テレビが最新のニュースを流している。メデジン・カルテルが野生生物の密輸にも手を広げ始めたのだ。


「アイダ、どうする」

「カルテルの基地に潜入して捕らわれている動物たちを助けるの」


 これで二度目の潜入となる。警備の手薄な所を狙って侵入した。

 アイダの後からワイナ、トゥパック、キイロアナコンダ、そして悪魔少女の順である。悪魔少女は道すがらアイダから、今回の使命を聞いている。


「お前は武器を持っていないようだが、何で戦うんだ?」


 トゥパックが聞いて来る。


「あ、あの、呪文を少し……」

「なるほどね、呪文を少しね」


 トゥパックが首を振りながら前を向いた。


「どうせいざとなったらまたその呪文で風に乗って消えるんだろ」

「トゥパック」


 アイダが戒めた。ワイナとキイロアナコンダは黙って歩いている。




 施設の中の様子は前回で分かっている。手分けして檻を開いて回ると、次々と捕らわれていた動物たちが逃げてゆく。だが、突然警報が鳴り響いた。


「来たぞ」


 アイダたちは直ぐ施設の外に出た。打ち合わせ通りである。今回無駄な戦闘をする必要はない。動物たちを逃がせばそれでいい。後は通報してあった政府の軍隊に任せるのだ。

 やって来た政府側の特殊部隊によって多くのカルテルの組員が射殺され、カルテルは大打撃を受ける。そして組織の大物は、裸足で屋根伝いに逃げるところを治安部隊に射殺されて終結した。

 だが突然、悪魔少女がアイダに言って来た。


「アイダ、大変、ダスザの息が途切れそうなの」

「――――!」


 アイダは悪魔少女の言っている意味が直ぐには分からなった。


「何を言っているの?」

「同じ属性だから私には分かるの。風の神の息が途絶えようとしているわ」

「でたらめを言っていたら只じゃ置かないからな!」


 トゥパックが声を荒げたが、悪魔少女はアイダを見つめる。


「今すぐ帰らなくっちゃ」


 アイダはダスザと呼ばれる風の神の一人娘である。


「分かったわ」

「じゃあアイダ、私の手を取って」

「…………!」

「私を信じて、貴方たちも」


 四人を一緒に悪魔少女が精霊界まで、風に乗せて連れて行くと言う。


「そんな事が出来るのか?」


 トゥパックの疑問である。


「私もまだやった事はありません。境界を飛び越えるので、マスクさんには怒られるかもしれませんが……」

「…………」

「実は私、まだ一人前として認めてもらえてない、風の悪魔の見習いなんです」

「――――!」

「でも怪鳥の羽を手に入れたでしょ。この羽が有れば私の風魔法は威力が倍増するんです。アイダは違う属性だから羽を持っていても意味が無かったの」

「なるほど」


 トゥパックも納得した。だがダスザの危機が本当ならぐずぐずしてはいられない。

 四人は風の悪魔少女の魔法に運命をゆだねる事になった。






 アイダの父ダスザの横に座るマドレ、水の母とも呼ばれる少女の母で、木々の精霊でもある。そのマドレが負傷して横たわる風の神ダスザの横顔を見ている。


「お母さま」

「アイダ」

「お父様は一体――」

「ファイチヴォが怪鳥を連れてやって来たの」

「――――!」


 死霊鳥たちが己の血肉を捧げ、瀕死のファイチヴォを蘇らせたのだった。

 やって来た魔術師ファイチヴォが精霊界を牛耳ろうと、邪魔する者を誰彼かまわず無慈悲に殺戮して回っていると言うのである。

 アイダが呟いた。


「ファイチヴォ……」


 しかも死の淵からよみがえった人面怪鳥は何羽もいて、風の神の側近が皆やられたと言うではないか。


「ワイナ、皆も行くわよ。あなたはどうするの?」


 アイダが悪魔少女を見た。


「もちろん私も行きます。風の神が攻撃されて黙って見ている訳にはいきません」


 アイダは再びジャガーのワイナとゴリラのトゥパック、キイロアナコンダ、風の悪魔少女を連れて歩み始めた。こうなったら精霊界の闇を支配する魔術師ファイチヴォとの決戦だ。ダスザの側近たちは半減し、多くの精霊たちが討たれた。精霊界が炎上しているのだ。




 アイダが挑戦状を送り付けると、指定された決戦場に現れたファイチヴォの周囲は、おどろおどろしい空気が漂っている。七面鳥に化けて血を吸いに来る吸血鬼や魔女が並んで、さらに呪術師が化けた蛇の化け物などの有象無象の者達がひしめきアイダたちを睨んでいる。だが、


「アイダ」


 アイダはワイナの声で後ろを見て驚いた。四人の背後には、呪術師のゾボの呼びかけに応じたオオカミの守護霊たち、さらにアモン神や様々な動物の守護者である精霊などが並んで武器を手にしているではないか。精霊界を心配する者達が決起したのであった。


「かかれ!」


 魔術師ファイチヴォのしわがれた号令が決戦場に響き渡ると、精霊界を二分する大決戦が幕を切って落とされた。精霊界の闇の軍団と動物の守護霊たちとの激突が始まったのである。


「アイダ、上を見ろ」


 アイダたちの上空をまた人面怪鳥が舞い始めたのだ。但し今回は無数の怪鳥である。動物の守護霊たちが次々とやられてゆく。


「ワイナ、皆も固まって」


 四人が揃って空を見上げれば死角が無くなり、攻撃に専念出来る。

 ここで風の悪魔少女が呪文を唱え始めた。


「アラカザンヴォアラストシャザムスヴァーハー」


 そのうちに風が吹き始める、やがてその風は凄まじくなり、四人は立っているのがやっとの状態になる。


「あれを見ろ」


 吹き荒れる風に大きな羽をした怪鳥がきりきり舞いをして、飛行がままならない様子になったのである。


「此奴は!」


 四人の前に一際大きな怪鳥が羽を激しく揺らして降りてきたのだ。

 ワイナが剣を構え進み出る。


「グァ――」


 奇怪な声を出し怪鳥がワイナに襲い掛かると、剣の先が羽を飛ばす。


「ワイナ、後ろ」


「ん!」


 いつの間にか背後に回った怪鳥の翼が、ワイナの剣を叩き落とそうとした。ワイナはしびれる腕をかばいながら、次の怪鳥の攻撃を待った。飛んでいる敵をこちらから攻撃は出来ない。


 ――来る――


 それはわずかな風の変化であった。


「イエィーー」

「ギャーー」


 怪鳥は翼を切られきりきり舞いして飛び去り落下した。


「小癪な!」


 憤怒の表情を浮かべた魔術師ファイチヴォが前に出て来た。


「アイダ、今度はおれとお前が差しで勝負だ!」


 アイダは魔術師ファイチヴォと向かい合い刃を交える。ファイチヴォの手にする杖が幾つもの蛇に変り刃となって切りかかって来るのだ。


「アラカザラストシャザムスハー」


 呪文を唱えたアイダの剣がそれを避け隙をみて逆に切りかかる。魔術師のファイチヴォにはなかなか呪文は効かないが、アイダの呪文を身に帯びた剣がついにファイチヴォの腕を傷つけた。


「くっ」


 ファイチヴォの顔が歪んだ。


「くそっ!」


 ファイチヴォの負傷していない腕から何かがしゅっと伸びた。ひも状の得体しれない物がアイダの足に絡みつく。


「あっ」


 だが転ぶ瞬間、アイダの脳裏に勝機の道筋が浮かんだ。


 とっさに剣先を上へ向け、身体の脇に引き寄せた。


 転んだアイダにファイチヴォが素早く襲い掛かり、剣を振り下ろした。その勢いのまま、ファイチヴォの胸がアイダの剣先へ飛び込んだ――


「グアッ!」


 その唸り声はファイチヴォのものであった。ファイチヴォの胸から背後に掛けて突き上げたアイダの剣が、魔術師の身体を貫き通していたのである。


「おのれ!」


 ファイチヴォの顔が苦痛に歪み、その手がアイダの顔を掴んだ。


「ガッアーー」

「アラカザラストシャザムスハー」


 ファイチヴォの手の下からアイダの唱える呪文が、赤い血の滴る剣を伝わり、ついにファイチヴォの体内に流れ込む。


「ガッ……」


 抜け殻のようになったファイチヴォの頭ががっくりと前に倒れた。

 魔術師の死と共に、怪鳥達の姿は皆崩れて灰となった。


「何を騒いでおるのだ」


 雷神トゥパの登場である。アマゾンの精霊界を支配する最高神でもある。どのような魔術師も精霊もトゥパの前ではひれ伏してしまう。


「トゥパ様」

「アイダ、その方がこの混乱の原因であるのか」

「…………」

「まあ良いわ、全て終わったのであろう。アイダ」

「はい」

「あの糖蜜は旨かったぞ。はっはっはっ」

「…………」


 精霊界は平安を取り戻し、風の神ダスザも一命を取り留めた。アイダたちの前にゴリラのトゥパックがいたのだが、雷神トゥパがそう言って帰ろうとした時、


「今頃のこのこと出て来てはっはっはっも何も無いもんだよな」

「しっ、聞こえるわよ」


 アイダが急いで止めさせた。だがトゥパックの次の矛先は風の悪魔少女であった。


「南の谷でお前はばあさんだっただろ」

「…………」

「今のお前とどっちが本当なんだ?」

「あの時は悪魔と思われたくなくって、おばあさんの姿に変身していたの」

「なるほどね、見習いと言うからには、確かに若いんだろうな」

「…………」


 いつまでも納得しないトゥパックである。


「じゃあ人界に行きたいって言ったのはどういう訳が有ったんだ?」

「界外に出ていろいろな人々との出会いから見聞を広めるっていうのは、悪魔見習の私にとつては必須の事項なんです。悪魔の世界だっていろいろあるんですよ」

「…………」

「だいたい私は天使になる予定だったんです」

「はあっ」

「神に仕える天使にあこがれていたんですが……、ある事情から、神に反旗をひるがえしたと間違えられて、その……悪魔にされてしまったんです」

「…………」




「アイダ、大変!」


 精霊の一人が、のんびりしていた五人の前に駆け寄って来た。


「どうしたの、そんなに慌てて」

「精霊界の北の外れで謎の怪物が暴れていると知らせが有りました。住民が避難を始めているようです。


「ワイナ、皆も行くよ」


 アイダは再びジャガーのワイナとゴリラのトゥパック、キイロアナコンダ、風の悪魔少女を連れて歩み始めた。

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