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第8話 赤い眼の魔術師


「トゥパック、ワイナ、大丈夫?」

「アイダどうやって奴を倒したんだ?」

「リーチの差よ、あの大鎌は長いのが強みでもあるけど、逆にそれが弱みにもなるの」


 もちろんワイナもトゥパックも回復させると、二人が執事に詰め寄った。


「糖蜜は何処だ」


 執事は震えながら地下室の隠し戸を指差した。

 地下に降りて行くと、祭壇があり、前に壺が置かれている。

 ついに糖蜜を発見した。

 そして外に出ると雪が消えているではないか。川も凍ってはいない。だがそれ以上に驚いた事は、


「あれは!」


 キイロアナコンダの姿が元通りそこに居る。もう凍ってはいなかった。あの女悪魔の蛇料理はフェイクだったのだ。


 アイダは再びジャガーのワイナとゴリラのトゥパック、キイロアナコンダを連れて歩き始める。手には執事を脅して探し出した女悪魔の秘宝、糖蜜を抱えていた。





「トゥパ様」

「アイダか、どうだ、糖蜜は持ってこれたのか?」

「はい」


 アイダが糖蜜の入った壺を差し出すと、トゥパの盛大な笑い声が辺り一面に響いた。


「トゥパ様、わたくしは――」

「待て、それ以上言わずとも良いわ。其方の人界行きを許可しよう」

「ありがとうございます」





 アイダは虹の精霊。風の神ダスザと、その妻マドレの前に来ている。 


「アイダ、人界に行くのはいいけれど、ファイチヴォがあなたの邪魔をしようとしているわ。気を付けるのですよ」

「お母さま、心配いりません。私には三人もの勇者が付いているのですよ」


 アイダの背後にはジャガーのワイナとゴリラのトゥパック、キイロアナコンダが控えて頭を垂れている。


「あなた方もアイダを守って下さい。よろしくね」


 三人はかしこまって頭を下げるのだった。





 アイダがジャガーのワイナとゴリラのトゥパック、キイロアナコンダを従えて歩き出すと、精霊界と人界との境界に位置するマスクの大地にやって来た。


「んっ、またお前か」


 境界の守り主、マスクの一声である。


「前回はお前に根負けして人界行きを許したが、そう毎回は許さんぞ」

「いえ、マスクさん、今回はトゥパ様の正式な許可を頂いております」

「なに、許可だと」

「はい」


 アイダは許可されたというしるしの呪文を唱えて見せた。


「よかろう、通るがいい」

「ありがとうございます」


 だが、アイダとジャガーのワイナ、ゴリラのトゥパック、キイロアナコンダたちが歩いて行く先には不穏な空気が流れていた。


 赤い眼の魔術師ファイチヴォ、背後には一万人の血肉を喰らい不死の存在になったという、血塗れの翼を持った人面怪鳥がいる。さらに木の棒で戦う無数の戦士達が従っている。


「アイダの奴、勝手な真似はさせない。精霊界はこのファイチヴォ様が牛耳るのだ」





「アイダ」

「…………!」


 ファイチヴォが人界に向かうアイダたち四人の前に立ち塞がった。


「お前を人界に行かす訳にはいかない」

「何を言うんですか。私はトゥパ様から許可を頂いて――」

「そうはいかんのだよ。俺が駄目と言ったら駄目なんだ」


 ゴリラのトゥパックが前に出ると、棍棒を振り回す者達がぞろぞろと溢れ出て来て怒鳴った。


「やっちまえ」


 無数の棍棒がトゥパックの頭上に振り下ろされて来る。


「フン」


 鼻で笑ったトゥパックが腕を振ると、並み居る棍棒戦士たちの身体が弾き飛ばされる。トゥパックの2tを超える鉄拳が右へ左へ、次々と炸裂したのだ。


 やがてアイダたちは造作もなく人界に降り立った。


「やった、人界だ」

「ファイチヴォは口ほどにもないぞ」

「…………」


 だがアイダは奇妙な感覚に捕らわれていた。


「何かおかしいわ」

「アイダ、どうした?」

「何かがおかしいの。簡単すぎるわ」


 アイダは通り過ぎる女性の姿を見て、


「ワイナ、他の二人も気を付けて、これは幻覚よ。ここは人界では無い!」


「フッフッフッ」


 行き過ぎた女が振り向き、不気味な声が響き渡り、その女の口が裂け始めるではないか。


「やっぱり」


 一万人の血肉を喰らい、不死の存在になったという血染めの翼を持った人面怪鳥である。


「カアッーー」


 怪鳥がいきなりトゥパックに向かい襲って来た。両腕をクロスさせ顔を覆ったトゥパックは、


「ウッ」

「トゥパック!」


 トゥパックの腕から鮮血が噴き出て来る。


「くそっ、気を付けろ。奴の爪はナイフだ!」


 女悪魔の蝙蝠にもやられたが、頭上からの攻撃に受け身しか出来ない地上の者は不利だ。そして怪鳥は必ず敵の背後をめがけて突っ込んで来る。


「ワイナ、後ろよ」

「ガッ」


 反撃しようとしたワイナの剣が弾き飛ばされた。襲って来るスピードが速く、バットで殴られたような衝撃である。防御が出来なく、長いナイフで切り裂かれたら首など簡単に飛んでしまうだろう。だから効果的な反撃など出来ないのである。


「フアッフアッフアッ」


 人面の怪鳥は不気味な鳴き声でさらに威嚇してくる。吸血蝙蝠ではないだろうから、朝日を待つわけにもいかない。その時、


「アイダ」


 キイロアナコンダが声を掛けてきた。


「おれを囮に使ってくれ」

「えっ」

「おれが蛇になって地を這う」

「…………」


 キイロアナコンダは自分が地を這うから、掴みに来る怪鳥を呪文で攻撃してくれと言うのだ。


「そんな」


 怪鳥は長いナイフを爪として使っている。地面を這う蛇にナイフで切り付けるのは、石をこする可能性が有るから躊躇するはず。必ず掴みに来るだろう。それは猛禽類が地上の獲物を見た時の反射的な反応でもあると。

 アイダが躊躇している間にキイロアナコンダはすでに地を這っていた。


「アイダ」


 ワイナが指で怪鳥の位置を教えると、チャンスは直ぐに来た。高速で落下してきた怪鳥がキイロアナコンダの胴を掴んだその瞬間、


「アラカザシャザムスヴァーーーー」

「ギャーー」


 呪文を放たれた怪鳥は掴んだキイロアナコンダを落とし、ギロッとアイダを睨むと飛び去って行ってしまう。


「失敗した」


 腕を負傷したトゥパックはアイダの治癒呪文で直り、キイロアナコンダは大した怪我ではなかった。


「あれ、これは」


 アイダは落ちていた怪鳥の赤い大きな羽を見つけて拾い上げた。


「その羽を下さいな」


 突然、後ろから女の子の声が聞こえた。


「あっ、あなたは」


 あの南の谷で消えた少女ではないか。


「その赤い羽を私に下さいな」

「お前は南の谷の女悪魔だな」


 トゥパックが声を荒げた。


「悪魔なんかじゃないわ」

「おれたちに毒を盛って拘束しただろう」

「それは……」

「この羽が欲しいの?」


 アイダが声を掛けると、少女がこくんとうなずいて笑顔が浮かんだ。


「その羽をくれたら、ファイチヴォに勝つ方法を教えてあげる」

「アイダ、こいつの言う事なんか聞くんじゃないぞ」


 だがアイダは羽を持つ手を伸ばした。


「いいわ、あなたにあげる」

「アイダ」


 だが羽を受け取った少女の姿がまた風のように揺らぎ、四人の前から消えた。


「やっぱり奴はあの時の女悪魔だ」


 しかし姿の見えない少女ではあるが、声だけは聞こえて来る。


「やっと手に入れた、これで羽は私のもの。でもね、私は嘘は言っていない。アイダ、あなたはもうファイチヴォに勝つ手段を持っているのよ」

「えっ」

「強い味方を引き付ける力、それがあなたの魅力なの。ファイチヴォはそんなあなたの力を最も嫌っているわ」

「…………」


 風が収まると、もうどこにも少女の気配は無かった。ただ消える前に一言、「気を付けて、怪鳥を傷つけた者は自らも傷つくのよ」と気になる事を言ったのだった。


 アイダたち四人はまた歩き出したのだが、何故か人界に達する事が出来ないでいた。どこまで歩いても、延々と虚無の空間が広がるだけで四人は疲れてきた。


「くそ、このままいつまで歩き続けるんだ」

「トゥパック、これは幻覚なのよ。いくら歩いても無駄だわ。落ち着いて辺りを見回して」


 アイダは歩みを止め、目を閉じると静かな瞑想に入った。

 瞼の裏に様々な光景が浮かび、色様々な模様が流れてゆく。それが次は暗くなると次第に晴れて来たが、何か聞こえる、何なんだろうこの音は。

 それはファイチヴォに従う神官が生贄の首を落として、その頭蓋骨の後ろを切断している音だ。


「ファイチヴォ!」


 アイダの声が響くと四人を取り巻く幻覚が消え、精霊界の闇を仕切る魔術師、ファイチヴォの姿が現れた。


「フン、小娘のくせに次々と勝手な真似をしおって。精霊界はこのおれ様が仕切るのだ」


 次の瞬間、ファイチヴォが片手を上げると背後から再びあの人面怪鳥が現れ、四人の上空を飛び回り始めた。


「また出たわね」


 アイダとワイナ、トゥパックとキイロアナコンダは揃って剣を抜き身構える。


「みんな、一か所に集まるのよ。四方の空をそれぞれが見るの」


 これで空に対して死角が無くなった。どの方角から襲って来ようと対処できる。


「ギッギッギッ」


 怪鳥は不気味な声を上げて飛び回っているが、四人に攻撃できる隙が無い。どの者も背後が取れないのだ。


「ギッギッギッーー」


 ついに攻撃してきた。


「イエーー!」


 ワイナの剣が怪鳥の翼を切った。


「ギャーー」


 今度はアイダがすかさず呪文を唱える。


「アラカスプレストシャザムスヴァーハー」

「グワッーー」

「やった」


 ついに人面怪鳥がばったり倒れたが、


「きゃー、ワイナ!」


 見ると怪鳥を切ったワイナが血を吹いて、その身体が揺らいでいるではないか。人面怪鳥を切ると言う事は、切った者自身の身体を切る事でもあったのだ。


「ワイナ、しっかりして」


 抱きとめたワイナの身体が真っ赤な血で染まっている。


「フッフッフッ。そこまでだな」


 ファイチヴォが前に出て来た。トゥパックとキイロアナコンダが剣を構えるが、ファイチヴォはにやりと笑った。


「お前たちにこのおれが倒せるとでも思っているのか」


 トゥパックが切り込むが、剣はファイチヴォの身体を通り過ぎた。


「なに!」

「フッフッフッ、だから言ったではないか。お前なんぞにこのファイチヴォ様は倒せぬわ」


 逆にトゥパックが首をねじ上げられた。


「アグッ」


 体重150キロを超えるゴリラの首をねじ上げるとは、一体どれほどの怪力なのだ。 


「トオッーー」


 今度はキイロアナコンダが剣を突き出すも、やはり魔術師の身体を通り過ぎて効果が無い。


「このままではトゥパックが殺される。もう剣では駄目だ!」


 キイロアナコンダは蛇に変身し、トゥパックの首を絞めているファイチヴォへ襲い掛かった。


「んっ!」


 ファイチヴォの首にキイロアナコンダが巻き付き始めた。


「くっ!」


 ファイチヴォが片手でトゥパックを掴み、もう片手でキイロアナコンダを首から引き剥がすと地面にたたきつける。


「うぐーー」


 アイダはワイナの傷を癒やしながら、剣を握り直した。その時――


「んっ!」


 魔術師ファイチヴォの顔色が変わった。


「お前は――」


 精霊界と人界との境界を支配するマスクが、ファイチヴォを止めている。


「この地は儂の領分である。何人も勝手な真似はさせぬぞ」

「アグッーー」


 今度はトゥパックをボトッと落としたファイチヴォが、マスクに首を絞められ身体が浮き上がっていく。


「この境界ではな、お前の力は儂に劣るのだよ」


 境界の外には干渉できないが、この場所だから力を使えるというのである。


「ほれ、もう少しおれの指をずらしてやろう、締まりが良いようにな。どうだこれでよく締まるようになっただろう」

「アグッアグッ……」


 ファイチヴォの首は完全に締まり、顔が紫色に変っていく。


「グッフグッ……」


 どさっとファイチヴォの身体が落ちた。

 ついに失意のファイチヴォは半死の身体となり追放されたのであった。


「マスクさん、ありがとうございました」

「なに、大したことはないさ」


 こうしてアイダはジャガーのワイナとゴリラのトゥパック、キイロアナコンダを連れて人界へと向かった。


「ねえ」


 後ろから声を掛けて来る少女がいる。


「あっ、またお前か」


「これから人界に行くんでしょ」

「…………」

「私も一緒に連れて行って」

「な、なんだと!」


 少女も皆と一緒に人界に行きたいと言うではないか。


「お前は女悪魔だろう。なんだっておれたちが悪魔を連れて行かなくっちゃならねえんだ」


 アイダは黙って少女の顔を見つめていた。



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