第7話 北の谷の女悪魔
「寒い!」
「なんだ、この寒さは。見ろ、川が凍って盛り上がっているではないか」
雪も降っている。この地方で雪が降るのか。有り得ない現象である。
「ワイナ」
後ろからトゥパックの叫ぶ声が聞こえてきた。
「どうしたんだ」
「見ろ」
キイロアナコンダが凍っている。蛇は外温性動物と呼ばれ、ほとんど気温と変わらない体温をしている。だから気温がこれほど低くなると体が動かなくなる。
「アイダ」
アイダも戻って来た。
「大変、アラカザンヴォーカザムスヴァーハー」
呪文で凍ったキイロアナコンダを解かそうというのだ。
「駄目だわ、呪文が効かない」
「仕方ない置いて行こう」
「えっ、でも」
「帰りに連れて帰ればいい」
「連れて行きたいがこの寒さでは俺たちまで全滅する」
「必ず戻る。待っていてくれ」
北の谷の女悪魔は大きな館に住んでいるという情報である。大きな館ならすぐ見つかるだろう。
「あれだ」
雪の中に忽然と建っている城が見えてきた。確かにあれは館である。
一行は寒さに震えながら館の表門に着いた。
「さあ、これからどうするんですか?」
「門を叩くのよ」
「…………」
「それが礼儀でしょ」
「確かに」
呼び鈴は無いようだから、門を叩くしかない。
門を叩こうとすると、
「あっ、開いた」
叩く前に、門がひとりでに開くではないか。
「とにかく寒いから早く入ろうぜ」
皆どやどやと入ったが、まだ建物の門まで距離がある。
「くそ、こうなったらダッシュだ」
皆駆け足で建物の門まで行くと、おかげで少し体が温まった。
見るとまた門が開くではないか。
「見ろ、開いてく」
「入れ入れ、寒い」
館の中は暖かいというほどではないが、寒くはなかった。
「皆さん、ようこそ我が館にいらっしゃいました」
カーブした広い階段を優雅に貴婦人が降りて来る。
「女悪魔か」
「よしなさい、そんな事を決めつけるのは。失礼ですよ」
「聞こえましたよ」
「ほらね」
貴婦人は三人の前まで歩いて来ると、
「外は寒かったでしょう。暖かい食事を用意してあります」
「また毒じゃないのか」
「よしなさいったら」
貴婦人は少し笑いながら、
「安心してお召し上がり下さい。毒は入っておりません」
「…………」
貴婦人に促されて別室に案内される。
大テーブルに着くと、ワインが開けられ執事が順に注いでゆく。
「本日は皆さんがいらっしゃるというので、特別な料理を用意しました。非常に珍しいものですよ」
執事がテーブルの中央に大きな楕円形の皿を運んできた。シルバーの蓋を取ると中央にやや長細い肉の塊があり、周囲を色とりどりな果物や野菜で盛り付けしてある。
「これは何ですか?」
アイダが質問した。
「南米に生息しているキイロアナコンダという蛇を料理しました」
「やろう!」
トゥパックが掛け声と共に大テーブルをひっくり返した。
「アラカザンヴォアラホシャザムスヴァーハー!」
アイダが呪文を唱え始めると同時に、ワイナがジャガーとなり貴婦人に襲い掛かる。しかしそこにもう貴婦人の姿は無い。
「くそ、どこに消えた」
「あそこだ!」
二階に上がって行く女悪魔の姿がある。ワイナが後を追い、駆け上がって行く。
「ワイナ、待って。一人で行くのは危険よ」
トゥパックもアイダもワイナのように早くは走れない。二階に来たが悪魔もワイナの姿も見えない。
「ワイナ、何処なの?」
「ワイナ!」
大きな部屋が入り組み迷路のようになっている。
「くそ、何処なんだワイナ」
その時、離れたところからアイダの声、
「ワイナ……、トゥパック、ワイナがやられたわ!」
「どこだ」
「こっちよ」
コーナーを回った所でワイナが血を流し倒れている。
「ワイナ、しっかりしろ」
「トゥパック……、奴は変わった武器を使う、リーチの差だ」
腹が切り裂かれている。それでもワイナは苦痛で顔をゆがめながら声を出した。
「用心して間合いを取れ」
「それ以上話さないで。ひどい傷だけど安心して、私が助ける」
アイダはワイナの傷口に手を当てた。
「アラカザンヴォアカスプシャザムスヴァーハー、これで血は止まるわ。でも、もう動かないでここに居なさい」
アイダはトゥパックの後を追って、コーナーを回った。
「グオオ!」
叫び声と、激しい金属音がして、静かになった。
「トゥパック!」
今度はトゥパックが倒れているではないか。
「エッ」
振り向いたアイダの頬を何かがかする――!
かろうじて避けたが、それは鎌のような武器であった。悪魔が舌なめずりをしているようにアイダを見つめている。
アイダも見返した。
「それが貴方の武器ね」
真の姿を現した女悪魔が手に持つのは、正に死神の持つ鎌だ。斜めに振り上げるそれは、圧倒的なスケールでアイダを威圧してくる。
しかしふと、アイダは気が付いていた。この大鎌は振り下ろした後に隙が生じているのではないか。
「分かったわ、今度は私が相手よ」
アイダは初めて剣を抜いた。だが、その剣はさほど長くはない。ワイナやトゥパックのような長剣ではないのだ。
「フッフッフッ」
余裕を持った女悪魔が、不敵な笑みを浮かべ鎌を振って来た。アイダは素早く後ろに身を引くが、悪魔も執拗に迫って来る。ついにどこにも逃げられないコーナーに追い詰められたその時、アイダが言い放った。
「貴方の弱点が分かったわ」
「なに!」
「その大鎌、振り下ろした後が隙だらけよ」
悪魔の表情は明らかに怒っている。
「何を小癪な事を言う」
女悪魔が大鎌を振るって打ち込んで来た時、アイダの姿が一瞬沈んだ。
「ガッ」
鎌がアイダの後ろ、壁に食い込んだ音である。
「エエィー」
アイダの剣が下から女悪魔の胸に突き刺さった。
「グエッ」
「アラカザンヴォアラホートシャザムスヴァーハー」
剣を女悪魔の胸に突き刺したまま、アイダは呪文を唱えた。
「グアアアッ!」
それは女悪魔の断末魔である。
北風を司る死霊の女王、苦悶の表情であった。
そして氷が解けるように、女悪魔の顔が崩れ、頭蓋骨がとろとろと流れだした――




