第6話 西と南の谷の女悪魔
アイダは再びジャガーのワイナとゴリラのトゥパック、キイロアナコンダを連れて歩き始め、日が暮れた頃、次の目的地、西の谷に近づいた。
この夜も谷で夜を明かすことになった。古木が集められ火が焚かれた。交代で見張りを続けたが、不気味なほど静かな夜だった。深夜となったが何も起きない。
やがて夜が明けて、谷間に遅い朝日が差し始めた。
「ふう、何も起きなかったな」
「あれ、アナコンダのやつ何処に行ったんだ?」
キイロアナコンダの姿が見えなくなっている。手分けして探したが、何処にも居ないではないか。
「困ったわね、どうしたのかしら」
「アイダ!」
離れた位置からワイナの叫びが聞こえた。
「どこ?」
「こっちだ、こっちに来てみろ!」
アイダとトゥパックが駆け付けると、
「キャーー」
アイダの喉から悲鳴がもれ、トゥパックが唸った。
「くそ、何だこれは!」
「フッフッフッ、さあ存分に苦しむがいい。よくも私の仲間を殺してくれたわね」
谷の奥から、不気味な笑い声が響いた。
そこに展開されていた凄惨な光景、キイロアナコンダは首を杭で地面に串刺しにされ、身体を激しく震わせてもがいている。
ワイナが剣をかまえて周囲を警戒し、トゥパックが力任せに杭を引き抜いた。
「ガハッ」
杭は抜かれたが、傷口から血があふれ、キイロアナコンダはなおも苦しそうに息を荒げている。
「トゥパック、あれを見ろ」
ワイナが指さした先に居た異形の者は、
「あれは」
「西の谷の女悪魔だ」
今度は蝙蝠ではない、大蛇の化身のようである。
「トゥパック」
ワイナがトゥパックに指で合図をした。二人で左右から大蛇を挟み撃ちにしようというのである。ワイナとトゥパックが剣を構えてじりじりと迫って行く。
「大丈夫?」
アイダが未だ苦しむキイロアナコンダの首に手を当てている。
「アラカザホーカス・シャザムスヴァーハー、傷は塞がり始めたけれど、まだ動いちゃだめ!」
大蛇と二人の争いは決着がつかないでいた。刃ははじかれて付け入るスキがない。攻めあぐんでいるのだ。
「どこに行くの!」
キイロアナコンダが二人の戦っている傍に行こうとしている。
「だめ、まだ傷が癒えてないわ」
だがトゥパックの傍まで来たキイロアナコンダが再び蛇に変身、口から血を吐きながら叫んだ。
「おれをあいつに向かって投げろ、今すぐにだ!」
「分かった」
ゴリラのトゥパックがキイロアナコンダを掴み大蛇に向かって投げつける。
「ンッ」
大蛇は避ける暇もなく、キイロアナコンダに巻き付かれた。キイロアナコンダはいきなり大蛇の首を絞め上げ始めたのだ。蛇同士の締め合いであるが、大蛇は隙を突かれて力を入れるタイミングが遅れた。後からではなかなか力が入りきらない。キイロアナコンダの先制攻撃で大蛇の首は一気に攻められた。
「グッグッ……」
二重三重に巻かれたキイロアナコンダの胴がじりじりと動いて行く。
ギリッギシッギリッギシッ、
ついに大蛇の目玉が飛び出して全身が痙攣し始める。杭で首を刺し貫かれたキイロアナコンダの怒りが爆発したのであった。沼の主が、こいつの欠点は気が短いところだと言っていた、その怒りが一気に沸騰したのだった。
大蛇の身体はいつまでものたうちまわっている。
「エエィ!」
ワイナが剣でその大蛇の胴を切断した。これで一度大きく痙攣した大蛇は動かなくなった。だが、
「見ろ!」
再び痙攣を始めると、切り離されていた下半身が上半身と同時にうねり出し、
「なに!」
今度は二匹になるではないか。
「……これは、ひょっとして……まずい展開に」
「切らない方がいいわ」
「…………」
ところが、二匹に分かれた蛇は、そのまま二匹とも牙をむいて襲いかかってきた。
ワイナがまた切ると、さらに次も――
「ワイナ、だめ」
だが、
「見てみろ!」
切られるたびに一匹一匹は小さくなり、勢いも弱まっていく。
「これは」
「切れ切れ、どんどん切ってしまえ」
ついに小さな無数の蛇になり、四方の藪に逃げて行ってしまった。
トゥパックもキイロアナコンダも剣を収めた。
アイダは再びジャガーのワイナとゴリラのトゥパック、キイロアナコンダを連れて歩き始めた。
「だけど肝心な糖蜜はまだ見つからないわね」
蝙蝠の館でも糖蜜は見つかっていない。アイダの横顔がかすかに曇る。そしてまた日が暮れた頃、次の目的地、南の谷に近づいた。また火を起こしたが、
「もうこりごりだからな」
キイロアナコンダがつぶやいて首をさすりながら周囲を窺っている。
しかし、この夜も何事もなく、朝が来た。全員が揃っているのを確認して、アイダがほっとため息をついている。
「アイダ、この者がまた来ております」
東の谷で女悪魔の館に案内をしてくれたゴリラである。南の女悪魔の住処も知っているとの事であった。
「分かりました。行きましょう」
アイダとジャガーのワイナ、ゴリラのトゥパック、キイロアナコンダはゴリラの案内で歩き出した。今回は昼の内に着いた。
「静かな所ね」
穏やかな谷で小鳥も泣いている。悪魔が住んでいるような感じはしない。
「あら、あの子は?」
前から可愛い少女が歩いて来る。
「こんにちは」
「……こんにちは」
少女は少しうつむいて笑みを浮かべ答えた。
「そうだ、この子に聞いてみよう」
「だけど……」
それを聞いたトゥパックが、少し躊躇した表情を浮かべ案内しているゴリラを見た。
「この先に悪魔が住んで居るって聞いていないかしら?」
「悪魔……ですか? そんな話は聞いたことありません」
少女はびっくりしたように答えた。
「分かったわ、ありがとう」
「いいえ」
少女は軽く会釈をして離れて行った。
「この谷に子供が一人でいるのは妙だ……今の者をどう思いますか?」
暫く皆無言で歩いていたのだが、ジャガーのワイナがアイダに聞いてきた。静かな所ではあるが、こんな辺鄙な谷にふさわしくない少女である。ワイナはその辺を疑問に感じたのだ。
「そうね……」
暫く歩くとゴリラが言う悪魔の住処が見えてきた。普通の農家のようである。
案内のゴリラに聞くと、仲間内で、あそこは悪魔の住処だから近づかないようにと言い合っているらしいのだ。ただ行った事はないから、本当かどうかは分からないと。
「分かったわ、訪ねてみましょう」
怖いというゴリラは帰ってしまい、四人で尋ねる事にした。
「こんにちは」
玄関でアイダが呼びかけたが、返事が無い。
「こんにちは」
何度呼びかけても返事が無いのだ。
「留守かしら」
そっとドアを引いてみると、開いた。
「こんにちは」
開いたドアの中に再度言ってみるが……。
「やっぱり居ないわ」
「あら、皆さんいらしたのですか」
後ろから声が掛かった。あの少女であった。
「どうぞお召し上がり下さい」
香ばしい匂いが部屋いっぱいに広がり、焼き立ての肉や温かなスープが並べられた湯気の立つ料理は、長旅で空腹だった四人には魅力的だった。この家は少女の住まいであったのだ。ワイナが少女の目を盗み小声で聞いてきた。
「本当に食べるのですか?」
「でも、別に怪しくはないでしょ。そんなに疑ったら悪いわ」
「…………」
それを聞いたゴリラのトゥパックが、
「だったらおれが先に試してやろう」
真っ先に食べだした。
「あんぐ、むぐ、あっ、その、これは……、旨い!」
結局皆が食べ始めた。
「みんな、起きてるか?」
ワイナが声を掛けた。いつの間に寝込んでしまったのか。皆テーブルに突っ伏している。
その時、突然、後ろから怒鳴り声が響いた。
「いつまで寝てるんだい!」
小柄な老婆である。手には鞭まで持っているではないか。寝ぼけ眼の皆は起きたことは起きたのだが、何故か身体がしびれて自由が利かない。やっとの事で立ち上がると老婆の鞭に追い立てられて外に出る。家の裏にあった柵に入れられて足かせと首輪までつけられてしまう。両手も縛られ自由が利かない状態にされてしまった。
夜になると体のしびれは収まって来た。
「だがこの足枷や両手の縛りは相当頑丈だ。あのばあさんのどこからそんな力が出るんだ」
トゥパックがぼやいている。その時一人だけ動き出した者が居る。キイロアナコンダである。蛇に変身すると難なく拘束を抜け出た。
「なるほど」
トゥパックが感心する。
「早く縄を解いてくれ」
四人の拘束が解かれて家のドアに向かうと、勢いよく室内に入って声を上げる。
「ばあさん、あっ」
そこに居たのはあの少女ではないか。
「ばあさんは何処に行った」
「あっ、あの……」
ワイナが少女の手をひねり上げた。
「きゃー」
「ワイナ、何をするの、よしなさい」
「アイダ、こいつは女悪魔ですよ」
「違います、私は悪魔なんかじゃありません」
「じゃあ何で食事に毒を入れたんだ」
「それは……」
少女が腕の痛みに顔をしかめている。
「ワイナ、とにかくその手を放しなさい」
ワイナは仕方なく手を離した。その瞬間少女は風のように姿を消した。一瞬、少女の面影は醜い老婆の姿へと変わり、次は跡形もなく消えていた。
「ちくしょう、あいつはやっぱり悪魔だ」
女悪魔はそのまま姿をくらまし、二度と現れなかった。結局この農家からも糖蜜は見つからず、アイダとワイナ、トゥパック、キイロアナコンダは北の谷に向かって歩き出した。




