第62話 死神はビー玉を弾く
一つ一つのビー玉が人の命である。そのビー玉には皆魂が宿り、それぞれの世界が広がっている。
そのビー玉の一つ、ゴリラのトゥパックは意識を失っていた。
「気が付いた?」
トゥパックはゆっくり目を開けた。
風の悪魔少女レイラがトゥパックの顔を覗き込んでいる。だが、本人は未だ身体が動かない。
「おれは……ビー玉みたいに弾かれて……」
横になったまま、トゥパックはやっと声を絞り出した。
「弾かれてって……」
「くそ、あいつは何処だ――」
「駄目、動いちゃ」
起き上がろうともがくが、どうにも身体が思うように動かないようである。
「あいつって誰の事?」
「おれを金縛りにして、首を絞めようとしたやつだ」
「もしかして、夢をみたんじゃないの」
「いや、あれは夢なんかじゃない」
「…………」
「あいつはおれの頭の中に入って来るんだ!」
「困ったわね、夢じゃないと言うなら、精神に入り込む魔物かもしれないわ」
レイラの相談を受けたアイダである。目の前に出てくる魔物や妖怪ならいくらでも戦える。だが今回の敵は、トゥパックの頭の中に現れると言うではないか。
死神の庭には無数のビー玉が転がっていた。
一つ一つが命。
死神はそれを指ではじく。
弾かれた魂は冥途へ落ちていく。
「何処に行って遊んでおった」
「…………」
死神の前に首を垂れる小鬼がいる。この世界では、死神の使い走りが邪鬼である。
「んっ?」
死神の視線が邪鬼の横に下ろした手にいった。
「そのビー玉はどうしたのだ」
「……これは……」
「その魂はまだ寿命があるではないか」
邪鬼がたわむれに悪さをしていたのだ。そのビー玉を受け取った死神は、
「まだその時ではない」
こつんと弾いて脇に放り出した。
「今度あいつが出てきたら始末してやる!」
気が付いたトゥパックは息まくが、アイダもレイラもどうしていいか分からない。
「あれは鬼みたいなやつだが、鬼じゃねえな」
「…………」
再び夜になると、
「くそ――」
寝ていたトゥパックが唸り始めた。
「トゥパック、しっかりして」
レイラの声が届かないのか、トゥパックが苦しそうに身をもだえている。
「レイラ」
アイダが目で合図を送るとレイラは静かにうなずいた。
「アラカザンヴォアラホシーー」
レイラの呪文である。
「ギャーー」
突然、電流が流れたように邪鬼の身体が震え、悲鳴を上げてトゥパックから離れた。
「お前、死神の使いか、この野郎」
首を絞められていたトゥパックが起き上がり、剣を抜き反撃に出ると、邪鬼は驚いたように一歩退く。周囲には無数のビー玉が転がっている。
「イエッーー」
トゥパックが剛剣を振り下ろすが、
「あっ!」
うっかり乗ったビー玉が転がり、
「くっそっ」
仰向けひっくり返ったトゥパックである。それでも思わぬ反撃を受けた邪鬼はじりじりと後ずさりして、自分の両手とトゥパックを何度も見比べた。たった今受けた電撃のようなショックが信じられないのである。
「そうか、やはりお前は死神の手下なのだな」
今度はビー玉で転ばないように、慎重に間合いを詰めて行くトゥパックである。
その時、
「ガァーー」
頭上から響いた低い鳴き声に邪鬼が顔を上げた。
「カラス!」
邪鬼が思わず声を上げた。
その邪鬼が見せた一瞬の隙をトゥパックは見逃さなかった。
「やろう!」
トゥパックの剣が振り下ろされた。
「ギャーー」
額を切られた邪鬼が逃げて行くと、頭上を飛んでいたカラスがトゥパックの前へ降り立つ。
「ご主人様」
「おまえか、礼をいうぞ」
そこに異形オーラを放つ者が現れた。邪鬼の首根っこを掴み上げている。
「この愚か者!」
死神は邪鬼を放り投げると、身動きできぬよう巨大な岩を落とした。そしてトゥパックに視線を戻した。
「その方、ここで見た事は他言無用ぞ」
「…………」
「いや、見たところ、お前の性分では口を閉ざせまい。ゆえに、その記憶は消させてもらう。」
「トゥパック、やっと気が付いた?」
「おれは……」
「もう、さんざんうなされてたのよ」
その後トゥパックは二度とうなされる事は無くなった。
皆が聞いて来る。
「どうやったんだ?」
「何が有った、鬼みたいなやつをやっつけたんだろ」
「もったいぶらないで教えろよ」
「……あの……」
結局トゥパックが顛末を語る事は無かった。
「あのトゥパックが武勇伝を話さないなんて、信じられないな」
アイダ以下全員が首をひねり、カラスだけが鳴いていた。
「ガァーー」




