第60話 妖剣
真っ赤に焼けた剣を打つ男は、胸を患っていた。
「ウッ!」
打つたびに血を吐いた。
手で止める間もなく男の口から鮮血がほとばしり出る――
血の飛び散った玉鋼から、嫌な臭いの湯気が立ち上る。
男の口元は血糊で赤黒くただれ、歯を食いしばった唇の端からも血が絶え間なく流れ落ちた。両手が真っ赤に染まっても、男はなお剣を打ち続けた。
それは既に猟奇の世界、血で裂けたような口元――執念に満ちる目は狂気をおびた鬼と化していたのだった。
「これは見事な剣ではないか!」
抜き身を前に魅入られたように動かない者がいる。その剣は、いつ、誰が鍛えたものなのかさえ分からなかった。男は偶然手に入れたその剣を、我が物のように眺めていた。刃に浮かぶ波飛沫の様な紋様が見る者を魅了して離さないのだ。だがそれは見ようによっては血飛沫にもなる。
この剣を手にした男は、武芸で身を立てることだけを夢見ていた。
そして運よく士官の道が開ける。
しかし夜になると、
「血だ、血を飲ませろーー」
「んっ?」
男は気のせいかと思ったが、そうでは無かった。
「血だ、血を飲ませろーー」
男は剣を取り上げた。
「……おまえが」
声は剣から聞こえてくるのである。
男の目が異様に光り始めた―――
そして重臣にまでなっていた男は何故か、突如謀反の兵を挙げ、一夜の内に主君を誅殺する。
「そうだ、血だ、もっと血を飲ませろーー」
逃げ惑う領主の家族、下働きから女子供に至るまで刃が切り刻む。男の握る刃には文字通りの血飛沫が散っている。
「血だ、もっと血を飲ませろーー」
この惨劇後、男は捕らえられ首を落とされた。
しかし剣はさらに関わる者達の生き血を求め続け、数々の怪奇な事件を引き起こした。そしていつしか血染めの妖剣と呼ばれるようになる。
人々は囁き合った。
「剣が勝手に人を斬るというではないか」
「剣は人の意思が有って、初めて切れるものだろ。勝手に切ってしまったのでは、妖剣ではないか」
「アイダ、この先の村々で辻斬りの噂が広まっています」
風の悪魔少女レイラが話し始めた。
「辻斬り」
「はい、人とは思えないような、その辻斬りを退治してほしいと頼まれました」
辻斬りは血を求める妖剣を手に、夜な夜な現れては村人を切り殺すのだという。
「昨夜も一人斬られたそうです」
「行ってみましょう」
しかしなかなか現れない辻斬りである。
「これだけ大勢で歩いているからではないでしょうか」
レイラが振り返る。先頭を行くアイダにワイナ、トゥパックとキイロアナコンダ、レイラ本人に犬のノラ、トゥパックの従僕カラス、そしてドラゴン・バーブガンの面々がぞろぞろと歩いているのである。
「そうかもしれないわね」
「では私が一人で歩きます」
言い出したワイナ以外は気配を消す事にした。
やがて日が西に傾いて来る、
一人で歩みを進めるワイナである。
しかしそれでも辻斬りは現れない。
日がとっぷりと暮れると、月の淡い光が周囲をうっすらと照らし始める。
影絵のような山や家並み、
風は無い。
その時、ワイナはふと歩みを止めた。
行く手に、一つの影が立っている。
その只ならぬ気配にワイナは、
――ついに出たな――




