第13話 キイロアナコンダの決断
虹の精霊アイダは、ジャガーのワイナとゴリラのトゥパック、キイロアナコンダ、風の悪魔少女レイラを連れて歩いている。
「何を騒いでいるのかしら」
通りかかった川辺である。ここは人界では無いが、人の姿になって暮らす精霊たちが居る。米麦などの精霊が妖精となり、やがて人間のようになって暮らし始めた場所である。
「どうしたんですか?」
「カンパクティが子供を咥えて川に引きずり込んだんだ」
「頭はワニ、胴は蛇の化け物です」
「でかいワニだと思ったら、長い蛇の尾が見えた」
アイダは振り返ってゴリラのトゥパックを見た。
「あ、悪い、おれは泳げないんだ」
「…………」
すると背後からジャガーのワイナとキイロアナコンダが出てくる。
「おれたちがやろう」
キイロアナコンダは沼や川、湿地帯などに生息している。一方ジャガーも水辺でワニに襲いかかるほど水中戦をこなす。ワニの喉に噛みついたまま、何分も潜っていられるほどタフなのだ。
「ワイナ、上流を見てくれ。おれは下流を探す」
「分かった」
引きずり込まれたのは、だいぶ前だと言う。子供は多分もう生きていないだろう。それでも二人は人間からジャガーとアナコンダになり二手に分かれた。アイダとトゥパックは川岸を、レイラも風となって探し始めた。
しかしアイダたちや村人たちの懸命の捜索にもかかわらず、子供の行方は分からず、化け物も姿を消してしまった。
レイラが広範囲に見て廻ったが、やはり見つからなかった。
だが二日目になって、再び近くの村から被害者が出たとの報告が有った。
「行くわよ」
その村でも皆は分散して探したのだが、ついに化け物を見つける事が出来なかった。
「駄目だわね」
「…………」
誰もが黙ってしまったその時、
「私が囮になるわ」
「えっ」
レイラが囮になると言うのである。
「いざという時は逃げる事が出来るんでしょ」
「もちろんです」
「いいわ、やりましょう」
レイラが囮となって川辺に立つと、他のメンバーは周囲に隠れた。昼は村人を安心させ、夜は川辺で待ち続けた。ところが二日経っても三日経っても化け物は現れない。諦めかけたころ、
「えっ」
レイラは微かな気配を感じた。何かが近づいてきている。ワニなどではない、妖の衣をまとった化け物の臭いがする。
「ついに現れたわね」
川面が僅かにうねり、その動きが止まった。直後である、いきなり水柱が突き上げてくると、レイラの姿がフッと風になった。
おどろおどろしいワニのような牙をもった化け物の頭が、スルスルと水中に没して行く。
最初に動いたのはジャガーのワイナだった。木立の陰から走り出し、ためらう事なく水中にジャンプすると、激しい水しぶきが上がる。
ジャガーの牙が化け物の喉に食い込んでいるように見える。だが、化け物が身を捻りジャガーを道連れに水中へと消える。
やがて水面が静かになっても両者の姿が現れないまま時間が経ってゆく。そして再び水面が激しく泡立つと両者の死闘が続いて、また水中に没した。すると川岸から、スルスルと水中に入って行くキイロアナコンダがいる。水中に潜ったまま、格闘しているジャガーと化け物に近づき、蛇のような怪物の胴体に巻き付いく。そのまま万力のように締め上げ始めたのだ。
ジャガーのワイナとキイロアナコンダ、そして化け物が一塊りとなり水面近くで激しく暴れている。
だがここで異変が起こった。
「なに!」
ワイナとキイロアナコンダが弾き飛ばされたのだ。
「なんだ?」
「あれは一体……!」
化け物の姿が変わり始めたのだ。最初は巨大なワニにしか見えなかった。
「奴は変身したぞ!」
それはワニの頭と蛇の胴を持つ怪物であった。さらに全身が硬い鱗に覆われ、一回りも二回りも巨大な姿へと変貌した。
弾き飛ばされたワイナがつぶやいた。
「駄目だ、これだけ巨大だとおれの牙も歯が立たない」
キイロアナコンダも同様のようである。
「アラカザシャザムスヴァーーきゃーー」
呪文を唱えようとしたアイダの身体が化け物の尾に弾き飛ばされる。
「アイダ!」
トゥパックがアイダを抱き起こした。
「駄目だわ、呪文も効かない」
「…………」
両者のにらみ合いが続いている。
「仕方が無いわ、こうなったら最後の手段よ」
「どうするんです?」
トゥパックが聞いてきた。
「沼の主を召喚するの」
それを聞いたキイロアナコンダが下を向いていると、アイダが語り掛ける。
「あなたの気持ちは分かるけど、ここは理解して……」
「…………」
「私と一緒に頼んで欲しいのよ」
敵わない相手が現れたからと召喚を頼むのは、負けを認めたに等しい。だがキイロアナコンダはついにアイダの提案を受け入れた。
風の属性を持つレイラが起こした風に乗り、アイダとキイロアナコンダは人界に行き沼の主に会う。
アイダとキイロアナコンダが沼の主と共に現れると、川辺の空気が張り詰めた
「あれが其方たちの言う化け物なのだな」
風に乗り現れた大アナコンダの鼻は、発達した盾のようなシールドで覆われている。体色は暗い茶色で、背中に黒い斑点があり、ドラム缶のような胴の腹部は白っぽく、黒の斑点がある。
ここで沼の主が向きを変えようとしたその時、川の流れが逆巻くと水鳥が一斉に飛び立った。川面が震え、いきなり化け物の攻撃が始まった。
「んっ!」
地鳴りのような振動と共に水柱が立ち、巨大な化け物が沼の主に襲いかかってきたのだ。主は身構える間もなく組み敷かれ水中に没した。
やがて水面が激しく泡立つと、二体の異形な塊の想像を絶する死闘が一昼夜続いた。ワイナも噛み付いてキイロアナコンダが巻き付こうとするが、主と怪物は凄まじい死闘を繰り広げていて入って行くチャンスが無い。
互いに相手の喉に噛みつき引きちぎろうとするのだが、硬い鱗がそれを許さない。しかし遂に主の牙が化け物の首に深く食い込んだ――
「ウグッ!」
見れば主の身体にも深い傷が入っている。沼の主は化け物の胴を巻き、あらんかぎりの力で引きちぎろうとする。
「ギシッギシッーー」
化け物の胴体はのたうち回る。
「ギシッ、ギシッギシッーー」
「ギャァーー」
それは化け物の断末魔の叫びであった。首は引きちぎられて、大量の血は川の色を赤く染め、投げ出された首は小島となって残った。
沼の主の前で、キイロアナコンダが片膝を地にしてこうべを垂れている。
「その方の挑戦は、いつでも受けてやろう」
「…………」
虹の精霊アイダは、ジャガーのワイナとゴリラのトゥパック、キイロアナコンダ、レイラを連れてまた歩いている。犠牲者たちの魂も安らかに眠った。
「アイダ」
「キイロアナコンダの奴……」
「今はそっとしておいてやりましょう」
キイロアナコンダは何も語らず歩いていた。その視線の先には、人界へ続く遥かな空だけがあった。




