第12話 死者の谷の呼び声
アイダは再びジャガーのワイナとゴリラのトゥパック、キイロアナコンダ、風の悪魔少女レイラを連れて歩み始めた。皆はいずれも人の姿に変身して、レイラにはノラと守護天使セラムもそっと付いていた。
「あなたも付いて来るの?」
「前にも言ったけど、これはニンリル様の指示でもあるのよ」
「…………」
「悪魔に守護天使が付いているなんて……」
「…………」
「皆には内緒にしておくわ。特にトゥパックにはね、知られたら何を言われるか分かったもんじゃないわ」
レイラがチラッと後ろを見る。パーティーの後方ではトゥパックとキイロアナコンダが並んで歩いている。
「おれはいつかまた沼に帰り、彼奴に勝負を挑むつもりだ。沼の主との勝負は未だついていない」
「…………!」
アイダのパーティーに同行する道すがら、キイロアナコンダは自分の過去を話し始めたのである。彼奴とは人界で沼の主と恐れられている大蛇の事だ。
「おれは二度戦って、二度とも破れてしまった」
「…………」
「次に勝負をする時は必ず決着をつける。彼奴をやるか、おれがやられるか二つに一つしかない」
黙って聞いていたトゥパックが声を掛けた。
「いや、言っちゃあ悪いが、お前とあの沼の主とでは格が違いすぎて……、あ、その……」
そこまで聞いたキイロアナコンダは、ゆっくり蛇に変身すると、
「確かに彼奴は強大な力を持っている。おれとは格が違いすぎて、結局次も勝負にならないかもしれん」
「…………」
「だが……」
キイロアナコンダの鎌首がトゥパックの顔にジリジリと近づいて来る――
「…………!」
トゥパックが思わず後退りすると尻餅をついてしまう。
「おれは必ずやる」
「わ、分かった」
ズリッと引き下がって行くキイロアナコンダを見やりながら、トゥパックはやっと起き上がる。自分の首をそっとさすったが。喉がカラカラに乾いて、生唾も飲み込めなかった。
「何かおかしいな」
最初に気づいたのは、ジャガーのワイナだった。
「そうね、確かに此処の景色は変だわね」
アイダも何かがおかしいと感じ始めていた。
「ん、何がだ?」
トゥパックはまだ感じていないようである。キイロアナコンダとレイラは、周囲を注意深く見ながら無言で歩いている。しかし、それまで緑だった木々や草が明らかに枯れ始めている光景を見るに至って、五人全員が異変に気づいた。
「臭いな、なんだこの匂いは」
トゥパックが発した言葉に皆が同意する。何かが腐ったような匂いである。アイダたちは谷間のような地形に迷い込んでしまっている。
「でも魔物の匂いはしないわね」
確かに良い匂いではないが、魔物が近くに居るというわけでも無さそうである。その時、
「見ろ」
ワイナが皆に言った。五人の前にフッと老婆が現れたのである。一瞬緊張した皆であったが、
「なんだこの婆さんは」
その老婆は皆を手招きしているように見える。
「気持ちの悪い婆さんだな」
「トゥパック、そんな事言ったら失礼よ」
しかし別に害を与えて来るという様子もなく、ただ手招きをしているだけである。
「アイダ、どうします?」
ワイナが聞いてきた。
「付いて行ってみましょう」
「…………」
だが散々歩いている内に、
「あれ、おかしくないか?」
ワイナが声を上げた。
「此処はさっきも通った場所だろう」
「なんだと!」
「おい、婆さん。おれたちを何処に連れて行く気なんだ?」
ところが、
「あ、婆さんが……」
老婆の姿が消えてしまっている。そして、
「ワイナ、どうしたの?」
ワイナの身体が揺らぎ始めているではないか。
「身体が変なんだ」
「これは!」
「この腐臭……息を吸うほど身体が重くなるな」
アイダが叫んだ。
「大変、此処の空気は毒だわ」
「何!」
よく周囲を見れば、腐った木々や植物、蔦などが区別も無く絡み合い、淀んだ空気と一体となって辺りに満ちている。地面はヘドロ状の得体の知れない物で覆われているではないか。
するとレイラが姿を消しながら、
「私がこの谷の状況を偵察してきます」
「おまえ一人で大丈夫なのか?」
トゥパックの心配はもっともだが、
「大丈夫です、私が風になってしまえば、たとえいかなる敵の襲撃が有っても、恐れる必要は有りません」
「…………」
「どんなに強力な攻撃も、風を傷つける事は出来ないでしょ」
「なるほど」
レイラの発言に、トゥパックは妙に納得した。しかしレイラの帰りを待つ間にもパーティー全員の容体が悪化してくる。
「いずれにせよこのまま此処に居る事は危険だわ」
アイダ以下四人はなんとか谷を脱出しようと歩き始める。そして偵察を終えたレイラが谷一帯を吹き抜ける風となって戻ってきた
「此処は死者の谷と呼ばれている危険な峡谷でした。今すぐ私の手を取って下さい」
レイラは、風に乗せて皆を谷の外まで運ぶと言うのである。
だが、
「駄目だわ、此処では大勢を運ぶ程の強い風が起こせない」
「仕方ないわ、皆んな頑張って、歩くのよ!」
とにかく歩かなければいけない。
「じゃあ、あの婆さんは一体なんだったんだ?」
「多分この毒の漂う谷で、枯れたり腐ったりした植物や、迷い込み倒れた動物の精霊でしょう」
「…………」
「寂しくて仲間を呼ぼうとしていたんじゃないかしら」
「考えてみれば可哀想な精霊だったのね……」
途中ノラが倒れ、トゥパックも意識を失いかけるが、五人はやっと谷の外に出ることが出来た。遠くで老婆がまた手招きをしていた。
誰も振り返ろうとはしなかった。
「……さあ、先を急ぐわよ」
アイダは再びジャガーのワイナとゴリラのトゥパック、キイロアナコンダ、レイラ、ノラを連れて歩み始めた。




